第21話【命懸けのおままごと】

 快活な声をあげて立ち上がった山本は、僕ら14人ひとり1人に視線を向けて、無邪気な表情で笑いかけた。


 野原に咲く一輪の花のように、あるいは大海に浮かぶ1つの孤島のように。その場にいるだけで存在感を発揮するそのカリスマ性は、ギフトとも先程の僕とも違う、新しい可能性を感じ取らせた。


 僕らとは違う、純粋な笑顔。誰とも被らない、懐っこい笑顔。


 僕らはその純粋な笑顔に胸打たれて、きっと、山本を信用しだしたのだろう。


 僕らは人を信じることができる生き物ではあるが、そのハードルは、残念ながら高い。山本にはそのハードルをしっかりと下げ、心を許させるような……そんな魅力が宿っていたんだ。


 ああ。次はなんて言うのかな。山本は……彼は、どうやって僕らを楽しませてくれるんだろう。僕らが感じたその感情は、世間一般で「期待感」と呼ばれるそれだ。


 僕らモブが「才能が無い」と嘆くのは……ある意味、この期待感を自分に対して持てていないからかもしれない。


 そんなちょっと飛躍したような思考に頭を回していると、山本が僕を振り返り言った。純粋な太陽のような笑みは、この瞬間だけ優しさに変わる。眩い太陽のような笑みが、僕の目元に降り掛かる。


 ああ、なんだろう。


「誠、ちょっと頼みがあるんやが……好きな食べ物を教えてくれへんか」

「……はい?」


 山本 たかし、16歳。僕がこの人生の中で最も信頼してきた親友は、今日も突飛なことを言う。


 僕にはわからない。彼の考えは。でも、1つだけよくわかることがある。


「好きな食べ物は……チーズグラタン……」

「おっけー、じゃあチーズグラタンを皆で描いてみるで!」

「「「……はあ?」」」

 

 僕の親友の山本という男は、いつも僕の期待に応えてくれる。いや、期待を超えてくれる。僕はいつもの尊い日常を想起しながら、山本に柔らかい視線を向けた。


 山本は僕に気づかない。


「ありがとうな、山本。……本当に」


 僕の誰にも聞こえない一言のお礼は、山本の立案した謎の企画の……始まりの鐘を告げたのだ。



♤♤♤



 数分後。


「はあ!? おい誰だ! チーズグラタンに鉛筆のキャップぶち込んだやつは!!」

「ちげえっす! それマカロニ!」

「どう考えたって空洞が塗れてないだろうが!?」


 僕らはどんなデスゲームよりも殺伐とした悲鳴を上げながら、課題制作……もといチーズグラタン作りに取り掛かっていた。いそいそと皆がグラタンに色を塗る。悟さんが下書きを描く。



 ……なぜ僕はこんなことをしているんだろう。



 何度もそうは思ったけれど、もう考えないことにした。これは山本が考え出した「絵が上手くなる方法」だと言うのだから、致し方ない。僕が、頼んだんだ。


 そう、大切な努力なんだ。


 僕は、手元にある分厚くて白い画用紙……これから皿になるものを見つめ、そして何色に塗るか考えていた。耳元に山本や悟さんの、焦りと怒りの入り交じった声が届く。


「おい! チーズが紫色なわけねーだろーが!」

「ええ!? でも伊藤が紫入れると良いって言ってたんやけど……!」

「だとしたら入れすぎだ! ハロウィンか!!」



 ……ああ。

 本当に僕らは何をしてるんだろう。


 僕はついついそう思ってしまい、山本の手元に置かれた、この企画のルールが書かれた紙を手に取った。……山本はドヤ顔で「レギュレーションペーパーや!」とか言ってたけど、要はルール説明の紙だ。


 まるで、1.5個目のデスゲームをやらされているような気分になった僕は、その紙に記載されたルールを改めて確認する。このデザインはギフトのルール説明に則ったのか、大まかなルールが3つだけ書かれていた。



 「腹ぺこ男子を満足させろ選手権!」なんて、どっからどう見てもふざけているとしか思えないネーミングをされているこのゲームのルールは、まあ、とても簡単だった。


 1つ、僕らは料理人13人と客1人に分かれ、伊藤を絵の講師として配置する。


 2つ、客は好きな食べ物を言った後に画用紙で皿を描き、料理人に渡していく。皿の色は、誰よりも丁寧に塗る。


 3つ、料理人は渡された皿に、その食べ物の絵を描き伊藤に提出。OKが貰えるまで次に進めない。


 ……要は、おままごとだ。道具もちゃんと手作りの、命をかけたおままごと。


 まさかこの歳でやることになるとは思わなかったけど、これが山本の考えた「絵が上手くなる方法」らしい。


 ルールを説明していた山本の、自信満々な顔を思い返す。あの純粋でイタズラっぽい笑みから提供されたこのゲームは、確かに山本らしいと言えるだろう。


 ――皆で具材分けて描いたりすれば、チームワークも上がるやろ!

