第41話【トークの天才は緊張しい】

 僕は別に、皆の輪を乱そうとしているわけじゃない。別に、気が抜けている訳じゃない。やる気がないなんてことは無いし、体調だって、万全だ。ただ、僕は今日は気楽に行こうって、貴重な休息を味わおうって……。ただ、そう思っただけだ。


 そう思った、だけなのに。

 

「えー、じゃあ、俺の好きなマンガについて話します!」

「おー! パチパチパチー!」

「題名は、『元営業職の俺、朝起きたらTS美少女になっていたので持ち前の営業スキルを駆使してNo.1キャバ嬢を目指します!』」


 なんだか、心が追いつかない。僕の、心が存在しない。僕の目の前に広がる全てが、どこか他人事のように思えてしまう。山本の笑顔も、悟さんの声も、僕の意思すら、全てが、遠い。まるで、僕だけが世界から切り離されてしまったような、そんな、居心地の悪さ。気持ち悪さ。


 あれ、僕って、何のためにここに居るんだっけ。ああ、もちろんプレゼンの色々を決めるためだけど。違う、そうじゃなくて、何かが、違う。


 僕の世界が、遠く聞こえる。


 僕の言葉が、僕の意思が、まるでそこには存在していないようで。まるで白昼夢の世界に囚われてしまったかのような、そんな錯覚に陥ってしまう。


 あれ、今日も、僕は変だ。いや、僕は元々変だけど。


 僕はそんな頭の働いていない独白を連ねては、僕の中に存在する疎外感と孤独の正体を、ただひたすらに追い求めてしまった。


 しかし、


「さあて皆さん! 僕の声は聞こえていますでしょうか!!」

「っ……!」

「いやあ、ご反応ありがとうございます! では早速ですね、本の紹介をやろうと思っております!」


 僕の浮ついた曖昧な心を引き戻したのは、悟さんの大声だった。


 大声と言うには凛々しく、聞き取りやすく、消してうるさくない声量の音。音程や話の進行にも気を遣った、紛れもなくプロの話し出し。


 僕が視線をパットあげると、そこには悟さんの姿をした、全くの別人が立っていた。


 今日は私服だからいつもの堅苦しさは無いけれど、でも、まるで今から大きな会社の社長を前にプレゼンを行うかのような緊張感。そして、それを乗り越えて要望を通そうとする、ある意味屈強な自我の表出。それでいて、聞く人が不快にならないような、細部まで調整され尽くした音程。


 そこに現れた長身の男は……プロの営業マンの目をしていた。


「僕が今回紹介する本は、題名がアホみてえに長いんですよ。転生したらどうちゃらこうちゃら、何を目指してうんたらかんたら……。まあ、要は、人生をやり直す話なんですね!」


 悟さんの声は、僕の心の深い部分に、じわりと染み渡ってくるような感じだった。


「この物語では、俺みたいな冴えない営業マンがなんとTSして美少女になるんすよ! あ、皆さんTSって知ってます? 性転換なんですけどね!?」


 速い。言葉が、止まらない。終わらない。僕は、この波に飲まれることしかできない。


「皆さん美少女になったらさあ、ほら、やってみたいことがあるじゃないですか! アレですよアレ! …………そう! No.1キャバ嬢ですねー!! あ、ここ笑うところっすよー」


 上手い。鋭い。言葉が、重い。その裏に隠された本当の意味まで見せてくるような、重い、だけども軽く取っ付きやすい言葉。抑揚が、声が、緩急が、呼吸が。僕を支配する。君の、貴方の世界に飲み込まれていく。


 音から始まり、視線も呼吸も、僕は彼の虜にさせられた。


「はい、つーわけで! 今回僕が紹介する本『元営業職の俺、朝起きたらTS美少女になっていたので持ち前の営業スキルを駆使してNo.1キャバ嬢を目指します!』ぜひ読んでみてください! 本貸します!」


 一際大きな声で、このプレゼンの終わりをアピールした悟さんは、僕らからそのバチバチした視線を外すと、ふっと緩んだ表情を見せた。


 あ、終わりだ。このプレゼンは……お話は、物語は、悟さんの声で始まり、悟さんの視線で終わるんだ。


 僕はそんなふと頭に湧いてきただけの言葉で悟さんを評価すると、


「っ――――あーーーー!! 緊っ張したー!!」

「「…………は??」」


 さっきまでの緊張感と裏腹に悟さんから発せられた、すごく情けない声に、つい、厳しい声を漏らしてしまった。


「いやあー! ガチで緊張したわ! 絶対今のカロリー使った! 100は堅いわー!!」

「「…………」」



 なんなんだ、この人は。さっきの緊張感と感情を、返してほしい。



 僕は目の前で駄々をこねる子供のように悶えまくってる悟さんを見下ろして、そんなことを思っていた。僕の視界に転がる悟さんは、なんだか誰よりも弱そうな体たらくで、僕が尊敬していた今までの悟さんとは、どうにも解釈が合わなかったんだ。僕の想像の中の悟さんは、カッコよくて、何でもできて、優しくて……。


