9 2人目の異形獣(まもの)の男

 異形獣まものの男に銃を奪われたEIA専属対策部隊の一人が、上ずった声で叫んだ。


「まさか! じ、磁力のドナムか……!?」


 その言葉を聞いた異形獣まものの男は、愉快そうに口角を吊り上げ、赤く爛々らんらんとした瞳を巡らせる。


「おっかしいなぁ……」


 そして、視線がぴたりと止まった。


「そこの小娘――お前だ」


 男の赤い目がジェシカのクロスボウを射抜く。


「なんでお前の得物えものだけ、飛んでこねぇんだぁ?」


(え? も、もしかしてこの素材……?)


 ジェシカ自身、カーボンファイバーの素材特性に精通しているわけではない。ただ、六三郎が軽さと扱いやすさを求めて選んだ結果、磁力の影響を受けにくいという、思わぬ利点を生んでいたに過ぎない。


 ジェシカに興味が移ったのか、異形獣まもの男が彼女へ歩み寄ろうとしていた。ジェシカは数歩、後退した。

 そんな中、ホールの端でサイモンと共に息を詰めて見守っていたヨハンが声を潜めて問いかける。


「サ、サイモン殿……! 人型の異形獣まものって、パッと見は分かりませんね」


 異形獣まものの男の興味は完全に自分たちからジェシカへと移っていた。それをこのまま傍観ぼうかんしていていいはずがない――サイモンの胸中で、確かな決意が脈打ち始めていた。


「……異世界へ繋がる『穴』を2度通った異世界人は、数分後にいわゆる異形獣まものへと変化してしまうのだが、その時の環境条件で姿が変わるのは知ってるな?」


 ジェシカとニット帽の男を視界に収め、サイモンは意外にも落ち着いていた。その口調でヨハンから恐怖がやわらぐと、知識を確かめるように興奮気味に言葉を継いだ。


「はい! 講習会で学びました。異世界へ通じる穴は屋外が多いため同時に他の生物が混入しやすく、その遺伝子の影響を強く受けて獣タイプの異形獣まものへと変わるんですよね!?」


 サイモンは視線を異形獣まものの男へ向けたままうなずく。


「建造物の内部や水中など、生物が混入しにくい環境から侵入した場合に人型へ変異する傾向がある――もっとも誰もそれを証明した者はいない。あくまで仮説だがな」

「ではあの男も?」

「さあな、そこまで本人にしか分からない」


 対策部隊の列の後ろでサイモンは一拍置き、言葉に力を込める。


「だが忘れるなヨハン。我らEIA、侵入者排斥はいせき組合は、ああいった異世界からやってくる不届きな侵入者イントルーダーを排除するための組織だ」


「サイモン殿!?」


 ヨハンの制止を振り切り、サイモンは単身、隊員たちの前へと躍り出た。


のな」


 かつて――まだ8つの小さな少女がいた。

 異形獣まものを滅ぼしたいから弓を教えてほしいと、必死に頭を下げてきた。

 その少女が、今は人質にしようとした自分達を守るために、1人で立ち向かおうとしている。


 何のために今までこの組織をここまで大きくしてきたのか――?


 サイモンは白い衣装を引きがし、腰に装備していた銀製の剣を抜いた。


「皆よく聞け、この男は磁力の能力ドナムを持つ。それも異形獣まものとなった今、ドナムは通常のイントルーダーとは桁違いだ! 鉄製の銃は奪われる――銀の剣と槍で対抗しろ!」


 今、サイモンのベールが明かされた。

 黒い髪、黒い瞳。全身から闘志を燃え上がらせる男が銀の剣を両手で正面に構える。胸や、肩から腕にかけての力強い体つきは15の頃から20年以上、戦いと鍛錬たんれんを重ねてきたあかしだった。


 最前列に立つその背中は、隊員たちの胸に再び闘志を灯らせるに充分だった。


「なんだ、お前……? 磁力のドナムなど使わずとも、そこの娘もろともひねり潰してやろう」


 異形獣まものの男は数メートル先にいるジェシカへ向けて悠然ゆうぜんと歩みを進めているが、既にジェシカはもう次の矢で狙いを定めていた。

 ――撃てる。

 そう確信した、まさにその時だった。


 ズズ……。


 嫌な感触が、床を通して足の裏に伝わってくる。鈍い振動が近づく。まるで巨大な何かが地の底をき分けながら近づいてくるような――。


「……な、何だ?」


 サイモンが息を呑む、次の瞬間。


 ドゴオォォォンッ!!


