第31話【平均こそ天才】

 生存率60%……一般人はこの数字を、一体どうやって解釈するだろう。


 思ったよりも多い? 以外に当たる? テストの平均点みたいな? ソシャゲなら超高確率?


 あれこれと類似する割合のものを思い浮かべてみるけれど、どれもイマイチピンと来ない。まあ僕が確率や可能性というような数学的な概念を意識して生活している訳では無いから、ピンと来ないのかもしれないけど。


 …………でも、ひとつだけ確かな事実がある。


 僕は説明を終え退場を促すギフトを見て、確信めいた独白をした。


 ひとつだけ確かな事実、それは……。


 これは、絶望の数字である、ということ。



 僕らは確率的に言えば、最も高確率で生れ落ちる生命体……凡人だ。正規分布のグラフの丁度真ん中7割くらいを占める、70%の生命体。可もなく不可もなく。有能ではないが、何かハンデを背負ったような、援助を必要とする人間でもない。


 普通であるが故に、見向きもされない。誰からも注目されない、ゲームのガチャでよく出てくるような……その他大勢の内の1人だ。


 そう、丁度確率で言うならこのゲームの生存率と同じくらい……それくらいの割合で産まれてくる人間たち。


「なあ伊藤、ジャンルは何にするんだ?」

「わ、ちょ、ちょっと待って。部屋で説明の紙を読んでからにしたくて……」

「俺らの部屋は人数少ないから、ちょっと不利になるかもな……」


 何でもないその他大勢……。モブか、それ以外か。6割か、4割か。……確率としては、だいぶ高い生存率だし、今までよりは、伊藤が居る分勝機は濃い。


 …………でも、今回のこのゲームだけは、天才が通用しないかもしれない。


 僕は目の前を束になって歩く同居人に目を向けるち、本当に僅かに鋭い視線を向けた。僕の視線に宿る感情は、危惧。そして、本当に僅かな……不安。


 僕らは、この戦いで1位にならなければ殺される。そう、確率で言うならばそれは…………1%にも満たない薄い勝機だ。天才という増幅装置と、天才が故の扱いづらさ。まるでプレイヤースキルを問われるゲームをやっているような……そんな、絶妙なやりにくさ。


「ほな、作戦会議行きまっかー!」


 僕らは主戦場となる部屋に帰り着くと、命を懸けた作戦会議始めた。



♤♤♤



「……じゃあ、まずルールの確認から行くね」


 それぞれ定位置についた僕たちは、このゲームの要となる伊藤に視線を送った。少し暗めのベージュの髪。憂いを帯びた銀色の瞳。小柄でオドオドと頼りない伊藤が、今回は明確に輝いて見える。


 水を得た魚、という言葉が浮かび、僕はなんとなく物思いに耽ってしまう。


 ああ、僕も何か一つくらい、自信を持てる才能があったらな。ちょっと得意かも、っていうのじゃなくて……もっとこう、誰にも負けない! って言えるようなものが……。


「えっと、ルールの紙は……これだね。はい、皆、見えてるかな…………?」


 伊藤はオドオドと、しかし責任感を持って、自身の職務を全うしていく。伊藤がその小さな手で差し出した紙には、いつものように黄色と黒の警告色で、このゲームのルールが書かれていた。


 ……なるほど。よく考えてあるな。


 僕がそう思ったルール説明の紙には、次のようなことが書いてあった。


 ルールはいつも通り、大きく分けて3つだ。


 1つ、ジャンルと制作予定の原案を3時間以内に報告すること

 2つ、他のチームの作品を壊したり、製作を妨害したりした者は、即刻、部屋の者を道連れにして処分する。

 3つ、投票時には作品のアピールタイムがあるため、アピール用の1分未満の動画を録画し、提出すること。確認を行うため、動画は1時間前までに提出すること。


 一応、下に小さく「不明点があれば聞いてください」と書いてあるが、まあ、それ以外の細工は特に見当たらなかった。


 ……録画だから「デスゲームをやらされています。助けてください」なんてことを言えるわけだか、まあ、確認作業でそういう物は弾かれるんだろうな。


 僕は抜け目ないルール設定に最早感心しつつ、チラリとルールの2番目を見る。そこに記載してある言葉は、僕らの命運を分ける一線。


 ……妨害行為についてだ。


「いやあ、妨害行為を取り締まってくれんのはありがてえな」


 悟さんがそう声を発する。僕が視線を右に向けると、胡座をかき座っている悟さんが、腕を組み紙を見つめていた。


「正直、このゲームってズルいこと考えるやつが勝つゲームだと思ったんだよな。作品壊すとか、アイデアパクるとか。だから、これは伊藤が天才であるかに関わらず負ける可能性はあると思ってたんだが……」


