第16話【才能の原石】

 伊藤をそれとなく追い出した僕らは、再びクイズを再開した。


 流れ作業のように問題を出し、考え、そして答える。時には皆で話し合ったりヒントを貰ったりして、友情クイズは何の問題も無く進行していった。


「俺のバイト先は?」

「スーパーのレジ打ち!」

「正解です」


 僕らのクイズに対する取り組み姿勢は非常に良かった。全員が積極的に考えて、声を上げて、そして答える。僕や伊藤が出題者となった時とは違う澄んだ空気が、僕らの元には溢れ出していたんだ。


 ……ああ、これが心地良い空気感ってやつなのかな。


 僕はその平和で濁りのない空気に安心しきっていて、先刻までの希死念慮や伊藤に対する仕打ちなどに思いを馳せようとは思わなかった。


「……じゃあ、俺で最後やな!」


 山本が明るく声をあげ、のんびりと前に歩みを進める。小上がりのステージに登った山本は、のんびりとした微笑みで僕らを見る。ぐるりと一巡する形で僕らと視線を合わせた山本は、その無邪気な童顔にニヤリと得意げな笑みを浮かべた。


「皆俺のこと大好きやろうしなあ……俺も制限時間はそのままで3問出したるわ! 行くでー?」


 山本はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、よく通る声で問題を出題する。皆が山本の問題に答えようと、呼吸を整えるのを何となく感じた。


「俺の入ってる部活動は? 俺の誕生日は? そして――……」


 山本はその顔からスっと笑みを消すと、どこか儚げな表情を零した。ゆっくりと僕に視線を向け、その黒く輝く双眸に、ほんの僅かな切なさを灯す。


「……俺の親友の人数は?」


 口元には僅かな微笑が浮かんでいる。儚くて、切なくて、けれど確信めいた笑みが。


 ……ああ。これは挑戦状か。僕から山本へ、信用から親友へ変化する、そのための君からの挑戦状か。死を理由に強固になった君と僕の、絆を問うための設問だ。


「……ああ。受けて立つよ山本。僕が、全部答えてみせる」


 僕は今までで1番無機質な、淡々とした声を零した。


 挑戦を受けるのが怖かったわけじゃない。むしろ、僕には自信しかなかった。親友と定義づけたのは今さっきだけど、僕らにはそれ以前から強い絆があったと思うから。だから、挑戦を受けるのは怖くない。


 僕には圧倒的な自信があった。


 ……もし本当に自信があるのなら、僕はもっと力強い発声になるのかもしれない。もしかしたらこれは自信ではなくて、ただ状況を理解できていないだけかもしれない。……僕のせいで山本が死ぬ、その最大のリスクを軽視しているのかもしれない。


 僕が今抱えるこの感情が、一体どっちに寄っているのか……それは、僕にはわからなかった。


 明確な自信か、凡人らしい浅い思考か。答えはどちらかには寄るはずなんだけれど、今の僕にはその両方がどうにもしっくり来なかったんだ。


 僕は1歩踏み出すと、山本のその儚げな視線に回答を贈る。


「家庭科部。3月27日。……親友は、1人」

「正解です」



 僕の今の感情を形容するなら……それはきっと、「虚無」だろう。


 全てを超越する圧倒的虚無。僕の内側から溢れ出る……息をするように扱える虚無。その虚無を言葉にしてくれと言われたら、僕は「常識」という言葉を使おう。


「さすがやな! 誠!」

「……まあ、当然だ」



 僕にとって山本の基本情報は……息を吸うように答えられる常識だから。


「では、以上で友情クイズを終了します。全グループが終了次第講評を行いますので、それまでは待機していてください」


 僕らはスタッフのその指示に従い、自分たちの部屋へと引き上げて行った。僕らは何の疑いもなく、この第1ゲームが終了したことに安堵していた。


 今回は誰も死なずに済んだ。また僕らは自身の命を繋ぎ止められたんだ。次のゲームがいつになるかはわからないけれど、その日まで僕らは絶対安全――……。


 僕らはきっと全員がそう安心しきっていて、正直に言えば――……油断していた。


 だから、数分後に僕らを待っていた小さな現実にすら……、とても大きな衝撃を持ってしまったんだ。


 僕らが自室の扉を開けるとそこには……



  

「っ……違う……違う…………違う!!」




 狂ったように絵を描き続ける、伊藤悠希狂人の姿があったんだ。




♤♤♤




「ふっふっふ…………いやあ、愉快ですねえ」


 

 ――デスゲーム会場内の、どこかの部屋。



 楽しくして仕方ないというように声を上げたのは、このデスゲームの主催者……ギフトだった。


 彼の視線の先にあるのは、淡々と映像を配信し続ける無数のモニター。この才能教育実験を行う会場全てを網羅する……監視カメラの映像だった。

 彼の視線はたった一つのカメラの映像に向けられている。それは、気が狂ったように絵を描き続ける少年と、その部屋に帰ってきたその他同居人の姿だった。


『っ……違う……違う…………違う!!』

『っ……伊藤…………? どうしたんだよ……』


 モニター越しに聞こえてくるその切羽詰まった声は、先程ギフトが生かした少年の物。困惑を素直に表現するその声は、昨日ギフトが救助した少年の物。


「……ふふふ、面白いですねえ」


 ギフトは2人の少年……伊藤と誠のやり取りを観察しながら、心底愉快そうな笑いをこぼす。静寂に包まれる管理室には、ギフトの軽やかな笑い声と、僅かな機械音だけが反響していた。


 ギフトは先程の伊藤とのやり取りを思い出すと、とても満足気に微笑んだ。足を組み、ゆったりとした姿勢で映像を眺めるギフトは、それだけで一流の絵画のような美しさを持つ。


 ――伊藤くん、君は美大志望らしいねえ。

 ――は、はい……そうですが……。

 ――単刀直入に言うね。僕は……


「ふふふっ……」

『こんなんじゃダメだ……こんな絵じゃ……!! 期待に応えられない!! 殺、されるっ……』

「ハハハハハッ!!」



 ――――君に期待してるんだ。失敗したら殺したくなるほどに、ね。



 画面越しに絵を描き続ける伊藤悠希は、誰から見ても異常だった。散らばったリュックや画材を気にもとめず、共同生活をするはずの部屋で……描く。描く。描く。描く。


 彼の両手から出力されるイラストたちは……未熟で荒削りで、平凡だが……どこか人々を魅了してやまないような魅力の片鱗を持ち合わせていた。


 今は誰もその魅力に気づけないレベルの僅かな輝きだが、ギフトの双眸はその僅かな断片すらも、気づき、そして評価する。


「伊藤悠希くん……。彼はこのまま描き続ければ、将来有名な画家になるでしょうね。ただ……」


 ギフトは穏やかな声音でそう言うと、一呼吸置いてから更に続けた。彼の視線はガラスのように透明で、しかし、圧倒的に鋭かった。


「君の才能を邪魔するものが……大きく分けて2つある」


 ギフトは何かに思いを馳せるように視線を落として、暗いトーンで言葉を紡ぐ。


「君の才能を邪魔するもの……1つは、その弱い心。そしてもう1つはその他大勢……モブだ」

 

 ギフトが見つめるモニターには、誠が伊藤に向かって声をかける……丁度その瞬間が映し出されていた。

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