 爆発音にも似た轟音ごうおんと共に、ホールの中央が破裂した。

 床板は粉砕され、その破片が地面から噴水のように吹き上がる。衝撃波が隊員たちを吹き飛ばし、悲鳴が再び埋め尽くした。


「床が……!?」

「逃げろォ!」


 舞い上がった瓦礫がれきが雨のように降り注ぐ、その破片の向こう側……地中からい出るように――それは姿を現した。

 2異形いぎょうだった。


 裂けた床の縁に片膝をつき、ゆっくりと立ち上がったそれは、頭や肩に床材を載せたまま首を鳴らした。ヤマアラシのように逆立った赤髪、そして黒いタンクトップに包まれた屈強な肉体。

 もう1人のニット帽の黒髪の男と同じく非武装だ。しかし異形獣まものというだけで人間の何十倍もの腕力を持つのだ。ましてや固有の能力ドナムを使ってくる。緊張は最高潮まで達した。


「ウ……ウソだろう……? もう1体現れたってのか――?」


 誰かの呟きが辺りを絶望色に染めつくした。

 2体目の人型の異形獣まもの。それは周囲を見渡し、まるで獲物の品定めでもするかのように視線を巡らせた。


「マルコス、先に初めやがって。ひっでぇなぁ」


 と、地中から這い出た赤い髪の男がを纏い、ゆがんだ笑みを浮かべた。


「ザイード、遅いぞ。さて、お楽しみはこれからだ」


 と、ニット帽の、顔に深い傷を刻んだマルコスは両手を広げる。

 マルコスの周囲で隊員たちの手から鉄製の銃や剣が、一斉に引き剥がされるように宙へ浮き、彼のもとへ吸い寄せられていく。


「なっ……!」

「武器が……!?」


 マルコスの両手に集まってくる武器は、金属音を立てながらゴツゴツと重なり合うように張り付いた。

 隊員たちは、一瞬で丸腰にされた。


「お前ら覚悟しろよ。俺らは異形獣まもの扱いされてるがけものと違って人間は喰わねぇ。ただな」


 ヤマアラシのように逆立った髪に、タンクトップを着た体格のいいザイードはニコリともせず、続けた。


「――2こうなっちまっただけなんだ。そんな顔しねぇで少し遊びに付き合ってくれよ!」


 言い終わるより早く、ザイードはすぐ目の前の隊員の腕を掴んだ。


「放せ! や、やめ――」


 悲鳴が途中で途切れる。

 サイモンの視線の先で、ザイードの掴んだ箇所からズルッと肉が解け、肘から先の腕が床に落ちたのだ。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ――この場が、もはや逃げ場のない戦場になったことを、誰もが理解した瞬間だった。




 ***《次回予告》***


 ヨハン:サ、サイモン殿おおおおおッ! 光栄であります! サイモン殿の勇士をこの目で見られるとは! ……サイモン殿ってあごが割れてたんですね。

 サイモン:――ヨハン、今言ってはならないことを公然と明かしたな? 私の顔を見たものはいないのだぞ?

 ヨハン:もっ、申し訳ございません! 初めて素顔が見られて嬉しくて……!

 サイモン:これは凛々りりしさのあかしだ! だがケツあごの事はもう忘れろ。

 ヨハン:(ケツあごは凛々しさの証――メモメモ……)

 サイモン:それよりよく聞け、マルコスという男は鉄製の武器を奪う。ザイードはどうやら熱か何かを使って触れた物を溶かすようだ。次回予告をしたら私を置いて逃げろ!

 ヨハン:そ、そんな……! あ、では次回第10話、「マルコスとザイード」。サイモン殿、どうかご無事で!

 サイモン:…………切り替えるの早いな。

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