第22話【グロい映像は好きですか?】
僕らは、彼が発したその言葉が純粋に理解できなかった。ニコニコと機嫌よく話した彼の一切が理解できなかった。陽光のように煌めく金髪。終末の時まで輝き続けるような、赤く燃え盛る紅玉の瞳。
自らをギフトと名乗るその男は、一体、今何と言った。
「……おや、理解が追いついていないようですね。ご安心ください。すぐにわかります」
ギフトは穏やかにそう言うと、その紅玉の双眸にパッと明るい華を灯す。その瞳の奥に点在するそれが、血塗られた復讐の情であれば、僕らはそれに安心しただろうか。漫画的でわかりやすい情動の発露であれば、僕らは何を思っただろうか。
……ああ。彼は今から何をする?
僕は認めたくない現実とそこにある事実の間で揺れ動いては、意味も無い問いを繰り返した。
ああ、僕らは何をされる? 見せられるのは、一体何だ? 僕は、僕は、そうだ僕は――……
「っ……見ちゃ、ダメだ……」
僕はようやく現実に意識を戻すと、ポツリとそう呟いた。無限に思える思考の末に、辿り着いたありきたりな結論。ようやく心を守るべくはたらいたその心が訴えたのは、逃げるという最後の手段だった。
僕の頭は再び熱に浮かされたように、意味の無い漠然として思考を繰り返す。
……逃げるって、どこに? 家に、学校に? いや馬鹿か、ここはデスゲーム会場だ。じゃあ逃げ場なんて無いんじゃないのか? 僕はどこに逃げれる? どうすればいい? 映像から、音声から……ここから見える聞こえる全てから、僕は身を守らなきゃいけない……。
「っ……あ、ああ……」
僕は産声のような情けない声を上げて、ゆっくりとその場に蹲った。足が若干フラフラするし、視界は悪く狭くて暗い。こんな大勢がいる中で蹲ったのだから当然と言えば当然だけど、僕はその事実に少しパニックになってしまった。
「っ……うう……はぁっ、はぁっ……」
「誠? だ、大丈夫か? 体調悪いんか?」
「っ……」
山本が声をかけてくる。その声に答えることすらできなくて、僕はとりあえず山本の袖を引っ張る。グイ、グイと2、3度引っ張る。僕は言葉を全く使わなかったけれど、でもそれは一般的に「こっち来い」「座れ」的な意味の言葉だった。
「お、おう……大丈夫か? 誠……」
「今、から……グロいの流れるから……」
「……ああ、そういうことな。ありがとうな」
僕の緩くて覇気の無い動きに対して、山本は微妙なお礼を述べる。僕が山本のことを気遣っていると思ったんだろうか。何だか僕に向けられる視線が、どこか温く暖かい気がした。
「言われなくても、見てみ。誠」
「え……?」
山本の絶妙な声色に僕が顔をあげると、そこには人間の低い波が広がっていた。そこに見えるのは、人々の恐怖。どよめきながら、しかしグロい現実から逃げるように、その波は低く広がっている。
「『今からグロい映像を見せます』って言われて……好き好んでみるやつは少数派やで」
僕の頭上で響いていた声が、ふわりと近くに寄ってくる。山本の体温を、存在を近くに感じる。僕らを取り巻く理不尽なゲームが、この逃げられない閉鎖空間が、僕らの心の距離を近づける。
「おやおや、皆様見ていかれないのですか? 今後のためになると思ったんですがね……。まあ、良いでしょう」
僕らの世界には必要無い、完璧な男の声が響く。それは、僕らの想像を超える、酷く残念そうな声音だった。ため息すら色をつけて溢れ出してきそうな、そんな情報量たっぷりな声。
カチカチ、と小さな機械音が聞こえるのは、今から僕らに見せる「それ」の用意だろうか。それが示す人間の結末は、もしかしたら僕がおびき寄せた……彼らの死のようなものなんじゃないか。誰かの失敗で誰かが死ぬ……だとしたら、僕はそれを見なければいけないんじゃないか。ジジ、という何かが摩擦で焦げるような音は、もしかしたら処刑の始まりなんじゃないか。
「っ……!!」
怖い。
情報を自分で遮断した分、それでも届いた情報に脳が反応してしまう。
『ごめん……なさ……』
『助け……――――!』
『嘘だろ!? おい!』
正常に動かない身体。ままならない呼吸。拘束された、手足の痛み。苦しくなる呼吸。霞む視界。ここよりもずっと狭い、暗い部屋。冷たい壁。隔てられた世界。空気が濁り視界が暗転。扉が閉まる音。何かが入って……数分間の慟哭。始まる、処刑が。悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。息ができない。死ぬ、本当に!! ああ、誰が仲間か!? 仲間なんて居ないのか!? ああ、本当に死んでしまうのか!? 扉を開ければまだ、僕は、まだ――……!
