第32話【天才が統べる国】

 天才っていう言葉は曖昧で、結局僕らの主観で判断されるものなのかもしれない。


 僕は、目の前で小一時間ずっと考え込んでいる伊藤を見て、なんとなくそんなことを思い始めていた。


 天才っていうのは、誰もがそう認めざるをえないような、圧倒的な力を持っているものだと思っていた。天才っていうのはいつでも輝いて、僕らを魅了して、実力を見せつけて……。そういう、いかにもなわかりやすいカリスマ性や存在感があると思っていたんだ。


 例えば今の「何でもメイキング」だったら、ジャンルなんかぱぱっと決めて、「もう原案を提出して創るだけだ!」なんて感じで、すぐに事が運ぶと思っていたんだ。


 若干楽観的過ぎたというのはそうかもしれないけど、でも、僕らを最初に魅了した時の伊藤は――……紛れもなく、そちら側の人間だった。


「……なあ伊藤、俺らに手伝えることは無いんか……?」

「そ、そうだぜ。俺も……昨日のお前に対する発言は悪かったと思ってる……。せめて、何か手伝わせてくれよ……」

「…………」


 僕らの部屋に流れる沈黙は、時間を追うごとに苦しくなっていき、重く停滞して、僕らから酸素を奪う。僕らは意外にも「何もしない」ということが苦手なようで、伊藤の決定を待つ他無いこの状況に……ひどく、ストレスを感じていたんだ。


 

「っ……違う……違う…………。全部しっくり来ない……」

「「「…………」」」



 僕らは今、天才によるゲームの開幕を待っている。たった一人の孤高の天才が、僕らに許可を出すのを待っている。


 能力の差がハッキリしている分僕らには抗おうという気力は湧いてこないが、それでも、この状況はストレスに他ならなかった。



 ――ああ、伊藤。これはたぶん……悪手だよ。



 僕は伊藤に向けて心の中でそう語りかけると、チラリと周りの人間に視線を向けた。


「…………」

「まだかよ……」

「暇だな…………」



 僕らの部屋の空気は最悪。停滞する空気の温度感は、凍結しそうなほど冷たく漂う。


 ああ、天才ってやっぱ、僕らの主観なのかもしれない。僕はこの30分で何度目かの、諦めに似た思考を思い浮かべていた。



♤♤♤



 …………。


「ああ、じゃあデザインか絵画かな……」


 …………。


「デザインは『才能教育』を主題にしたもの……じゃあ、これじゃダメかもしれない……」


 …………。


「でも、彫刻なら人数が多いとやりやすいから……でも、僕は彫刻は専門じゃないし…………」

「「「…………」」」



 

 ――会話はとうに、尽きていた。



 

 あれから更に30分。伊藤はまだ、悩んでいた。ギフトの

 説明の説明から1時間僕らが暇を持て余し初めてから30分。伊藤悠希という天才アーティストは、未だ、僕らの手元に降りてこなかった。


 どこまでも真剣に、どこまでも愚直に。伊藤悠希という人間は僕らのことを忘れたように、創作という事柄に没頭していた。


 僕らの声掛けなど届かない。ましてや、僕たちの話など聞かない。僕らはただ、目の前で否を突きつける天才の眼前で、ひたすらに「待て」と命じられていた。


 チラリと伊藤の手元を覗くと、描きかけの原案が複数枚あった。絵画、彫刻、デザインの3つ。伊藤は全パターンの原案を考え、どれにしようか迷っているようだった。


 …………なんだ。それならそうと言ってくれればいいのに。


 僕は、「灯台もと暗し」なんて言葉を、意味は違うけれど思い浮かべて、伊藤の元に歩み寄った。ピク、僅かに伊藤が反応したような気がして、僕は安心して声をかける。


 ……良かった。僕の存在は把握していたんだな。


「……なあ伊藤。迷ってるんだったら……多数決でいいんじゃないか。結局、製作には僕らも携わるだろ」


 僕はすっかり油断し安心しきった気持ちのまま、伊藤にそう声をかけたんだ。返ってくる返事はイエスかノー。あくまで2分の1であり、それ以外は有り得ないはずだと。


 なんなら、仮に「それ以外」があるとするならば、逆に教えて欲しいくらいだった。


「多数、決……」


 さあ、伊藤はどう答える。


「……皆の意見は、信用ならない」

「………………」



 ――――は……?



