第28話【十字架を背負う者】

 ……これは、僕が読んだ、一通の手紙の文面である。


 一通と言うにはあまりに多く、山本の感情を書き表すには、あまりに少ない、1つの手紙。僕はその僕宛てのとても長い文章を、我を忘れるほど集中して読み込んだ。一文字一文字をなぞるように、目から脳へ、栄養剤を流し入れるように。その山本が選んだ一言一句の意味を、思いを……全て、取りこぼさないように。


 僕はその手紙を読んで、読んで、読んで。その結果人殺しに成り果てた。…………以下の文章は、僕が殺人犯になるために読んだ、山本からの手紙である。




 『誠へ。            No.1


 この手紙を読んでいるということは、俺はもう死んでしまったんですね…………、なんてことを書いてみたかったんやけど、どうも、今回はそんな雰囲気にはなれんかったわ。ボケができなくてスマンな。許してくれや。


 俺はまあ、手紙を書くこと自体ほとんど無いんやけども、今回は書きたい気分になったから、ちょっと、書いてみることにするで。……あ、別に、誠が心配するようなことは何も無いで。これは、俺なりのケジメの手紙で、誠に何か影響を与えるもんじゃない。ただの俺の自己満足や。それでも、読んでくれるって信じてるで。


 ……そうやなあ。本題に入る前に、お前のことだから、俺が自殺したんじゃないかとか、大体そんなことを考えてそうやけど……でも、それは全く違うで。確かに俺はこの状況が嫌すぎて、辛すぎて自殺したいと思ったけど――でも。でも、お前が居るのに勝手に死ぬなんて……親友としてダメダメやろ?


 せやから俺は自殺はしない。大丈夫、俺はまだ生きてるで』



 大雑把な丸文字。消しゴムの後が残るグシャグシャの紙。形式上作ったと思われる、即席の真っ白で小さめの封筒。ついさっきまでそこに居たであろう……山本の、痕跡。


 

「…………」


 僕は1枚目を読み終えて、無言である一点を凝視した。1枚目の手紙の、最後の文。「俺はまだ生きている」という……ただ、その一点を。


 俺は、まだ、生きている。俺はまだ……生きている……?


 

 じゃあ、山本は、自殺じゃ、ない…………?


 ガッと瞳孔が開くのを感じる。いや、正確には目を見開いていた。どうしようもない安堵が溢れる。変に強ばっていた身体から緊張が抜け、少し丸まった背に壁が当たった。


「……手紙は、あと2枚……」


 僕は残りの枚数を確かめるように口に出すと、1枚目を束の後ろに回して、2枚目の文章を読み始めた。山本は、まだ死んでいない。その事実に正直安堵していたけれど、でも僕は理解している。


 ……この話は、まだ本題じゃない。


 僕はこの先に待つ不穏な気配を察知しつつ、2枚目の手紙を読み始めた。


『No.2


 さて、俺がまだ生きているというのに安心したようで何よりやで。……まあ、そんなんわかってるって感じやったら申し訳ないけど、とりあえず予言者っぽくいかせてや。


 ほな、そろそろ本題に入ろうか。本題は、「ギフトが講評で話した内容」や。昨日、俺が腹括って言おうとして……でも、色々あって言えなかったあれや。


 やっぱ口に出すと昨日みたいになっちゃいそうやから、文章でいかせてもらうけども、許してな。


 で、ギフトが講評で言ってた内容なんやけど……ざっくり言うと、現在の死亡者の内訳についてや。……デスゲームやから、そらゲームで死ぬんやろって思うかもしれへんけど、今回はそういう話やなかった。


 ゲーム外で死亡した人数の内訳やったんよ。


 …………心当たりが、あると思う。思い出させて申し訳ないけども、同じ部屋だった5人みたいな感じで、特殊な死亡をしたパターンの内訳ってことや。


 それで、ギフトはこう言った。


 『特殊死亡者は35人。実験の妨害などによる処刑が21人。自殺が14人』


 まあ、あの5人以外にも、同じようなことを考えたやつが居たんやろな。悲しいけど、それが現実らしいわ。それで、問題なのは自殺者の方なんやけど、そこに、俺が誠に嘘をついてまで隠し通したかった理由がある。


 ……誠にとってもしんどい内容になるから、覚悟が決まったら3枚目に進んでな。』



 その手紙は、まるで僕を気遣うかのように、やたら丁寧な文章で書かれていた。……まるで、これはテストの答案だ。優等生が100点を取るために紡ぎ直した……テストの模範解答みたいだ。一言も、1文字も誤解させないという、山本の強い意志を感じる。


 心なしか筆圧も濃くなっているし、山本にとっても、この2枚目は「覚悟」を表すページだったのだと思う。


 ……じゃあ僕は、その覚悟に今から答えなきゃいけない。山本がどこにいるか、何を思っているのか、なぜこの事実を隠そうとしたのか……。僕はまだ、知らないから。



「……大丈夫、僕なら、やれる…………」



 僕は自らを鼓舞するようにそう言うと、最後の1枚に目を通した。



 …………濡れていた。



 その紙は、まるで涙を零したように……点々と、歪な形で濡れていた。もちろん乾いてはいたけれど、確かにその紙には濡れた形跡があった。


 ……山本が、泣いたんだ。


 僕はその事実を触覚を通して感じ、視覚を通じて確認した。山本の感情を、山本の見た何かを、聞いた何かを。僕はそれを通じてどこか知った気になって、どこか英雄じみた正義感を胸に掲げてしまった。


