第21話【命懸けのおままごと】
快活な声をあげて立ち上がった山本は、僕ら14人ひとり1人に視線を向けて、無邪気な表情で笑いかけた。
野原に咲く一輪の花のように、あるいは大海に浮かぶ1つの孤島のように。その場にいるだけで存在感を発揮するそのカリスマ性は、ギフトとも先程の僕とも違う、新しい可能性を感じ取らせた。
僕らとは違う、純粋な笑顔。誰とも被らない、懐っこい笑顔。
僕らはその純粋な笑顔に胸打たれて、きっと、山本を信用しだしたのだろう。
僕らは人を信じることができる生き物ではあるが、そのハードルは、残念ながら高い。山本にはそのハードルをしっかりと下げ、心を許させるような……そんな魅力が宿っていたんだ。
ああ。次はなんて言うのかな。山本は……彼は、どうやって僕らを楽しませてくれるんだろう。僕らが感じたその感情は、世間一般で「期待感」と呼ばれるそれだ。
僕らモブが「才能が無い」と嘆くのは……ある意味、この期待感を自分に対して持てていないからかもしれない。
そんなちょっと飛躍したような思考に頭を回していると、山本が僕を振り返り言った。純粋な太陽のような笑みは、この瞬間だけ優しさに変わる。眩い太陽のような笑みが、僕の目元に降り掛かる。
ああ、なんだろう。
「誠、ちょっと頼みがあるんやが……好きな食べ物を教えてくれへんか」
「……はい?」
山本
僕にはわからない。彼の考えは。でも、1つだけよくわかることがある。
「好きな食べ物は……チーズグラタン……」
「おっけー、じゃあチーズグラタンを皆で描いてみるで!」
「「「……はあ?」」」
僕の親友の山本という男は、いつも僕の期待に応えてくれる。いや、期待を超えてくれる。僕はいつもの尊い日常を想起しながら、山本に柔らかい視線を向けた。
山本は僕に気づかない。
「ありがとうな、山本。……本当に」
僕の誰にも聞こえない一言のお礼は、山本の立案した謎の企画の……始まりの鐘を告げたのだ。
♤♤♤
数分後。
「はあ!? おい誰だ! チーズグラタンに鉛筆のキャップぶち込んだやつは!!」
「ちげえっす! それマカロニ!」
「どう考えたって空洞が塗れてないだろうが!?」
僕らはどんなデスゲームよりも殺伐とした悲鳴を上げながら、課題制作……もといチーズグラタン作りに取り掛かっていた。いそいそと皆がグラタンに色を塗る。悟さんが下書きを描く。
……なぜ僕はこんなことをしているんだろう。
何度もそうは思ったけれど、もう考えないことにした。これは山本が考え出した「絵が上手くなる方法」だと言うのだから、致し方ない。僕が、頼んだんだ。
そう、大切な努力なんだ。
僕は、手元にある分厚くて白い画用紙……これから皿になるものを見つめ、そして何色に塗るか考えていた。耳元に山本や悟さんの、焦りと怒りの入り交じった声が届く。
「おい! チーズが紫色なわけねーだろーが!」
「ええ!? でも伊藤が紫入れると良いって言ってたんやけど……!」
「だとしたら入れすぎだ! ハロウィンか!!」
……ああ。
本当に僕らは何をしてるんだろう。
僕はついついそう思ってしまい、山本の手元に置かれた、この企画のルールが書かれた紙を手に取った。……山本はドヤ顔で「レギュレーションペーパーや!」とか言ってたけど、要はルール説明の紙だ。
まるで、1.5個目のデスゲームをやらされているような気分になった僕は、その紙に記載されたルールを改めて確認する。このデザインはギフトのルール説明に則ったのか、大まかなルールが3つだけ書かれていた。
「腹ぺこ男子を満足させろ選手権!」なんて、どっからどう見てもふざけているとしか思えないネーミングをされているこのゲームのルールは、まあ、とても簡単だった。
1つ、僕らは料理人13人と客1人に分かれ、伊藤を絵の講師として配置する。
2つ、客は好きな食べ物を言った後に画用紙で皿を描き、料理人に渡していく。皿の色は、誰よりも丁寧に塗る。
3つ、料理人は渡された皿に、その食べ物の絵を描き伊藤に提出。OKが貰えるまで次に進めない。
……要は、おままごとだ。道具もちゃんと手作りの、命をかけたおままごと。
まさかこの歳でやることになるとは思わなかったけど、これが山本の考えた「絵が上手くなる方法」らしい。
ルールを説明していた山本の、自信満々な顔を思い返す。あの純粋でイタズラっぽい笑みから提供されたこのゲームは、確かに山本らしいと言えるだろう。
――皆で具材分けて描いたりすれば、チームワークも上がるやろ!