 少なくとも、「あー緊張したー!!」なんてわちゃわちゃと騒ぎまくるような、そんな大人では無かったと思うんだ。


「あ、あの……」

「悟さん…………?」


 僕らはつい、すごく改まった形で、悟さんにそっと声をかけた。僕らの声のかけ方は、まるで落し物をした落とし主に声をかけるような、ある意味勇気に溢れた行動のように見える。その実情は「思ってたのと違う」という解釈不一致ゆえの行動なのだが、まあ、それは誰にも伝わることは無いのだろう。


 僕らがその、ある意味緊張した雰囲気で話しかけると、悟さんは数秒間静止した後、ハッとして我を取り戻した。


「あっ……スマン。見苦しいところを見せて。……じ、実はだな……」


 悟さんは最初に謝罪を口にした後に、むくりと起き上がると正座の姿勢になり、そして、1度咳払いをした。



 ……あれ。なんか改まった話があるのか。僕は、そんなつもりで今日来てないんだけどな……。まあ、仕方がない。何であったとしても、僕は、ちゃんと話を聞く必要がある。


 僕らに対し改まった姿勢で向かい合った悟さんが紡いだのは、本当に衝撃的な一言だった。


 本当に衝撃的だけど、別に意外だとも失望したとも思わないような、まあ、その程度の軽い告白……。


「お、俺……緊張しいなんだ!!」



 …………いや。だと思った。


 

 いや、というか、「緊張しい」と言う言葉で括るには、だいぶ特殊なスタイルな気がするな。


 緊張しい、要はあがり症の人って、そもそもこういう発表自体が苦手な傾向にあると思うんだ。言葉が出てこなくなったりするし、そもそも緊張しすぎて人前を避ける……みたいな。悟さんは、アドリブでもあんなにすごい言葉を紡げていたし、さすが営業マンと言わざるを得ない実力を兼ね備えていたように思う。


 単純な緊張しいというより、これは……


「悟さんって、人前で話す時……なんというか『ゾーン』に入るタイプなんですね……」

「え……? そ、そうなるのか……?」

 

 これは、悟さんがトークの天才であるという、何よりの証明書なんじゃないだろうか。


 僕は一世一代告白! といった感じで正座する悟さんに視線を向けて、そんなことを考えていた。


「緊張しいでも結局できてるじゃないですか。大丈夫ですよ、悟さん」


 僕はただ慰めるようなニュアンスで、悟さんにそう声をかけた。この時の僕はただ単純に、会話の流れでそう言っただけだった。別に、ちょっと気の毒だなと思ったくらいで、他には何も考えていない。強いて言うなら、悟さんってこういう人なんだなあ、なんてぼんやりとした分析を進めていただけだ。


 だから、


「……誠。お前、優しいなあ……!! もうそういうこと言ってくれんの、お前しか居ねーよ!!」


 だから、悟さんがそう言って抱き締めてきた時には、ひどく困惑してしまった。


 あれ、僕そんな大したことしてないんだけどな。当たり前のこと言っただけだし、別に、皆思うようなことを言っただけだし。


「お、大袈裟ですよ……落ち着いてください」


 僕は悟さんを引き剥がそうとして、ピタリとその手を止めた。

 

 ――でも、悪くないな。こうやって人に縋られるのは。


 今まで、無個性で何の取り柄もなかった僕が、誰かに寄り添われて、頼られて……そして、感謝される。それは、すご当たり前のようなことに思えるかもしれないけれど……、でも、僕ら凡人にとっては、本当にきちょうな成功体験だ。



 ……ああ、こんな時間が、一生続けばいいのにな……。



 

 その日、僕は一日中、甘い夢に浸っていた。僕は人に頼られることもあるし、ここに居ていいんだって、そう思って。少し気が抜けて、皆と温度感でギャップを感じていたけれど、でも、それも解消されてきたから。


 僕は、本当に平和な一日を過ごして、皆で絵を描いて、プレゼンを考えて、そして、眠った。




 ――事件が起きたのは、翌日。午前9時のことである。

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