 ――大丈夫だよ。僕が、ちゃんと山本を助ける。


 僕はその歪で間違って正義感を胸に手紙を読み、そして後悔することになる――……。



『No.3


 俺がギフトの話を隠そうとした理由、それは自殺者の内訳にある。俺たちに対して講評をした時、ギフトはこう言ったんや。


「自殺者の3割は、性被害にあった方です。あ、あとそういった犯罪が起きた部屋の方は移動していただいてます」ってな。


 ……もう予想はついてきてるかもしれへんけど、最後まで落ち着いて聞いて欲しいんや。頼んだで。


 ……で、性被害にあった人が自殺したっていう事実と、俺たちの部屋で起きた犯罪は、直接は結びつかないやろ。実際にその女の子が自殺したかは、結局、誰にもわからんのやから。


 俺はボーッとしてる誠を見て、あ、聞いてなくてラッキーかもなとは思った。でも、意図的に隠す気は無かったんや。俺には誠を説得できるロジックがあったから。


 ……でも、実は、俺、見たんよ。


 女の子が、自殺するとこ。……しかもたぶん、俺たちの部屋に連れ込まれた子。首吊り自殺やった。俺が見つけた時にはもう、死んでいて、スタッフが処理をしていた。


 怖かった。


 生気のない人間の顔。力なく垂れ下がる身体。やたら冷たい部屋の空気。淡々と処理するスタッフ、遺体、人間の死体!


 全部、全部頭から離れなくなった。もう、怖くてどうすればいいかわからんかった。腰抜けて、立てなくなって、そこにギフトが現れたんや。笑顔で、俺を持ち上げて、部屋の近くまで運んでくれた。夜やったから、誰にも見られんかったけど、でも、ギフトはそれを利用して俺にこう言ったんや。


「あの方は『どうせデスゲームで死ぬなら今死にたい。奇跡なんて、期待した私がバカだった』と言っていましたよ。……ふふ、貴方たちの報われない努力が、彼女を自殺に駆り立てたんですね」って!!


 なあ! こんな酷い話あるか!? 無いよな! あまりにも……グロすぎる!! 俺は、最初は隠す必要は無いと思ってた。自殺者の内訳なんて、別に……!!


 でも、いざそれを誠に伝えようとしたら……もう、怖くて声が出なかった…………。あの時の記憶がまた湧いてくるみたいで、めちゃくちゃ、怖くて恐ろしくなった!


 だから、俺は嘘をついた。不器用なのに、余計な嘘をついた。誠はちゃんとその十字架を背負ったのに、俺は、背負う覚悟が無かった。あの女の子を自殺に駆り立てなのは……きっと、俺なんやと思ったのに。でも、どこかで信じたくなかったんや。


 自分が人を殺したなんて、そんなの、認めたくもない。


 あの性犯罪者5人を止められなくて、誠が俺のとこに来るよう誘導して……結局皆、殺した。


 誠と俺が不在の時に部屋が変わって、性被害者は自殺して……加害者の内訳はぼかされて…………。まるで、誠と俺が犯罪者みたいや。だから、俺が先に事情説明して、傷ついてる誠がもっと傷つかないように頑張ろうと思ってたんや。


 ……でもそれも無理だった。結局俺、昨日泣き出しちゃったし。


 ごめんな、誠。嘘ついて。ごめんな誠。人殺しみたいにして。でも、お前は悪くないで。俺がミスったから女の子を殺したんや。誠の心も、殺したんや。


 だから、お前は悪くない。


 じゃあ、今日のゲームも頑張ろうな。』




 想いの密度が、違かった。


 まるで、発泡スチロールと鉄を同時に並べられたみたいだ。最初の2枚はあくまで前座。本題は、3枚目だったんだ。


 山本は女の子が自殺するのを見て、自分のせいだと思った。でも、僕がそのことを知ったら僕は思い詰めるから、それに繋がる「ギフトの講評」も隠したがった。


 言ってしまえばそんな簡単なロジックだけど、そこに込められた山本の想いは、暗く、濃い。


 

「っ…………ごめん、ごめんな……山本……」



 山本が人殺しになるのなら、僕も人殺しに他ならない。僕らの行動は互いに影響しあっていて、どっちかが罪を被ることなんてできない。


 僕は山本の苦悩に思いを馳せては涙を零し、そして、謝罪を口にした。


 ああ。山本。ごめん。ごめん……。


 僕はもう感情すらわからない涙を流し、熱くなった頭でふと考える。


 ……ああ。そうだ、そうじゃないか…………。


 僕はグシャグシャの感情と手紙を握りしめながら、部屋の扉を勢いよく開けた。靴を履き、そして駆け出す。


 ああ。ああ。そうじゃないか。僕は探しに行かなきゃいけない。


 山本は今、一体どこに居るんだ――……?


 その答えを、知らなきゃいけない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る