第43話【純粋な羊】
「殴ったておまっ……めちゃくちゃルール違反じゃねえか!!」
「そうだそうだ! チクろうぜ! なあ!?」
「バカすぎないか……」
伊藤の衝撃的な発言に対する僕らの反応は、三者三様だった。驚く者、怒る者、呆れるもの、そして……
「せやで伊藤……。え、もしや、目の前で殺さ……」
恐怖と共に、その結末に戦慄する者。
伊藤を抜いた14人の男たちは、皆が口々に自身の考えを口にして、そして、たぶん同じ結論に至った。
――そいつらはもう死んだんだろうな、と。
僕ら14人は、それぞれがどこかのタイミングで「人の死」というものに触れている。ある者は直で、ある者は偶然、そしてある者は……ギフトが放映した映像で。目にした死がどれであったとしても、全てがグロく残酷であることに変わりはない。人間という、我らが同胞の死。それは、何の訓練も受けていない一般人には、とても耐え難いものだったはずなんだ。
……だから。
「っ……皆、落ち着いて…………?」
当の本人……事件に巻き込まれた伊藤がやたらと落ち着いているのは……僕らにとって違和感でしか無かった。
伊藤はあらゆる感情が削ぎ落とされたような銀色の瞳で僕らを見て、そしてあろうことか僕らを宥め始めたのだ。すっかり身体の震えも収まって、冷静さを取り戻した伊藤の双眸は、まるで数手先の未来を見据える将棋のプロ棋士のようだった。
「落ち着いてっつったって……。だって伊藤、そいつらはもう……」
良くも悪くもムードメーカーの男……鈴木が呆れたようにそう言った。同意を求めるように彼が周囲に視線を振りまけば、皆が沈黙と共に肯定する。
そいつらはもう殺されたんだろ、と。
鈴木の視線や仕草の1個1個が、皆にその同意を求めていた。
ギフトの行動の速さ。ゲームで負けた奴が殺されるまでの速さ。その両方を取ってみても、伊藤に暴力を働いた男が生き残っている可能性は……限りなくゼロに近いと言える。なんなら、まだ生きているというのなら、それはギフトたち運営側の怠慢を疑ってしまうレベルだ。
……ああ、僕はこういう都合のいい時だけ、運営に対処を求めるんだな。
僕は客観的にそう自己分析を行うと、何かを言い出そうとしている様子の伊藤に視線を向けた。
「……あの、あの、ね…………」
伊藤のその若干幼い声音は、遠慮と恐怖をないまぜにしたような、本当に絶妙でよく分からない声音をしていた。
……でも、一つだけそこから読み取れる事実がある。
「……その、男たちさ……。まだ、生きてるんだよね……」
それは、この事件がまだ終わっていないことと、これから起きる最悪の事態へのカウントダウンを意味していた。
「……で、なんでそいつらはまだ生きてるんだ?」
そし再び伊藤から語られるのは、ある意味クレバーとも言える、呆れるほどずる賢い彼らの作戦だった。
♤♤♤
「おう兄ちゃん! 俺にも絵教えてくれよ!」
例の男へのイラスト教室を終えた伊藤がそう声をかけられたのは、同じ階の1番奥部屋だったという。扉から身体を覗かせ手を振る男は、いかにも陽キャっぽい茶髪の男性だったという。
年は20代前後。大学生かフリーターかはわからなかったようだけど、とにかく若くて強そうな男だったらしい。
「はいっ! 僕の部屋の制作もあるので……後でも良いですか?」
伊藤は善意100%で男に対してそう答えた。あくまで自分たちが生き残ることが最優先……僕が例の男と契約する時に言った言葉を、ちゃんと守って、そう言った。
でも、奥の部屋と伊藤の間にはだいぶ距離があったようで、ただでさえ弱々しく小さい伊藤の声は、男には聞こえなかったらしい。聞き返され、また答えるも、どうにも声が届かない。
そこで伊藤は男の居る奥の部屋まで近づいて、直接話すことにしたのだという。
……正直、僕はこの時点で相手側の策略にハマっていたんじゃないかと思う。いくら伊藤の声が小さいとはいえ、周りがうるさかったわけじゃないだろう。それに、伊藤がすぐ近寄って来なかったら、「あ、無理なのかな」と考えても不思議じゃない。
……まあ、僕は今の状況を知っているからそう言えるだけかもしれないけど、でも、なんか既に雲行きが怪しい。
僕はそんな観測者バイアスに引っ張られながら、伊藤の話に耳を傾けた。
「すみません、声が小さくて」
伊藤は最初に謝罪を口にして、男の反応を伺ったらしい。見るからに屈強で気も強そうな男を前にしたのだから、まあ、当然そうなるだろう。伊藤はいつも通りの態度だった、と言うけれど、いつも通り=弱そうな小動物という方程式になるということには、きっと気づいていなかったんだと思う。
「おういいぞ。で? なんっつったんだ?」
「はい。『僕らの部屋の制作もあるので、後でも良いですか?』と……」
伊藤はごく普通のトーンで、何の警戒も無くそう言ったらしい。純粋に聞き取れなかったのだろうと、まさか自分が舐められたり目をつけられたりしていないだろうと、そう、信じ込んでいたようだ。
ああ、伊藤は純粋な小動物なだけでなく、その中でも未熟な……幼い個体だったのか。
僕がそんな、とてもじゃないけど口に出せない感想を伊藤に抱いたのは、この時でもう何度目だろうか。
僕と伊藤は根本から……たぶん、考え方が違う。
伊藤が人の善を信じる人間だとすれば、僕は人の悪を信じる人間だ。僕がこの話の中で何度もツッコミを入れてしまったのは、きっと、そういう価値観の違いなのだろう。
「……それで、その後は……」
伊藤は徐々に涙を溜めながら、しかし、はっきりと物語を紡いでいった。
「……『まあ、一旦どんな感じかだけイメージさせたいから部屋に来てくれよ』って言われて、まあそれならって着いて行って……」
ああ、やめろ。聞きたくない。
「部屋には防犯カメラないから、客観的には僕が説得に応じたみたいになって何度も殴られて……」
もう。わかったから。結末は見えたから。
「それで……」
僕は、伊藤がそこまで言ったタイミングで、もう部屋を出ていきたくなった。何故か? 理由は僕にもわからない。ただ、胸の内から突き出てくるような痛みと、腹の底から湧き出る悪感情に、僕は身を焦がされそうになったんだ。
怒り、嫉妬、苛立ち、トラウマ。それら全部とも相容れないような、それでいて、それら全てを総括したような感情。ぐちゃぐちゃで、でも1本筋が通っているようなその感情は、一体、なんて言う名前が付いているんだろう。
「……『他の奴らが酷い目に会いたくなければ、俺らの絵を代わりに描け』って……言われ、たんだ…………」
「っ……!」
――その時の僕の顔は、本当に酷かったと思う。ただでさえ顔面偏差値The・平均みたいな感じなのに、もう、表情を気にする余裕も無かった。ザワザワと胸の内をかき混ぜられて、心臓が僕の意思を超えて暴れ出すような――……。
「っ……誠くん……怒ってる…………?」
伊藤の言葉で理解する。僕は、この感情は、怒りだと。
でも、ただの怒りではない。ただの、苛立ちや爆発じゃない。これは、これは……
「……ああ。怒ってる」
僕のこれは……たぶん憤怒だ。
僕の怒りは、この時初めて僕の
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