第25話【英雄的な時間の過ごし方】

 ……ああ。僕はダメな人間だ。


 僕がそう思ったのは、今回で何度目なんだろう。僕が僕を悪だと思ったのは、今日で何度目なんだろう。僕はダメな人間で、悪で、それでいてどこか……無邪気な子供なんだと感じたのは、これで何回目になるだろう。


「……誠、俺が何を隠しているか……本当の本当に、知りたいか?」

 

 山本から発せられたのは、たった一言の言葉だった。


 僕を守るためについた嘘を、あえて知り乗り越える覚悟はあるのかと。僕はその挑戦を確認する挑発的な問いに対し、ただ、ひたすらにこいねがってしまった。


 「――ああ、知りたい」と。


 僕の知的好奇心はたぶん人並みだし、特段高いという訳でもないだろう。色んなことは知りたいけど、知らないと死んでしなうような知識中毒でもない。第一、僕が天才的な知識中毒だったら、こんなところで踏みとどまって凡人として燻っているはずがないのだから。


 僕は悲しいほどに的を得た自己分析で自虐しながら、目の前で脈打つ素直な好奇心に突き動かされていた。


 ああ、知りたい。もっと知りたい。僕がここから脱却するために。僕が凡人を抜けて天才になって、そして山本を守るそのために。僕は、今決意したこの意思が揺らぐよりも早く、できるだけ早く、行動を起こしてしまいたかったんだ。


 ああ、知りたい、という欲求が止められない。もっと、もっと答えに手を伸ばしたい。触れたいんだ、知りたいんだ、山本。僕のために隠したそれを、僕に教えてくれないか。

 

 僕は探究心を抑えられない。それ以上に、今決意した自分の意思を、できるだけ形に留めておきたかった。まるで英雄になったかと錯覚するそれが、僕の内側から身体を突き動かしていたんだ。


「本当の本当に……知りたいんだっ……!」


 僕は懇願するようにそう言って、山本に縋るような視線を向けた。


 知りたいんだ、教えてくれ。山本。僕はそれが知れないと……もう気が狂ってしまいそうだ。何が僕をそうさせるのか? わからない、わからないからこそ、もう止められない。知りたい知りたい知りたい。僕はもう、全てを受け止めて生きていくって、君のことを守るって決めたんだ。



 ――熱に浮かされるって、こういう時に使うんだな。理性を吹っ飛ばして何かを求めるその瞬間に、僕はこの言葉を思い浮かべていた。


 いや、使うというか頭に思い浮かんだだけなんだけど、でも、これは僕が選んだ僕の言葉だ。知的好奇心から出力される、僕のエネルギー増幅装置だ。


 知りたい。欲しい。この想いが、冷めぬうちに。


 僕がその身を焦がす情炎とどうしようもない欲望に纏わりつかれている時間は、実数に置き換えると僅か1秒。僕のやたら加速したこの時間は、山本の感情を整えさせるには足りなかった。

 

「そうか……知りたいんやな……」


 山本は寂しげな表情を浮かべ、口元に僅かな微笑を浮かべる。その口元に描かれた微笑みは、喜びや愛といった正の感情ではなく、言うまでもないかもしれないけれど、とてもマイナスなそれだった。


 哀、悲しみ、あるいは恐れ。僕を思い僕に全てを与えてくれた山本は、今もまた、僕に何かを与えようとしてくる。


 ……ああ。いけないな。


 僕はその状況に僅かな危機感を覚え、そして焦りを浮かべながら言葉を付け足した。


「あ、いや……その、無理して教えなくていいからね。僕はただ、これからは山本を守っていくんだって思って、それで今ある山本の負担を……隠し事を無くしたいだけだから……」


 後盤はゴニョゴニョとしてしまった僕の声が、山本の耳に届くのを感じた。その証拠に、僕らの視線が中央に集まる。英雄的な興奮から少しだけ冷めた僕は、改めて山本の顔を見つめる。


 互いに相手を見つめあって……まるで、ドラマのワンシーンみたいに。


「…………ぷふっ、なんやこれ! 唐突なラブコメやん!」


 刹那、山本の笑い声が響く。廊下中に響くその声には、一切の穢れや混じり気がない。


 ……あれ。なんか雰囲気が変わったぞ。


「は、ハハ……確かに、ちょっと恥ずいな……」


 僕も山本の言葉に釣られて照れたように笑いながら、互いにふわりと視線を逸らした。逸らした先に何かがある訳でもないし、もちろん、会話が終わった訳でもない。ただ小っ恥ずかしくなって顔を仰向けるという、まあいかにもモブらしい所業をしたに過ぎないんだけども……。


「俺、やっぱ話すわ! 誠! とりあえず寒いから部屋入ろうや!」

「え……良いの? 僕、まだ何も予想ついてないけど……」


 山本にとってはその数瞬が、気持ちを整理するには大事だったようだ。


 僕は困惑して山本に最終確認を取るも、山本はケロッとした顔で「ほな行くでー」とドアノブに手をかける。何の躊躇もなく扉を開ける山本に一瞬心臓が止まるような苦しい感覚を覚えるけれど、それはもう、気にしないでおこうと思った。


 この扉を開ける動作が僕のトラウマになっているのは、認識したら、負けな気がしたから。



ドクン、ドクン、と嫌な動機を訴えるそれも、吐きそうになって苦しくなる身体も。手汗でびしょびしょに濡れてしまうような、弱い心も、ダメな自分も……。


「――まあ、話す気になってくれて嬉しいよ。ありがとう」

「お、お? なんか今日……というか今回はやたら素直やなあ……」

「ふふ。素直なのはいつもだろ」

「それもそうやな。誠わかりやすいし」

「…………は?」


 今は、何だか悪くない。というか、寧ろ愛おしい。ああ、愛するってこんな感覚なんだな。自分どころか、全てに対して優しくなれる、そんな気がする。


 僕はいつになく上機嫌で山本の後に着いて行き、僕らの住処へと帰りついた。そして……


「ただいま」

「「「お、おかえりー」」」


 僕らはどこか強くなった絆を胸に、今日も笑い合う…………。




そんな、幻を抱いていた。




「で、誠? 話を聞いてもいいか?」

「っ……? うん、何?」


 その後同居人である鈴木から質問されたのは、僕の心を抉る想定外の問いだった。


 ムードメーカーであり、伊藤の件で悟さんと言い合いをした……良くも悪くも目立つ男、鈴木は言った。


「お前さ……もしかして、人殺した?」


 背筋が凍った。


 え? なんで? なんでそんな話になった? 僕が一体何をしたって? あれ、女の子のこと言ってないから? だから疑われてる? 僕が、僕が? え、なんで急に? どうして? なんで?


 わからないわからないわからないわからない!!!


「なっ、何言ってんだよ! 僕は何も……!」


 僕は縋りつく気持ちで山本を見ると、その視界に広がる光景に目を疑った。


 あれ。もしかして、これが隠してたことなのか。



「……、山、本…………?」



 僕の視線の先に立つ山本は、手を目元に当て上を向いて……「失敗した」としか受け取れないような、そんなポーズを取っていた。

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