第23話【人間性を高める方法】

 人間性という言葉には、主に2種類の意味があると思う。


 2つ、と言ってもそこに大した差は無いのかもしれないし、2種類に区分しているのは僕だけかもしれない。でも、僕の中ではハッキリとある。僕と彼を、僕らと彼らを二分する、明確で揺るがない意味の違いが。


 人間性という言葉の……2種類の、意味の違いが。


「さて、人間性と言われても……皆さんあまりピンと来ないでしょう」


 ギフトはその鮮やかな金髪をふわりと揺らして、その瞳に赤い微笑を浮かべた。僕らをバカにするような……それでいて慈しみいたわるような……要は愛玩動物を眺めるような笑みだ。


 その赤き双眸には僕らは映っておらず、ただ生命という不確かな塊だけが存在している。人の形をした僕らのことを、生き物として下等だと見なしているような……そんな、張り付いたような笑みだ。


 ……ああ。


 僕は思った。


 やっぱり、人間性には2種類あると。


 僕は隣に立つ山本に視線を向けて、自身の幼い考察を深めていく。この状況で山本を見てしまったのは、それだけ僕が山本という人間の人間性に、強い信頼と敬意を払っているからで、けして無意味な行動の結果じゃないことを僕はしっかりと自覚していた。


 人間性には2種類ある。強いて言うなら、それは山本タイプとギフトタイプの2種類に分類されるだろう。僕らの大体がゆくゆくは山本タイプになっていくはずだが、それは今は考えないでおこう。


 大事なのは、2人のタイプの違いなのだから。


「皆様に向けてご説明すると、ここで言う人間性とは、大きく2つに分けられます。それは、コミュニケーション能力と、協調性です」


 ギフトはその柔らかい笑みを一切崩さず、僕らに向けて優しくそう説明する。その柔らかい微笑に対する僅かな嫌悪感は、僕の中に芽生えたギフトへの敵対意思の表れだろう。


 ギフトの説明を聞き流しつつ、僕は自身の考察をより確かなものへと変化させていく。


「コミュニケーション能力は言うまでもありませんが……言い換えるならば、自分を表現する能力のことです。相手との仲を損ねず、『自分』という存在を知らしめる能力……それを私はコミュニケーション能力と呼んでいます」


 人間性というのは、要は「人としてのレベル」を表す鏡のようなものだと思う。劣悪な人間性を持つ人間は、人としてのレベルが低い。高尚な人間性を持つ人間は、聖人と呼ばれるような善人であり、人間としてのレベルが高いと言えるだろう。


「生きている中で、人と関わらないで成り立つ仕事などほとんどありませんからねえ……コミュニケーション能力というのは、社会で生きていく上で重要になってくる基盤なのです。ですから――……」



 その先のギフトの言葉は、どうやら僕は聞いていなかったようだ。とても聞いた気になっていたけれど、底が無い思考の沼に引きずり込まれた僕の自我は、そこまで器用に情報を選別できていなかった。


 ただ、僕は山本の顔を見て、ギフトの顔を見て……と、それを何度か繰り返した後に、結論が出るまで1人考えを温めていたんだ。


「協調性とは――……」



 ――山本の人間性と、ギフトの人間性は、もちろんタイプが違う。もちろん、タイプが違うのだから変わってくるのは当然なんだけど、それよりももっと深く……根っこの部分から違うんだと思う。


 言うなら、ギフトの人間性は「天才が凡人のフリをする」というものであり、山本のはその逆だ。


 凡人が天才のフリをするための代物……。


 それは、一般的に言うと「陽キャ」だとか「コミュ力お化け」などと呼ばれる系統のものであり、僕らが安直に目指すことができるタイプのものだ。


 純粋な意味でコミュ力を磨き、人と話し、経験を積む……。僕らが磨くのは常識的なコミュニケーションであり、それ以上でもそれ以下でもない。


「……ですから、そもそも……」


 対して、ギフトの人間性はどうだろう。もちろん彼は凡人ではないわけだが、その人間性にもやはり、滲み出る何かがあると思うんだ。


 僕は壇上でありがたい解説を行う金髪イケメンを見て、今日何度目かの嫉妬を覚えた。


 ……悔しいが、彼は天才だ。この身が焼け焦げるほどの嫉妬を感じてしまうような、正真正銘の天才だ。頭も良い、肉体も良い、わからないけど……たぶん芸術などの分野でも優秀なのだろう。もはや僕らが可哀想なくらい、彼は正真正銘の天才だ。