『あああああああ!!!』
『嫌ああああああああ!!』
『カハッ…………っ…………』
怖い、怖い、怖い! 怖い!! 僕の頭に入ってくるな!! 嫌だ、なんで、僕は見ていない! 聞いてもいないし、何も知らない!!
なんで僅かに聞こえてきただけのそんな情報で、僕はその先を想像する!? バカなのか!? それをして何になる!! 僕は、そこまで強くないのにっ……
「嫌だ、いやだ、聞きたくないっ……!」
『助けっ……』
『う、あ…………』
定まらない視界に映るのは、もう無惨に殺された同胞の死体。僕が立っているのはその死体の上で、もうここがどこで何を目指しているのかもわからない。ただ、生きたい。それだけが燃料になって僕は出口を模索する。
死にたくない死にたくない死にたくない!! 助けろ! 誰か、僕をここから! ああ、こんなとこで死んでたまるか!! だから、僕はっ……!
「ぁ…………」
――僕は、他人を蹴落とす。
ハッキリと、僕は思った。ああ、自分はクズなんだと。誰のためにも生きれない、正真正銘クズなんだと。気がついたら動画は終わっていて、僕の苦しみを体現した呼吸は、その他大勢の参加者の呼吸に砕かれるように消えていた。僕は一度も映像を見なかったし、他の参加者の大多数もそうだったと思う。視覚なんて、僕らの意図で100%制御できるから。
「どうでしたかね? 殺される怖さや痛み――……その時の感情は体験することができましたか?」
ギフトはその穏やかな声音を崩さず、しかし圧迫するように問いかける。いつもより声量を増したその声は、僕らの聴覚に明確に働きかける。
ギフトという人間の存在を、僕らにハッキリと認知させる。
……ああ。こんなの無理ゲーだ。
僕は必死に逃れようともがいた自身の両手を見て、そして震えた吐息を漏らした。――あの時、僕らは確かに情報から逃げた。処刑シーンというR指定が付く事柄から、僕らは全力で逃げ出した。
視覚の逃走は早かった。成功率もほぼ100%だ。
そこまでは良かった。……そこまでは。
僕らは全力で耳を塞いで、聴覚も、そして心さえも、その情報から逃げようとした。音なんて大した情報量じゃないし、この逃走は簡単なはずだった。多少音量が大きかったとしても、別に自分の声で誤魔化せば良い。
……でも、そうは行かなかった。
『ごめん……なさ……』
『助け……――――!』
『嘘だろ!? おい!』
僕らの脳は、間違いなく……そのグロい情報を欲していたんだ。
僕らがこれから辿るかもしれないむごい末路。自分が裏切った誰かが死ぬ、その罪悪感の最上級を。僕らの脳は、求め、理解し、生き残るための糧にしようとしたんだ。
聞こえた音はほんの僅かで、正直、大した情報じゃない。問題なのは、その情報から僕らが「想像」してしまったこと。
ある者は火刑を。ある者は絞首を。ある者は毒ガスによる虐殺を……。
僕らの純粋で残虐な想像力に任せ、その映像は、音声は牙を向いた。それが事実であるのか、それとも何なのか……それは、この映像を見た愚か者しか知りえない。誰かが見ているかもしれないが、そのことを問いかけるのも、正直しんどい。
「うっ、――!」
近くで、誰かが嘔吐く声がした。ああ、本当に苦しいだろうけど、その反応は正常だ。正直、僕も吐いてしまいたい。もっと恥を捨てて狂っていたい。僕の幼くて我儘な本音は、誰にも聞かれずに朽ちていくだけ。
スタッフが連れ出したその人間は、今後ちゃんと生きていけるのだろうか。
……考えるのは、やめておこう。
目の前のギフトに視線を向けると、彼の背後にスクリーンが出現していた。本当に僅かな駆動音とと共に、スクリーンが現れ、1枚のスライドが表示される。
ああ。そうだ、僕らにはまだ「これ」がある。
「ではご褒美タイムもほどほどに……お次は、講評のお時間です。今回見た才能と、攻略方法をそれぞれご紹介いたしましょう」
ギフトは太陽のようなような笑みに妖しい影を含ませ、僕らにあくまで有効的に笑いかけた。
「今回見た才能は……『人間性』です」
……ああ、気持ち悪い。
あくまで高尚な人間として振る舞う彼の、求めすぎな説明がまた始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます