第15話【天才を許すな】
突然その場に現れたギフトは、一気に僕らの視線を掻っ攫った。
「……ああ。そういう事ですか。伊藤くん、ゲームオーバーになってしまったんですね?」
クスクスと美しく笑うギフトは、まるで野良猫の喧嘩眺めるような、そんな柔らかい視線を僕らに向ける。僕にはその視線が、慈愛に満ち溢れているはずなのに……どこか見下すような、そんな複雑な視線に思えた。
相変わらず謎に美しい所作で歩みを進めたギフトは、僕らの視線を掴んで離さない。
……いや、より正確に言うならば、「彼から視線を逸らしたら殺される」というような、そんな魔力が籠っていた。
……にしても、なぜギフトがこの場に来たんだ?
僕は思い出したようにその疑問を頭に浮かべていると、ギフトが伊藤の目の前で立ち止まった。そして――……
「……伊藤くん。きみは運がいいね」
ギフトは満面の笑みでそう言った。そして、伊藤の腕をしっかりと掴むと、有無を言わせぬ圧をかけつつ歩き出した。僕らも無意識に道を開けてしまい、伊藤はズルズルと連れていかれる。
「えっ、あっ、何ですか……!?」
「まあ着いてきなさい。君とはちょっと話がしたいんだ」
ギフトは伊藤を連れて退室すると、再びその場には静寂が訪れた。僕らは2人が退室していった扉を見つめ、ただ立ちすくむことしかできなかった。
♤♤♤
「「「……」」」
伊藤が居なくなった小体育館は、何とも言えない微妙な空気に包まれていた。
皆、どこか落ち着かないようなそわそわした感じで、その居心地の悪さだけが、僕らの共通認識だったと思う。伊藤がラストの出題者という訳でもないから、別に伊藤抜きでゲームを進めることはできる。
しかし、「死」という運命を覆しかけている伊藤の存在は、僕らにとっては希望であり、また不安要素でもあったんだ。
もしも、伊藤の持つ「幸運」が死の運命を捻じ曲げるものならば……。もし、その「幸運」が誰にでも訪れる可能性のあるものならば…………。
僕らがそう期待してしまうのは、まあ、しょうがないとしか言いようがない。だって、誰だってこんなゲームで死にたくはないし、希望があるなら賭けてみたいと思うから。
僕らにとって今の伊藤は……紛れもなく僕らの希望だったんだ。
だから。
「皆さん、大変お待たせいたしました。伊藤くんをお返しいたしますね」
「「「っ……伊藤!!」」」
だから、伊藤が帰ってきた瞬間、僕らは一斉に彼の名を呼んだ。期待。希望。そんな純粋な……誰からも非難されないような綺麗な心で。ただその先にある結果が知りたいと、ひたすらにそう願っていたんだ。
「あっ……み、皆、お待たせ……」
伊藤は、座っていた僕らが一斉に立ち上がるもんだから、少し驚いたような反応を見せてからふにゃりと笑った。いつもよりちょっと元気が無さそうな、しかし愛らしい癒し系の笑みだ。
……たぶん、さっきまで「自分が死ぬ」と思っていたから、まだその気分が抜け切っていないんだろうな。さっきほどではないけれど、身体が少し震えている気がする。ギフトと何を話したのか……それをまず聞いておきたいな。
「で、ギフトとなんて話をしたんや?」
山本がそう問いかける。
まだギフトがこの場に居るのにそういう質問をしてしまうあたり、やはり山本だなあという感想が脳に浮かぶ。
山本らしさ、と言ったら失礼かもしれないが、少なくとも僕の中の山本はそういう奴だ。
「ふふ、では私はこちらで失礼しますね」
空気を読んだのか、それともこの場に留まる理由が無くなったのか……ギフトは僕らにそう告げるとくるりと踵を返した。
モデル顔負けの美しい歩き方で出口に向かうギフトは、僕らに「天才」という圧倒的な存在感を届けてくる。少しでも油断すればレッドカーペットが見えてきそうな存在感を放つ彼は、扉を開け1歩踏み出すと、チラリと僕らに視線を向ける。
「じゃあ、期待していますよ? 伊藤悠希くん……」
「っ……!!」
ギフトは伊藤に向けてそう言い残すと、今度こそ扉の向こうに消えていった。
「「「…………」」」
一体、何だったんだ…………?
