第11話【貴方の声を求めて】

「……死にたいんだ」


 そう言った途端、再び場の空気が凍るのを感じた。さっきとは違う、絶望の冷気が、辺り一帯を満たしていく。皆に視線を向けてみると、「何でそんなことを言うんだよ」とか、「生きていれば良いことがあるよ」とか、そんなことを言い出しそうな表情で……。


 ……でも、誰も言葉を発しない。


 理由はもう、わかっていた。


「「「……」」」

 

 このデスゲームという状況下では、皆が死の危険と隣り合わせだ。明日には友達が死んでいるかもしれない。次の瞬間、自分が死ぬかもしれない。そんな状況に置かれた僕らは、自然と「死」というものに敏感になる。


 仮に僕が死にたいというのを引き留めたとして、僕らは明日の命すら保証されていないんだ。


 僕はどこか納得したようにそう思うと、視線をゆるゆると下に向けた。さっきまでの霞がかった思考が嘘かのように、脳がクリアになっていく。いつもより聡明な思考が脳に沸き立ち、僕の思考が加速する。

 

 

 僕らが自殺する誰かを引き留めたいと思うのは、ひとえに自分が幸せだからだ。「生きていれば良いことがある」「今死ぬなんてもったいない」、そんな言葉をかけられるのは、その人が明日に期待しているからなんだ。


 例えば日本という国に生まれず、紛争地域に生まれたなら。例えば明日の命も保証されないような、平和も安全も無い世界に生まれたなら――……。


 僕はきっとこう言うだろう。


 「それも一種の選択だよね」「僕は君を尊重する」と。


 別に、逃げているわけではない。言葉の責任を負いたくないとか、そんな甘い理由じゃない。だって、僕は知っている。幸せという言葉の最小単位が、実は1番尊いということを。明日生きられるかもわからない、そんな世界の絶望を。


 そしてそれを、このデスゲームという名の盤上で、持ち続けることの難しさを。


「……誠、本当に死にたいんか?」


 山本の何かを恐れるような声で、僕の思考は現実に帰還した。ちらりとタイマーに目をやると、まだ25秒を示していた。……どうやら、僕が「死」について考えた時間は、現実では僅か5秒しか無いらしい。僕にとっては無限に思える、そんな時間だったのに。


 時間の経過があまりにも遅い。何だか頭が冴えすぎている。


 僕はその事実を不思議に思いながら、山本の質問に回答する。


「……ああ、そうだよ山本。僕はもう、死にたいんだ」

 


 僕がさも当然かのようにそう答えると、明確に山本の顔が曇った。今にも泣き出しそうな、そして怒りをこらえるような、形容しがたい微妙な顔。


 ……なんだよ、それ。


 僕は山本のその顔がなんだか無性に気に触って、すごく不快に思ってしまった。


 その表情は、なんなんだよ。一丁前に寂しそうな顔して。お前には他にも友達居るだろうが。僕なんかよりずっと面白くて、優秀で、お前を笑顔で居させてくれるような……そんな友達が居るじゃないか。


 このデスゲームという状況だから、僕が居なくなるのを嫌がってるんだろう? 「自分のせいでアイツが死んだ」って、そう思うのが嫌なんだろう?


 大丈夫だよ。安心しろよ、山本。お前は何も悪くないから。ただ僕がこのゲームを上手く攻略できなくて……ルールに処刑されるだけだ。寧ろ、僕を生かそうとしてお前が死んだら、僕、成仏できないよ。


 だから、さ。


 僕は山本に歩み寄ると、僕よりやや下にある幼い双眸に、とびきり柔らかく語りかけた。


「……なあ、山本さ、僕の分までちゃんと生きるんだよ。僕は……もう、犯罪者だから。死んで、全部終わりにするんだ」


 どこまでも柔らかく、どこまでも残酷に。


 僕は、山本が後を追いかけてこないように呪いをかけると、その自己満足に終止符を打つ。


 ……ああ、ようやく、死ねる。


 僕はぼんやりとした満足感を覚えて、再び虚ろな瞳で笑いかけた。皆に届けたい言葉は無いけれど、なんとなく、笑っておこうと思ったから。


「っ…………!」

 

 ついに、堪えていた何かが決壊したのか、山本がボロボロと泣き出してしまった。ふと周りに視線を向けると、悟さんを初めとする同居人たちも、今にも泣き出しそうな辛い顔をしている。その顔を視界に映して初めて、心のどこかにヒビが入る。


 あれ。


「……あと10秒です」



 ズキリと、心が、明確に傷んだ。


 感情が追いつかないまま、涙が溢れた。心がなぜかぐしゃぐしゃになって、罪の意識が沸き起こった。


「うっ…………っ……!」


 慌てて、声を押し殺した。顔も、声も、見せたくないし、もちろん聞かせたくもなかったから。ぐるぐると平衡感覚が失われていく。視界が揺れる。滲んで、歪む。下半身の力が抜けていき、すぐに立っていられなくなった。


 ――ああ。昨日と同じだ。昨日、死体を見た時と。


 僕の身体から自由が失われていく。ガクりと膝をつき、皆に背を向けた状態で静止する。


「5……4…………」

「っ……うっ…………!」


 ああ。なんだこれ。死ぬのが、怖くなってきた。死ぬってどんな感じなんだろう? 痛い? 苦しい? きっとその両方だ。でも、僕にはこの世界で生きる度胸はない。こんな、デスゲームなんていう極限状態で生きれるほど、僕は強くも優しくもない。


「3……2…………」


 ああ、死ぬ。本当に、死ぬ。

 比喩でもなんでもなく、僕が死ぬ。


「うっ、あああっ……!」


 嫌だ。死にたくない。ごめんなさい。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。弱い僕でごめんなさい。何も助けられなくてごめんなさい。誰の力にもなれないような、そんな人間でごめんなさい。あの女の子に余計な希望を見せて、同居人も殺して、山本も泣かせて。どうしようもない僕でごめんなさい!!


 でも…………でも…………!!

 本当は………………本当は!


「1…………」

「うっ……ああああああああ!!」

「誠――!」


 …………誰かに、許してほしかった。


 お前はここに居て良いんだよって。お前は何も悪くないよって、そう、言ってほしかった。お前は大切な友達だから、居なくなったら寂しいんだって、その言葉をどこか、期待していた。


 本当は僕だって死にたくない。死ぬのはどうしても、怖いから。ただ、結局誰1人信頼できなかった僕には、この先を生きるなんて無理だから。だから、いっそ死のうと思ったんだ。


 ごめんなさい。ごめんなさい。弱い自分で、ごめんなさい。誰か僕を許してください。僕がここに居ることを許してください。君は何も悪くないよって、僕の心を救ってください。



 ――でも、それは今更、叶うことはない。



 僕が視線を上げるとそこには時間の切れたタイマーがあった。


 


 


 

 


 


 



 

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