 ――で、伊藤という講師付きやから、楽しく絵を描いて上手くなれるっちゅーわけや!!


 伊藤の能力を活かしつつ、僕らの能力も底上げする。単純なイラスト制作講座にしないあたり、山本のクリエイターとしての素質を感じてしまう。コミュ力に魅力に創造力……。もう山本はモブじゃないような気がしてきてしまって、心のどこかがチクリと痛んだ。


 これは、嫉妬か。それとも焦りか。僕の胸中を埋め尽くす何かは、未だ正体を明かしてはくれない。僕の胸の中にただ堆積しては、ぼんやりと影を潜めるだけ。


「うーん、良いんじゃないかな……! えっと、合格!」

「うおお! ついにか!」

「やったなあ!」


 伊藤の遠慮がちに賞賛する声を聞き、僕はようやく意識を戻した。僕は目の前に並べられた、ちょっと不格好なグラタンらしきものに視線を向ける。


 紫に塗りすぎて気持ち悪くなったマカロニ。手ブレでガタガタの曲線を描く線画。安直に黄色で塗りたくったら、よくわからない物体になった絵……。


 正直、「これはグラタンの絵です」と言われたら、僕はキレてしまうだろう。


 こんなのグラタンじゃない。何だこの絵は、グラタンに謝れと。


 ……まあ、そんな冗談は置いておいて。僕らの絵は、お世辞にも上手いと言えるようなものではなかった。せいぜい、中学生の男子が描いたような、評定3が妥当な絵。こんなんで次のゲームで生き残れるのか……正直、全然自信が無い。


 僕だけでなく皆もきっと……そう思っていたと思う。


 でも。

 

「俺の紫マカロニ不合格だってよー」

「当たり前だろ! 腹壊すわ!」

「悟さんだって線画ブレブレだった癖にー」

「うっ、いつも図形以外かねーんだよっ……」


 でも、なんだか空気が良い。今までの中で最高の空気だ。柔らかい空気に暖かい声。そんなイメージが浮かんでしまうような、ここはそんな世界だった。



「よし、もういっちょ頑張りますかー」

「じゃあ次俺がお題出すな! じゃあ『肉』!」

「肉!? 何でもいいのか!?」

「おう!」


 

 ワイワイと皆が穏やかな空気を漏らす。僕はそのおこぼれを甘受する。この世界のどんな空間よりも、ここは安心できる場所で。


 ……ああ。生きててよかった。山本と、皆とこれからも……僕は、頑張っていきたいな。


 僕はここで培ったチームワークを元に、気持ちを新たにしていたところで……。


「皆様お待たせいたしました。ギフト様より講評のお時間です」

「「「っ……!」」」


 ……だからこそ、自分たちが今、死のゲームの幕間に居ることを、ほんの少しだけ忘れてしまっていた。


 ……ああ、そうだ。僕らは、この地獄からは、逃げられない。



♤♤♤



 またあのライブ会場みたいにだだっ広い部屋に集められた僕らは、そこで新たなトラウマを植え付けられることになる。


 ……ギフトは言った。誰よりも、何よりも明瞭な……その澄み切った声音のままで。


「第1ゲーム、『友情クイズ』の脱落者は1100名。生存率は82%……素晴らしい! 私の予想生存率40%を大幅に上回りました!!」


 感無量、と言うように、ギフトはその美しい容姿全てを使って、最上の喜びを表現した。無駄に芝居がかっているのに、何故か違和感を覚えられない。その彼の所作1つ1つに本能的な魅力を感じてしまう。


 彼は言った。流れるように。僕らの感情を揺さぶるように。


「……ではご褒美として……脱落者の死刑シーンをお見せしましょう」

「「「………………は?」」」 


 僕らは、ここから逃れられない。少なくともあと、29日は。

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