第14話【画家とイラストレーター】

「じゃっ、じゃあ第1問です! 僕は……何歳でしょう!」


 どう考えても緊張MAX、というような上ずった声で、伊藤は第1問を出題した。オドオドした様子で視線をあちこちに動かすその様子は、意外にも、今まで見てきた中で最もデスゲームらしい反応だ。


 可愛らしいという言葉が良く似合うような、そんな緩い雰囲気の男だった。所作が一々小動物チックで、思わず守りたくなるような感じの男だ。


 思わず、「ああ、女子に可愛がられる男子ってきっとこんな奴のことを言うんだろうなあ……」なんていう、よく分からない考察が出てしまう。女子の気持ちなんて分からないのに。


 そう、残念ながらこの場に女子は居ない。


 だから、女子の気持ちを想像した僕含めた皆が彼に対して持った印象は恐らく……「すぐ死にそう」という最悪なものである。


「んー、伊藤の年齢……何歳だったっけか……」


 悟さんが、うーん、と声が聞こえてきそうな声音でそう声をあげる。僕が周りを見てみると、他の同居人たちもイマイチ自信が無いようだ。


 ……ああ。伊藤が死んじゃう。


 僕は陰キャらしく状況をしっかり把握してからようやく、伊藤のために手を挙げた。流石にこれは自信があったから、死ぬかもしれないという恐怖は感じなかった。


「……伊藤は17歳。僕らと同い年だ」

「正解です」

「み、水野くん……!」


 僕が淡々とそう回答すると、分かりやすく伊藤の顔が輝いた。まるで、長時間外出していた主が帰ってきた時の犬のような……そんな、純粋な笑顔。


 まったく、なんてわかりやすい奴だ。


 僕がそう思ってしまうほど、凡人が集まるこの空間では、伊藤は明らかに異質だった。……山本とは、別の意味で。


 僕らの警戒心や恐怖といった負の感情をガッツリ削ってくるような……あるいは、それすら忘れさせるような……そんな魅力が伊藤にはあったんだ。


 いわゆる癒し系とでも言うんだろうか。


 そんな癒し系の伊藤は、再び真剣な顔に戻ると、手元の紙に視線を落とす。数秒の逡巡の後に顔を上げた伊藤は、先程よりは柔らかい表情を見せてくる。


「えっと……では、第2問! 僕の所属している部活動は何部でしょう!」


 若干オドオドしつつ声を上げた伊藤は、縋るような視線を全員に振りまく。今にも泣き出しそうな表情を浮かべているが、制限時間はまだまだある。


 もしかしてコイツ――……。

 

「はい! 美術部!」

「正解です」


 僕が考察モードに入ろうとしたタイミングで、山本の快活な声が耳に届いた。元気よく堂々と答える山本は、なんだかいつもより元気が良い。問題が簡単だからなのか、伊藤の癒し系の雰囲気によるものなのかは、僕には全くわからなかった。


 でも、なんにせよ山本が元気なのは嬉しいことだし、僕が「死にたい」と言ったことを引きずっているのを見るよりは、絶対に良いことだと思う。


 僕は明確に変わりつつある自我を自覚し、そして伊藤に視線を向けた。


 ……さあ最終問題だ。次は何が出題されるんだろう?


 僕はある程度余裕の出てきた心でそう思いながら、伊藤がクイズを出すのを待った。そして――……


「では、第3問を出題します。彼の将来の夢は何でしょう?」

 


 最終問題を出題したのは、伊藤ではなくスタッフだった。



「「「…………」」」



 沈黙が、辺りを支配する。

 非常に長い沈黙が。


 僕らの動揺を表すかのように、伊藤の視線があちこちを彷徨う。スタッフを見つめ、紙を見つめ、僕たちを見つめてまた戻って……。忙しなく視線を動かした伊藤は、数秒の沈黙の後に、


「なっ、なんで……勝手に問題、出したんですか……」


 と、消え入りそうな声で問いかけた。


 まるで春先に降った1粒の雪のように、伊藤の声は虚しく霧散していく。小さな、しかし確かに動揺を表したその声は、スタッフの耳には届いていないようだ。いや、聞いていないフリだろうか。


「……あー、スタッフさん。第3問って……伊藤くんが選ぶんじゃないんですかね?」


 伊藤の消え入るような声を代弁する形で、悟さんがそう問いかけた。右手を後頭部に回し首を傾げるそのポーズは、僕がゲーム外で最初に悟さんと会話した時のそれと、完全に一致している。


 ……あのポーズ、悟さんの癖なのかな。


 僕がそんなことを考えていると、スタッフがようやく口を開いた。スタッフは警告色で書かれたルール説明の紙を、ピッと指さしている。


「こちらの紙にも記載がある通り、各部屋で1回は指定された問題を出題することになっております。ですから、今回はたまたま彼が選ばれた……ただそれだけです」


 スタッフは極めて事務的にそういうと、氷よりも冷ややかな目を僕らに向けた。その瞳から溢れる感情は、僕には読み解くことができなかった。

 


