第26話【人間の親友】

「え……山本……、どうしたんだよ……」


 僕声が虚空に波を描いて、辺りに虚しく霧散した。弱く震えた僕の吐息は、どこか頼りない幼さを見せる。杭を打たれたように凍りついた僕の視線は、山本の顔を行ったり、来たり。見渡しても別に何の変化も無い。だって、僕が視線を動かしていないから。


 ただ、その事実に「嘘だ」と抗うように、僕の視線は僅かに彷徨う。


「え……もしかして、これなのか? 山本……僕が、いや僕に伝えようとしたのは……」


 僕はいつでも縋るように、山本に声をかける癖がある。友情クイズの時、伊藤を巡って揉めたとき、そして……今も、変わらずに。


 ……ああ。変わらなくては。もう、凡人ここから抜け出さなくては。凡人でいられる甘えた時間は……もう、終わりにするのだから。


 僕は暗示をかけるようにそう思うけれど、身体はちっとも言うこと聞かない。動かない。認めたくない。そうやって全力で抗うように、僕の思考をシャットアウトする。


 本当は、もうわかっているんだ。僕が切に願って、そして山本が隠そうとした……その事実が、これなんだって。僕が必死に食らいついて、ただ純粋に追い求めたもの。山本が……僕の親友が、友情をかけて守り抜いたもの。


 ……ああ。これが真実か。僕が……僕が、人を殺した。それを、山本は隠そうとしたんだ。


「ああ…………ごめんな、誠。もっと早く……言うべきやった」


 どこかフラフラと狂った声音をもって、山本はポツリと言葉を零した。この部屋の空気とも僕の心情とも合わないような……そんな、よくわからない感情の言葉。


 「失敗した」「後悔」「焦り」「絶望」。


 そんな言葉がよく似合うような、ただただ苦しい感情の…………波。ドロドロと溢れ出す暗く苦しいそれは、僕らの部屋一帯を飲み込み、そして――……



「ッ…………ちょ、ごめんっ……な……?」

「っ……? 山本……?」



 山本の顔を濡らす波として、ついに現実に顕現した。顔を見せまいと必死に顔を背ける山本は、すごく痛々しくて、見ていて辛かった。すごく、悲しくなった。


「大丈夫……大丈夫、やで……、はぁっ、全然……!」

「う、嘘つけ……! 僕が、何かしたのか!? それとも、なんだ、山本は……何が!?」


 ああ。こういう時……僕は、なんて言えばいい。焦る心をどうやって……僕は、どう抑えればいい。苦しむ仲間を助けるには、どんな素敵な言葉がいる? この場を掌握するだけの……愛に満ちた言葉は、どこに落ちている。


 わからない。わからない。わからない!!


「ごめん……なぁ、誠っ……! 俺、っ、ゲホっ、見、たんよ…………」


 ああ! こんなに辛そうな友達を……僕は宥めることもできないのか!! 英雄のように、誰かの物語の主人公のようにっ……!


 僕は、君に何も与えられないのか!?

 

「しゃ、喋らなくていい!! ごめん! 僕のせいだ! 無理はっ……」


 馬鹿だ僕は! 相手を否定して何になる!? 欲しい言葉はそんなんじゃないはずだ……何も、解決しないじゃないか……。あの時、僕が泣き崩れた時…………僕が、死体を見て狂った時……!


 僕がしてほしかったのはっ……もっと……もっと…………!!

