第12話【親友】

 ――僕らは、全員があらゆる可能性を持って、この世界に生まれ落ちてくる。勉学、スポーツ、芸術、カリスマ…………。その可能性が何の才能であるかは誰にもわからないし、いつ開花するのかもわからない。

 

 けれど、僕らは本当に最初の一歩だけは、全員が平等に足を踏み出す。それは世間一般で人生と呼ばれるものであり、「生きる」という最初のかけがえのない一歩だ。



 ――そして僕は……

 

「ぁ…………あ…………!!」


 ピピピピ。ピピピピ…………。


 平等に与えられた人生を、自らの手で終わらせてしまった。



 ああ。ああ。愚か者が。

 この、救いようのない――……愚か者が。


 僕はようやく見つけた自分の本音と、無常に過ぎ行く時との間で、ただ立ちすくむことしかできなかった。身体の震えはもう止まっていて、ただ、冷えきった手足が生命の存在を伝える。もうあと数分で溶け落ちてしまうような、そんな、儚い命の在処を。


 気づけば僕の周りにはたくさんの人が居た。皆が、僕を見つめている。優しげな高校生、頼りになる大人、専門学生に、フリーターのお兄さん。


 …………そして、親友。


 僕は、この世界の中でただ1人、何の存在証明もせずにただ死んでいく、底辺のモブだった。


 ……ああ。


 どうして早く気づかなかったのだろう。

 どうして、そんな努力すら怠ってしまったのだろう。


 僕は思う。すごく今更、抑圧された胸の内から溢れ出る、最も純粋な心で思う。


 ――誰だって、僕らは皆、愛されるために愛すのだ、と。


「……誠くん、何か辛いことがあったんだよね」


 僕の傍に現れた同居人の1人が、そう声をかけてくる。ああ。僕は彼の名前すら、自信を持って答えられないのか。


「誠。昨日のことは……俺にも責任がある。だが、断言する。お前はやれることをやったし、お前は何も悪くねえ!!」


 悟さんが僕の目の前にしゃがみ込む。スっと僕の頭を撫でるようとして、その後頭に手を添えてきた。


 添えるだけ。その行動が、「お前は悪くない」という寄り添いの表れのような気がして、悟さんの暖かさを感じてしまった。



 ……ああ。バカだなあ、僕は。


 独りよがりで、自己中で、馬鹿で。そんな自分を思い知ったからって、今度は極端に潔白であろうとした。英雄になろうとして、利他主義を目指して、賢くやろうとして。


 ……結局、全てが浅いんだ。僕には信念が無く、「人格」が無い。ああ、だから僕はモブなのか。愛することも愛されることも拒む、他力本願の、愚かな人間。


「…………すみません、皆、本当にっ…………」


 僕は今際の際でたどり着いた結論に、ただ涙するしかできなかった。周りの声も、聞こえなかった。ただ、僕だけが世界に取り残されたようで。


「ごめんっ……ごめん、山本…………!」

「え、ええんやで、ま……」

「本当は僕、君のこと、親友って言っていいのか不安だったんだっ…………!!」


 山本の言葉を遮る形で、僕の本音が零れ落ちる。何故かやたら輝いて見えた涙は、一滴、また一滴と滴り落ちては、冷たい床に、記録を刻む。


 僕がここに居た記憶を。僕がここで、目覚めた記憶を。


 山本は僕の肩を引き寄せると、さっきよりもずっと優しい声で言った。


「俺は、お前がそう言ってくれると信じてたで。だから、だから大丈夫や」

「大丈夫って…………でも、僕は、もう時間が…………!」


 山本の声にますます混乱する僕を尻目に、山本はスっと立ち上がる。今までのどんな時とも違う、とても凛々しい立ち姿で。


 死にゆく僕が目にするには、あまりにも――……眩しすぎる姿だった。


 山本はスタッフに声をかける。模範解答を持ったスタッフに。ツカツカと早足で歩み寄り、その手に握られた模範解答を奪い取る。


「なっ……」

「……なあ、スタッフさん。今回の『親友の人数を答える問題』……俺の回答も正解になるよな?」


 山本は奪い取った模範解答を両手で持ち、スタッフの前で破り捨てた。ヒラヒラと僕の目の前に落ちてくる紙には、僕が書いた0人という回答うそ


 山本は言った。自信を持って。


「『誠は俺を親友と呼ぶのが怖い』……完璧な模範解答だと思わへんか?」



 ああ。これが、天才か。友情を極めた、才能の証か。


 僕は照明に照らされ輝く山本を見て、素直に、純粋にそう思った。


 父さんと母さんから貰った僕の命は、ここで一度、死に絶えた。皆が平等に一度だけ貰える、人生という名のデスゲームが。


 そして、たった今この瞬間から……親友やまもとに貰った、奇跡のような、理不尽を極めたデスゲームが始まる。


「……回答を、認めましょう」


 僕らは同時に、声を上げ泣いた。



♤♤♤

 


「……なあ、山本。僕の親友の問題、一体いつ回答してたんだ…………?」


 感情もある程度収まってきた頃合い、僕はようやく確認を取った。内容は、山本がクイズに回答したタイミングだ。


 僕には、あの30秒間の間、山本が回答したのを見ていないし聞いていない。僕の記憶の中の山本は常に考えていて、そして、最後には僕が泣かせてしまって――……。


 僕がさっきの光景を思い出し、再び暗い気分になっていると、山本はケロッとした表情で僕の方を見た。


「おー、ああ、アレなー? 誠が声上げて泣き出したタイミングで腹決めて答えたんよ」

「…………え」

「ん?」


 

 ――そういうことか。


 僕は納得した表情で山本を見ると同時に、僅かばかりの恥ずかしさを覚えた。


 僕が山本の回答を聞き取れなかったのは、僕が大声を上げて泣いていたかららしい。僕自身泣くことはあまり多くないし、声を上げて泣くのなんて数年ぶりだ。つまり、その自分の声で山本の回答を聞き損ねたというわけだ。



 …………恥ずかしい。



「おー、何や誠、恥ずかしいとか思ってるんかー?」

「ち、ちげえし! ほら、次悟さんの番だぞ!」

「へーい。バッチコーイ!!」


 僕らの仲が以前と同じになったかと言われれば、正直、こっちには自信が無い。僕が山本を親友と認めても、あの「死にたい」という思いを使って山本を傷つけた事実は消えないから。


 ……でも、今はもう――……。


「山本、本当に……ありがとうな」

「ん……まあ、気にせんでええよ」 


 ここに生きている事実が、ただ嬉しい。

 山本と一緒に生きている、その事実だけが、たまらなく嬉しい。





 ――だからこそ。


「…………時間切れです」

「あ……ああ…………」


 まさかこの後あんなことが起きるなんて……僕らには予想すらできなかったんだ。

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