 なら、僕らと同じ人間性を持たず、別の人間性を築き上げていてもおかしくはないと思うんだ。山本が凡人を天才に引き上げる人間性だと言うのなら……彼はその逆を。


 天才が凡人に成り下がるための人間性があっても、たぶん、おかしくはないんじゃないかな。


 僕は徐々に自信を無くしつつある自身の考察に自信を持ちたくて、今も演説を行っているギフトの顔に視線を向けた。


 ……ああ。羨ましいな。彼は、ギフトはこの世のほとんどすべてをきっと持ち合わせているんだろうな。


 わざわざ凡人に合わせに行くような、コミュ力以外の才能を用いて、コミュ力を補うような……そんな人間性を持っていたとしても、僕は別に驚きはしない。むしろ、そうであってほしい。これでもし、他の才能を持っているのに、僕らが唯一努力で手に入れられるコミュ力さえも持ち合わせていたら……僕は、もう気が狂ってしまいそうだ。


 僕はそんな根も葉もない妬みと考察を向けて、ギフトのことを推し量ろうとした。天才とは何なのか、もしかしたら僕らと同じなんじゃないか。あるいは……もう「そういう生き物」として存在していて、僕らには理解できないんじゃないか。


 そんな、どっちであってほしいのかもわからないような心理状態で、僕はギフトを見つめ続けていた。


 流れるような流線型の髪型。金を通り越してダークに光っている美しい髪。色気を携えた紅玉の瞳からは、憂いが零れ落ちているようだ。形のいい口から溢れる音色は、声優と言われても遜色ないレベルで、モデルでも俳優でもやっていけそうな、そんな天才的な顔面偏差値で……。


「……以上で、解説を終わります」

「「「…………」」」

「…………え…………?」


 

 気がつけば、解説が終わっていた。



 焦って周囲の人に視線を向けると、「ようやく終わった」と言わんばかりの動きでゾロゾロと皆退出していく。あちこちにある出口から退室していくその姿は、まるで会社帰りのサラリーマンみたいで……何だか、少し違和感があった。


「誠? どしたん、帰るで」

「あ……いや、なあ山本……」

「おん?」


 僕は自分が犯したとんでもないミスを恐れ、努めて冷静に山本に問いかけた。僕の顔を見た山本の目が、少し丸くなるのが見える。


 僕は言った。怯えながら。自身の行動を後悔するような声音で。


「今の、講評の中で……何か大事なこと、言ってたりした…………?」


 僕の質問を聞いた山本は、少しだけその表情を硬くした。……ああ、絶対何かあるやつだと思った僕は、その山本の微妙な変化に恐怖を倍増させつつ、その先に続く言葉を待った。


 山本は言った。硬い声音で。


 

「……何も、言ってなかったで」

「え……」


 

 それは、僕らの勝利にも、この先のゲームの対策にも全く関係なかったけれど、明確に……僕の心を揺さぶってきた。


 ああ。


 僕の中で再び芽生えた、歪な感情を自覚する。先程の処刑シーンの僅かな音声と、僕の失敗と、今の山本の声と……。


「ほら、戻ろうや。誠」

「っ……あ、ああ……」



 僕の心にもたらされた安寧は、いつでも簡単に崩れ落ちる。……いや、元から僕の心に安寧など無かったのかもしれない。


 山本の数歩後ろを歩く僕には、山本の背中が遠く見える。僕より小さいその背中に、置いていかれそうな恐怖を覚える。


 ……なあ、聞いてもいいか? 山本。君は――……。


 どうして今、嘘をついたんだ……?


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