 

「ふふ、無理なんて…………って、誠……?」

「……今じゃなくて、大丈夫。落ち着いたら……話してほしい」


 ――もっと実用的で肉体的な……目の前の安心感だったじゃないか。


 

 僕は自分の状況に照らし合わせて、山本の肩に毛布をかけると、背中をトントンと2、3度叩いた。赤ちゃんをあやす時のような、柔らかい、不器用だけど単純な行動。なんの解決にもならないけれど……でも、理論上も、経験上も、自信のあるそれ。


「ほら、明日の午後までゲーム無いんだろ。別に、今じゃなくてもいい。…………今日は、疲れてるんだ。飯食って、風呂入って、さっさと……寝よう」


 僕が辛い時1番欲しかったのは……あんな、ありきたりな言葉じゃなかった。大丈夫だよ、呼吸して、ほら、落ち着いてきたでしょう? そんな、弱い音声ことばじゃなかった。


 目の前が一気に暗くなって、頭は真っ白になって……。感情が制御できない時に、音は、モヤがかかったように聞こえる。


 ああ。僕は何を聞いているのか。それが、よく分からなくなる。言葉なんてただの音声になるし、声掛けなんて 、意味も理解できない。


 仮に理解できたとしても、それに脳のキャパは割けない。


 ……だから。


「っ……うぅ…………あり、がとぉなぁ……!!」


 だから、暖かい居場所と、焦らなくていい余裕。それが、結局僕らを癒し、助ける場所になっていくんだ。



 山本がボロボロと零した涙は、安心と悲しみが入り交じったような、そんな美しい煌めきを放っていた。純粋に零れ落ちる大粒の涙は、部屋の証明に照らされて、淡い黄色に染まる。暖かなその瞳の温度は、純粋な山本を象徴するように落ちていく。


「じゃ、ご飯貰ってくるよ」


 僕は山本にそう声をかけると、背後で待機するファミレスの猫型ロボットに、ゆっくりと、優しく手を伸ばした。


「……山本は、まだ良いよね」

「あ、じゃあ僕も待ってるよ〜」

「まあ、まだ腹減ってねえからな!!」


 僕が山本を気遣って声をこぼすと、伊藤や悟さんも同調してくれる。気づけば僕の……いや、山本の周りに集まっていた他の同居人たちも、


「山本居ないとおもんないしな!」

「ああ。それまで絵の練習でもしてよーぜ!」

「だな! 今度はめっちゃ美味そうな飯描いてやるぜ!!」


 と、明るく楽しげな声をあげる。……ああ、これが山本の人徳か。それとも、山本という人間の魅力なのか。僕は隣で毛布に包まれている山本を見て、なんとなく、困ったような笑みを浮かべていた。


 ――ああ。これが、親友か。


 その言葉は、伊藤の件で揉めた時に、山本に助けられて出てきた、想い。僕が困った時全力で助けてもらえるような、そんな、安心できる関係性。僕だけが君に依存する……要は、そんな関係性。


「なあ、山本。ちょっとだけ本音を言うね」

「なんや……?」


 でも、今はまた、少しだけ違う。


 僕はちょっと疲れたようなふわふわした発声で返答した山本を見て、なんとなく、幼い本音を零す。でも、親友に聞かれたら恥ずかしいから、本当に小声で……山本にも聞こえないくらい。ボソリと、僕は言葉を落とす。



 

 ――――君を、助けられて良かったよ。




「え? なんて? ……スマン、もう1回」

「ぷっ、ははは、『山本も可愛いとこあるんだな』って言ったんだよ」

「はあ!? なんやそれ!!」

「ハハハ!!」




 僕は案の定聴き逃した山本に、わかりやすい嘘を教え込む。ちょっと元気を取り戻した山本は、僅かに高くなった声でツッコんでくる。僕はそれを笑って流しながら、本当は言いたかった小さな言葉を、誰にも気づかれぬ胸の内で呟く。



 ――僕、山本は「悩みなんて無いヤツ」だと思ってたよ。メンタル強くて、明るくて……だから、正直驚いたんだ。


「あーもうバカバカしくなってきたわー。飯食うー」

「ああ。そうしよう」


 山本も、ちゃんと「人間」だったんだ。弱くて、脆くて、でも頑張っている……そんな人間だったんだね。



 これは、僕が人殺しになる前の……最後の綺麗な記憶になった。

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