――で、伊藤という講師付きやから、楽しく絵を描いて上手くなれるっちゅーわけや!!
伊藤の能力を活かしつつ、僕らの能力も底上げする。単純なイラスト制作講座にしないあたり、山本のクリエイターとしての素質を感じてしまう。コミュ力に魅力に創造力……。もう山本はモブじゃないような気がしてきてしまって、心のどこかがチクリと痛んだ。
これは、嫉妬か。それとも焦りか。僕の胸中を埋め尽くす何かは、未だ正体を明かしてはくれない。僕の胸の中にただ堆積しては、ぼんやりと影を潜めるだけ。
「うーん、良いんじゃないかな……! えっと、合格!」
「うおお! ついにか!」
「やったなあ!」
伊藤の遠慮がちに賞賛する声を聞き、僕はようやく意識を戻した。僕は目の前に並べられた、ちょっと不格好なグラタンらしきものに視線を向ける。
紫に塗りすぎて気持ち悪くなったマカロニ。手ブレでガタガタの曲線を描く線画。安直に黄色で塗りたくったら、よくわからない物体になった絵……。
正直、「これはグラタンの絵です」と言われたら、僕はキレてしまうだろう。
こんなのグラタンじゃない。何だこの絵は、グラタンに謝れと。
……まあ、そんな冗談は置いておいて。僕らの絵は、お世辞にも上手いと言えるようなものではなかった。せいぜい、中学生の男子が描いたような、評定3が妥当な絵。こんなんで次のゲームで生き残れるのか……正直、全然自信が無い。
僕だけでなく皆もきっと……そう思っていたと思う。
でも。
「俺の紫マカロニ不合格だってよー」
「当たり前だろ! 腹壊すわ!」
「悟さんだって線画ブレブレだった癖にー」
「うっ、いつも図形以外
でも、なんだか空気が良い。今までの中で最高の空気だ。柔らかい空気に暖かい声。そんなイメージが浮かんでしまうような、ここはそんな世界だった。
「よし、もういっちょ頑張りますかー」
「じゃあ次俺がお題出すな! じゃあ『肉』!」
「肉!? 何でもいいのか!?」
「おう!」
ワイワイと皆が穏やかな空気を漏らす。僕はそのおこぼれを甘受する。この世界のどんな空間よりも、ここは安心できる場所で。
……ああ。生きててよかった。山本と、皆とこれからも……僕は、頑張っていきたいな。
僕はここで培ったチームワークを元に、気持ちを新たにしていたところで……。
「皆様お待たせいたしました。ギフト様より講評のお時間です」
「「「っ……!」」」
……だからこそ、自分たちが今、死のゲームの幕間に居ることを、ほんの少しだけ忘れてしまっていた。
……ああ、そうだ。僕らは、この地獄からは、逃げられない。
♤♤♤
またあのライブ会場みたいにだだっ広い部屋に集められた僕らは、そこで新たなトラウマを植え付けられることになる。
……ギフトは言った。誰よりも、何よりも明瞭な……その澄み切った声音のままで。
「第1ゲーム、『友情クイズ』の脱落者は1100名。生存率は82%……素晴らしい! 私の予想生存率40%を大幅に上回りました!!」
感無量、と言うように、ギフトはその美しい容姿全てを使って、最上の喜びを表現した。無駄に芝居がかっているのに、何故か違和感を覚えられない。その彼の所作1つ1つに本能的な魅力を感じてしまう。
彼は言った。流れるように。僕らの感情を揺さぶるように。
「……ではご褒美として……脱落者の死刑シーンをお見せしましょう」
「「「………………は?」」」
僕らは、ここから逃れられない。少なくともあと、29日は。
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