 僕は、その場で固まった。目を見開き、伊藤を見つめたまま、僕らに向け発せられたキツイ評価を……繰り返し、疑うように咀嚼した。


 ……皆の意見は、信用ならない…………? なんだそれ、え、聞き間違いか……? いや、たぶんそうだよな。あんなオドオドしているタイプの伊藤が、そんな言葉を言うはずがない。いやいや、流石に疲れすぎだろ、僕……。


 そうだ、もう一度聞いてみようじゃないか。


「……ごめん伊藤、もう1回言って……?」

「……わかった。もう1回言うね」


 ああ。嘘だよな。聞き間違いだよな……。


「皆の意見は、信用ならない。…………だから、原案までは僕が1人で決める」

「は…………」



 ――コイツ、まじか。



 僕は半ば失望したような視線で伊藤を見つめてそして、ため息に近い深い吐息を、重く、力無く吐き出した。


 ……ああ。やっぱ天才って僕らの主観に過ぎないんだな。いや、あるいは、天才の人間は…皆、どこかおかしいのだろうか。


 才能があるから他者を見下し、才能があるからコミュ力無しで成功し……。もしかしたら、いや、もしかしなくとも……。



 天才って、色んなことが許される、ある意味では「特権階級」なのかもな。



 僕はまた新しく天才という人間への理解を深めると、同時に、どこか失望した気持ちを抱えた。それは、僕が伊藤や天才に期待しすぎた結果なのかもしれないが……どこか、納得してしまう解釈だった。


 僕の頭に浮かぶのは、いつだかどっかの書物で読んだ、偉人たちの破天荒エピソード。死因がすごいしょうもないだとか、酒に酔って誰かにだる絡みしただとか、高額で落札された絵を、シュレッダーにかけてみちゃうだとか……。……あれ、なんか違うのも混じってたかな。


 ……まあ、とりあえず。

 

 天才っていうのはそれだけで大きなアドバンテージになる。才能というのは資産と一緒で、持っていることにもすごく価値があるものなんだ。……たぶん。


 そして、その特権階級に成り上がった資産家……天才は、その持ってる力全てを使って、世界に色々な変化をもたらす……。


 僕の得意科目である社会に結びつけて言うならこれは……天才という名の絶対王政だ。天才は生まれながらに天才であり……貴族のように、特権階級に位置づけられる。僕ら凡人が努力して辿り着ける可能性はゼロに等しく……僕らは天才の元で必死に歯を食いしばるだけ。


 正直、とても悲しいけれど……。少なくとも今の僕にとっては、何よりもしっくりくる例えだった。



「…………やっぱり、絵画か、デザインか……」



 僕らの世界の王様である伊藤は、今後の計画を立てるのに夢中だ。僕らが意思や、口出しする権利を半ば無視しながら……伊藤は、自身の世界に潜っていく。


 ……ああ。やっぱり天才になるなんて無理なんだろうか? いや、もし仮に天才になれたとして……僕は、僕もこんな風になってしまうんだろうか……?


 僕の胸中に不安が渦巻く。なんだか嫌な感覚が込み上げ、どこか情けなくなる。


 …………でも。



「おい伊藤。あんまり自分の世界に籠ってると、クリエイターとしては三流になるぜ?」



 でも、歴史の世界では、絶対王政は覆された。名もない一般市民の手で。数ばかり多い、歴史の世界ではモブのような人間の手で。


 声の主は、悟さんだった。彼は言った。伊藤と目線を合わせる。

 

「何に悩んでるかは知らんが……お前が作品を届ける先は、『天才』じゃなくて『凡人』だからな?」


 伊藤という王に意見する。 

 僕らの王国に、革命が起こる。



 今回革命を主導したのは、小林 悟というただの一般人。そして、僕らにとっての救世主だった。

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