第17話【死の芸術】
第17話【芸術の片鱗】
「こんなんじゃダメだ……こんな絵じゃ……!! 期待に応えられない!!」
僕の視線の先あったのは、取り憑かれたように絵を描く伊藤悠希の姿だった。
その光景を見た僕が感じた感情は、ただ純粋な不快感。逃げ出したくなるような、恐ろしいと感じてしまうような、そんな有り得ないはずの景色が、僕の眼前には広がっていたんだ。
訳もわからず、しかし明確な恐怖を感じている僕を他所に、伊藤は悲鳴にも近い声をあげる。
「殺……されるっ……」
伊藤は言った。――殺される、と。
聞き間違いでも何でもなく、伊藤は確かにそう言った。僕はその言葉に大きく心臓が跳ねるのを感じ、息を大きく乱してしまった。
緊張状態。防衛反応。そんな言葉がよく似合うような、そんな精神状態だったと思う。息が、上手く引き継げない。呼吸がどこかで詰まっているような、そんな思いに引き込まれる。
「殺……されるって、どういうことだ……伊藤…………?」
僕はつっかえそうな呼吸を頑張って制御しながら、伊藤の背中に声を届ける。それと同時に1歩を踏み出すと、僕の視界には伊藤以外のあらゆる物が映った。
……あ。何だ、これ…………?
僕は自分の心がザワリと蠢くのを感じ、その場に思わず立ちすくんだ。しかし、足が仮に止まろうとも、僕の心は、瞳は、動き続けた。
……僕がそこで見た景色の中で、特に印象的だったものは3つだ。
まず、散らばった画材や荷物といった……伊藤の周囲にある物。
その商品を作っている会社自体は僕も知っているような有名企業だが、その年季の入り方は異様だった。もはやケースがケースとしての意味を成していないような絵の具入れ。くたびれ薄汚れたリュックと、そこからはみ出るボロボロのスケッチブック。未使用なのか、使い終わっているのかもわからないが、伊藤の四方八方に散らばっているあれは……鉛筆だろうか。
よく見ると芯の濃さが全部違う。ということは、これは、使い分けているということなのか。
「伊藤……」
僕がザリザリと不快な音が聞こえてきそうな心拍を無視して1歩踏み出すと、伊藤はようやくこちらを振り向いた。
片付けられた布団の横で、畳に座っていた1人の男。散らばった画材。……情報としてはただそれだけなのに、それが、異様に……感情を掻き立てる。
散らばった画材が示すものは、画家としての苦悩か、情熱か。全て濃さの違う鉛筆は、一体何のために使われたものなのか。
そして――……
「……ああ。皆、おかえり」
この虚ろな目で涙を零す少年は、一体何のために描いているのか。
美術の鑑賞なんて素人に等しい僕ですらそれっぽい視点を持ってしまうくらい……その時の伊藤、いや部屋自体が……1つの芸術作品として完成されていた。
彼の暗いベージュの髪は、もしかすると陽の当たらない暗闇で培った、劣等感の表れかもしれない。その虚ろで、しかし創作に全てを捧げた銀色の瞳は、今もどこか遠くの景色を見据えているのかもしれない。その、銀色の双眸から零れ落ちる一筋の雫は、また彼の創作を高みにつれて行き…………。
「……ここは、皆の部屋だよ。…………ほら、入っておいでよ」
力尽きたように座る彼の存在こそが、いつしか芸術になるのかもしれない。
僕は、僕の持てる国語力全てを総動員し、そんな妄想に取り憑かれた。
……ああ。僕は今、何を見ている?