僕らはほとんど同時にそう思って、伊藤に視線を投げかける。
「っ……うん、今から話すね……僕が、生き残れた理由……」
そして、伊藤は記憶を呼び起こすように、ポツポツと言葉を紡ぎ始めた。僕らの生死を左右するかもしれない、とても重要な情報を――……。
♤♤♤
「…………なんだよ、それ……」
数分後、ギフトとの会話を全て共有し終えた伊藤の前で、僕は呆然と声を漏らしていた。顔から表情は消えており、ただ、操られたように口を動かしていたんだ。
……意味が、わからない。
伊藤が語ったギフトとの会話は全てが異質で、ぶっ飛んでいて、そして――……僕を苛立たせた。
正直、伊藤が生き残った理由は、自己紹介ゲームの時のような隠しルールによるものだと思っていた。例えば「7番目にクイズを出題した人は死なない」……みたいな、そういう類のものだ。
それなら僕も悟さんも利用した系統のものだし、僕は、ああそうかとすぐに受け入れただろう。いや、もちろん僕だけでなくほぼ全員がそれを受け入れたと思う。
……でも、今回は違う。
僕は胸の内に巣食う醜い嫉妬と怒りを抑えられずに、また、言葉を零してしまった。脳が焼き切れるような、身体が燃え尽きるような、僕を凡人たらしめている嫉妬と憤怒。
「『君は才能があるから生かしたい』? ……じゃあ、このデスゲームは一体何なんだ……? 僕は、僕らは才能が無いから……ここに集められたんじゃないのか?」
……意味が分からない。
僕らの感想はきっとこれだった。いや、モブなら全員がそう思うだろう。
意味がわからない。ふざけるな、と。
僕らは全員が凡人で、モブで。だからここに集められて、才能教育という名のデスゲームを受けることになったんだ。中には救いようのない犯罪者も、可哀想な被害者も……そして愚か者も紛れているけれど、でも、僕たちはモブという共通点でのみ繋がっているんだ。
僕らは一人で生きることはできないから。だから、よくわからない赤の他人とも、今こうやって協力しているんじゃないか。
「「「…………」」」
一瞬で、この場の空気は淀んだ。とても醜く、薄汚く。まるで酸素の低い高山を彷徨っているような、そんな空気の淀み方だ。
……ああ、息苦しい。空気が、酸素が……才能がほしい。僕も、ギフトに気に入られるような……そんな、そんな才能がほしい!!
何が才能教育実験だ。結局出来レースじゃねえか。才能があるやつを発見したら全力で保護して、囲って、サポートして。僕らはそいつの影で惨めにデスゲームをやらされるんだ。結局、ギフトは最初から僕らを見てはいないんだ。才能があるか無いか、ゼロか百か……。
僕らが才能を開花させるまでの、「過程」には一切興味が無いんだ。
「…………」
……ああ。もういいや。
僕は、全てを諦めてため息をついた。
「……伊藤。部屋に戻っててくれないか。……終わったら、呼びに行くから」
僕は伊藤にそう言った。自分でもなぜか驚いてしまうような、酷く冷たい声だった。僕が伊藤に視線を向けると、伊藤はそのオドオドした挙動をさらに加速させ、それにすら何だかイラついてしまった。
もっと堂々としてろよ。才能あんだろ? なんで僕たちよりダメそうな雰囲気出してるんだよ。
僕の心はもう使い物にならなくなった。心の中で吐き出す言葉は、非難。怒りに嫉妬。そして……羨望。
「で、でも回答者は多い方が…………」
「……いや、僕らは大丈夫だから。……伊藤も疲れてるだろ。気にしないでいい」
…………ああ、羨ましい。
感情の籠らないぶっきらぼうな声。最低で、鋭く冷たい僕の視線。僕の言葉を肯定しないものの、絶対に否定しようとは思わない周囲。
どこか客観的にこの状況を分析するとこれは……凡人が天才をいじめている図だ。
ああ、これじゃあアイツらと一緒だ。
伊藤を傷つけたくはないのに。
僕はそう思って言葉を探してみるも、結局どこまで行っても性格の悪い僕には、気の利く言葉は見当たらなかった。
「………………ごめん。伊藤は、悪くないんだ」
伊藤はヨロヨロと出口に向かって行き、そして、部屋から居なくなった。
僕の行動が伊藤の命運を分けることになるとは、この時の未熟な僕にはわからなかった。
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