「……もうよろしいですね? 残り2分です。……では、頑張ってください」


 

 スタッフのどこまでも冷たい声と共に、僕らは再び思考を始めた。



♤♤♤



「……残り30秒です」


 僕らの思考時間はあっという間に無くなってしまった。別になにかが難しいという訳ではないし、悩みどころが多い訳でもないのに。将来の夢なんていう可愛らしいテーマが、僕らにとっては難問だったんだ。


 絵を描く仕事、というヒントも貰っているのに、僕らは誰一人として回答することができない。


 わからない。わからない。


 僕らがここまで悩んでしまう理由……それは、伊藤の人間性にあった。人間性というか、纏っている雰囲気というか……「伊藤」という存在の全てが、僕らには曖昧にしか感じられなかったんだ。


「おいやべえよ! 伊藤が死んじまう!」


 同居人の1人がそう声をあげる。声がした方を振り向くと、確か……アルバイトで生計を立てているというお兄さんが、焦ったような顔をしていた。


「俺、伊藤は画家かイラストレーターのどっちかだと思うんだよ! なあ、皆どうだ!?」


 まだ名前すら把握していない彼は、大声でそう言うと僕らに意見を求めてくる。曖昧な情報ばかりで決めてには欠けるが、確か彼は盛り上げ上手だった気がする。


「お、俺も画家だと思うな! 藝大志望とか言ってた気がする!」

「まじか! じゃあ画家か!?」

「いやでも、今の時代イラストレーターの方が有力じゃね!?」


 どうやら僕の記憶は正しかったようで、彼の言葉を皮切りに、色々な人が声を上げ始めた。……どうやら意見は、画家志望かイラストレーター志望かに分かれているようだ。


「……なあ誠、どっちやと思う?」


 隣に座っていた山本が、コソッと僕に問いかけてくる。別にコソコソ聞く必要も無いのに……なんてことを思いながら、僕は山本の質問に答える。


「まあ、藝大行くなら画家志望だと思う」

「やっぱそうよな」

「でも、藝大で勉強してイラストレーターっていうのもある気がする」

「まあ確かに」


 僕らはコソコソと密会のような雰囲気を出しつつ言葉を交わしていく。生産性の高い議論かと言われたら微妙だけど、ちゃんと考えた上での会話だ。


 ふと伊藤に視線を向けると、伊藤は僕と山本を除いた同居人たちの議論に耳を傾けているようだった。その表情は、とても暗い。僕もつられてその議論に耳を傾けてみると、正直、他人事である僕が聞いても地獄としか言えない会話が広がっていた。


「藝大からのイラストレーターってあるか!? 画家だろ!」

「でも画家志望がこんなとこに集められるモブレベルなのおかしくないか!?」

「確かに!」

「で結局どうすんだ!?」

「俺怖ぇし答えたくねえよ!」


 最初こそ議論らしい議論をしていたようだけど、ものの数秒でそれは崩壊していた。責任の押しつけ合い、結論の催促、議論の停滞――……。


 モブによるモブらしい議論がそこでは行われており、僕は再び「ああ、やっぱり僕らってモブなんだ」と、どこか納得してしまった。


 ……画家かイラストレーターか。


 どっちにしろ有り得そうな職業だし、藝大に行くなら頑張ってほしいな。まあ、もし彼が本当にここに集められるようなモブなのだとしたら、現役合格は望めない気がするけれど。というか――……


 ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。



「……時間切れです」

「あ……ああ…………」

「っ…………え……?」


 無機質な電子音。


 自分の世界で思考しがちな僕が我に返ると、そこには時間切れとなったタイマーが置いてあった。



 …………時間、切れ…………?



 ……どうやら僕らは、あまりに熱くなりすぎて時間のことを忘れていたらしい。……忘れてしまっていたらしい。どんなミスだよ、と人に笑われるかもしれないが、僕らにそんなことを考える余裕は無い。

 


 ここで、また、人が死ぬ…………?



 ようやく綺麗になってきた僕の心に、またドロリと深い闇が滲む。色々な人を天才と評価し、魅力を見つけてきた純粋な瞳。それが、またさっきのような後悔と自責の念に飲み込まれていく。


 すみません遅刻しました、なんて可愛い時間のミスじゃない。僕らが正確に時間を見なかったせいで、今度は、伊藤が――……?


 僕がドロドロと溢れ出る暗闇に溺れかけていた時、不意に背後で扉の開く音がした。

  

「おやおや皆さん、どうされたんですか?」 

 

 

 そしてそこに現れたのは、なんと主催者のギフトだった。

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