そんな、どこか熱に浮かされたような気分のまま、僕は、いや僕らは、
……僕らの部屋に入るだけ。それなのに侵入なんて表現を使ったのは、ここがそれだけ完成されていたからだ。僕らの荷物、僕らの存在、それがノイズになってしまうようで、僕はなんだか恐ろしくなった。伊藤悠希という存在の異質さを、肌を通して体感させられ――……ますます、この「凡人を殺すデスゲーム」という物の意義が、わからなくなってしまったんだ。
……でも、僕らがその芸術に圧倒されたのは、結局部屋に入るまでの数分間だけに留まった。
「あ…………」
「何、だよ……これ…………」
僕と悟さんは同時に同じ物を目にして、留めていた感情を吐き出した。震える吐息が、不快な胸の内が、どこかで渦巻いて止まらない。息が苦しい。もどかしい。心がモヤモヤして、まるで――……、比喩が、出てこない時みたいだ。
「未完成……?」
僕はモヤモヤした不快感から逃げ出したくて、ふと思いついただけの言葉を口にする。思っただけの質の悪い言葉で、僕の不快感は更に高まる。
……そう、僕らが目にしたもの――……伊藤の絵はまさに凡人の絵だったんだ。
今イーゼルに立てかけられているその絵は、モチーフすらも不明瞭な描きかけだ。モヤモヤとした黒い塊が紙いっぱいに広げられていて、その形がこれから何になるのか……僕にはそれすらも、予想がつかない。
いや、テーマはまだわからないけれど、それは本当に描きかけなのかもしれない。
そう僕が思い直そうとしても、他の散らばったイラストがそれを許さない。
傘を差し出す少女。大空を駆ける黒猫。虹の先にある雷雲。大きな人間の瞳。そして……デスゲームをイラストにしたかのような、血液の描写。
色々なイラストが下書きの段階で止まっており、正直それは、構図だけ見ても特に惹かれるものではなかった。
まだ下書きの段階だからと言われればそれまでだが、でも、僕には何となくわかった。
――この絵には、期待ができない、と。
……これは凡人の僕の評価だから、それが信頼に値するかはわからない。でも、伊藤の絵には確かに……魅力が無かった。大衆を湧かせるような熱が、あるいは、イラストに籠る魂が。
「…………伊藤、急にどうしたんや? 殺されるって……一体、どういう…………」
「「「っ……!」」」
伊藤の異様な姿に圧倒されていた僕らは、山本のその声でハッと我に返った。
……そうだ。僕らはただ、部屋に帰ってきただけだ…………。
僕が我に返り再び見つめるた部屋は、別に何の魅力も無い、ただ画材で散らかった部屋だった。男15人で暮らすには、若干狭いかもしれない部屋。それは単純に伊藤が散らかしているからであり、別に何の違和感でもない。
「あ……はは、ごめんね、散らかして…………」
伊藤もどこか我に返った様な雰囲気で、せっせと部屋の片付けを始めた。ポイポイと鉛筆を筆箱に突っ込み、散らばらせていた紙を即座に回収する。
回収されていく紙に描かれたイラストも……本当に、平凡なだけの、ただの絵だ。
数分で片付けを終えた僕らの部屋には、さっきのような恐ろしさも異様さも、もう欠片も残っていなかった。
グルリと円を作るように座った僕らは、事の発端である伊藤に視線を向けた。……やはり伊藤もさっきのような異質さは放っておらず、ただオドオドとした小動物のような雰囲気だけを全身に保有しているだけだ。
「……えっと、質問内容は……『殺されるってどういうことだ』だよね……」
「ああ」
「おん。せやな」
伊藤はオドオドとした雰囲気をそのままにそう言うと、その猫背気味な姿勢を真っ直ぐに伸ばした。
……ああ。重要な話なんだな。僕らに打ち明けるには重い……でも、話さなきゃいけない何かがあるのか。
僕はそう思い同様に居住まいを正すと、伊藤が声を発するのを待った。
「えっとね……僕、特別にギフトさんに教えて貰ったんだ…………。第3ゲームの、内容を」
伊藤は視線をあちこちに彷徨わせながら、少し震えた声で続けた。
「それで……部屋対抗の課題制作なんだけど……僕の部屋が1位にならなかったら……この部屋の人を、皆、殺すって……」
「「「っ!!?」」」
――それは、1人の天才の卵から告げられた、実質的な死刑宣告だった。
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