 悟さんは凛々しく腕を組んだ状態で僕らを見回すと、その頼りがいのある顔にニコッと笑みを浮かべる。


「まあ、才能が才能として評価されそうなレギュレーションで、正直、めちゃくちゃホッとしてるよ。お前ら、頑張ろうな!!」

「「「はい!!」」」


 悟さんの一声は、僕らの団結を一気に高める。部屋の温度感が、陽に傾く。心なしか緊張もほぐれたような気がしてきて、ああ、やっぱり悟さんはスゴいな、なんて曖昧な賛辞を考えてしまう。


 ……実際、悟さんはとても凄い人だと思う。


 僕は、伊藤があれこれとジャンルの説明用紙と格闘しているのを眺めながら、悟さんのことを思い浮かべていた。


 悟さんは、山本ともギフトともまた違う、独特な魅力を持っている。コミュ力と言うにはどこか知的で、カリスマと言うには存在感が薄いような……言うなら、山本とギフトの間みたいな人だ。


 社会人というだけあってすごく落ち着いているし、僕が悟さんの優しさや判断力に助けられた場面は、デスゲーム生活3日目にして、もう片手じゃ収まりきらない。


 僕の愚かさを許してくれたのも、山本に警告を添えたのも、女の子を助けに行く僕に武器をくれたのも……。全部、全部悟さんであり、感謝してもしきれない。


 いつでもあらゆる可能性やリスクを想定していて、最悪の事態が起きないよう細心の注意を払う。時には対立してでも人を守ろうとするし、警告しつつも意志を尊重してくれる。


 …………ああ。できすぎた人だ。


 僕は、悟さんという存在に、今はそういう感覚を抱いている。褒めすぎだろ、なんて言われるかもしれないけれど、でも、これは過大評価じゃない。きっと、真っ当で適切な評価だ。悟さんは全ての能力において……たぶん、平均的なものを持っている。平均的、なんて言うと「結局モブじゃないか」って思う人が居るかもしれないけど、でも、僕はそれは違うと思う。


 だって、僕らの現実世界に、文武両道の陽キャシゴデキなんて、片手で数えるくらいしかいないだろう?


 大抵、勉強ができないとか、コミュ力が低いとか、何か欠点があるものだ。めちゃくちゃダメ、というわけではないけれど、平均点を取り損ねるようなものが。むしろ、そういう欠点があるからこそ、僕らはお互いに支え合い、助け合っていくのだとさえ思う。


 だから、僕の予想ではあるけれど、全てを平均的なレベルまで仕上げてるであろう悟さんは……もう、それだけで才能なんだ。


「……? なんだよ誠、俺のこと見て。……あっ、ついに俺の魅力に気づいたか? なーんてな!」

「ええ、まあ…………そんなところです」

「…………はっ?」


 僕は不意に悟さんからかけられた声にそう答えると、また想像の世界に戻っていき――……。


 

 ………………。



 ………………?


 

 いやいや待て待て待て!! 僕、今、なんて言った!? 今、ななな、なんて言った!?


「あっ、いや、違くて、そのっ……!」

「おーおー誠ー。なんやー? 浮気かー?」

「浮気ってか、付き合ってないだろ!! あ、あの、悟さん! これは、違くて……!!」

「誠クン……気持ちだけ受け取っとくぜっ……?」

「やめてください本当に!!」


 

 僕は空想に耽ってしまうという悪い癖によりいじり倒され、しばらく解放して貰えなかった。


「もうやめてください……」

「照れんなやー」

「照れてねえし…………」

「スマンな……俺には彼女がいるんだ…………」


 わちゃわちゃと男子らしいといえば男子らしい悪ノリに花を咲かせ、その場の空気がワントーン明るくなる。まるで修学旅行で泊まっている時のような、そんな、楽しい僅かな時間。


 

「っ…………、ど、どうしよう…………」



 ……だから、僕らは気づかなかった。いや、気づいてもきっと、理解はできなかった。


 伊藤が怯えたような声を発する。僕は流れがわからず、とりあえず伊藤に視線を送る。


「どれも、全部、違う気がする…………」 

 


 伊藤はジャンルを選ぶ用紙を握りしめ、絶望したかのように、静止していた。



 僕らはまだ、知らなかった。

 天才には天才なりの…………圧倒的な苦悩があるということを。

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