8 人型の異形獣(まもの)

 EIA本部の集会ホール入口付近――。

 そこに立つ見知らぬ1人の男と、無造作に投げ出されたEIA総裁の姿を目にした瞬間、会場全体は言葉を失い、更に遅れてやってきた現実に騒然となった。


 男の服装は、ニット帽にトレーナー、カーキ色のワークパンツという、ごくありふれたものだった。街中に紛れ込んでいても一見、不審ふしんに思わないだろう。しかしその顔を真正面から見た者はすぐに背筋を凍らせることになる。


 血のように赤い瞳は爛々らんらんと輝き、口は耳元まで裂け、そこからのぞく牙は鋭く余りにも異様だった。異常なまでに発達した腕。指先には肉を引き裂く為だけに存在するかのような鋭利な爪が見て取れた。

 そして何より皮膚の下で脈打つ禍々まがまがしい血――それは他の異形獣まものと同じ緑色であり、肌越しにも透けて見えていた。


「ひ、人型の異形獣まものだ!」


 誰かの悲鳴じみた叫び声に黒髪の異形獣まものはゆっくりと首を巡らせ、声の主を見つけた。


「……あぁ? 今この俺様を異形獣まものと言ったか?」


 しゃべった。意思があり、思考力もあり、判断も出来る。ただひとつ、人間とかけ離れているのはその圧倒的な力だ。

 ふいに、男は消えたように見えた。そして気づいた時には白装束の1人が左手で首元を掴まれ、床から軽々と持ち上げられていた。


「ひ、ひぃぃぃぃ――ッ!」


 白装束は宙に浮いた足をばたつかせるが、異形獣まものの男は愉快げにホール全体へ声を張り上げた。


「お集まりの皆さぁ――ん!」


 男のゆがんだ笑みが裂けた口元に浮かんだ。


「たった今から、パーティーの始まりだ!」


 右手の指をそろえ、腹部へ突き立てる。ぐじゅ、と鈍い音と共に指先が背中を貫通した。あまりの突然の事態にクロスボウをもつジェシカの手が震えていた。異形獣まものの男が手を引き抜くと血と肉片が宙を舞い、パタパタッと白い石畳を一瞬で赤く染め上げる。


 ――ホールは一瞬で地獄へと変貌へんぼうした。


「う、うわあああああああああ――!!」


 誰かの絶叫を合図に、次々と白装束たちの声を伴ってホール全体が悲鳴の合唱に包まれる。皆、互いを押しのけ合い足をもつれさせ、蜘蛛くもの子を散らすように四方へと逃げ惑った。


「いやだ、死にたくない!」

「出口はどこだ!」


 恐怖が恐怖を呼び、秩序は一瞬で崩壊した。


「さあ、始めようか。お前らがイントルーダーおれたちにしてきたこと――今から返してやるよ!」


 男は中央の白装束へ向かって進み始めた。


「サイモン殿! 早く非難しましょう!」


 その叫びに、サイモンはようやく我に返った。指導者としての仮面を被り直し奮い立たせる。彼は首から下げていた小さな細長い筒状の笛を吹いた。人の耳には聞き取れない音が発せられたようだ。


 ――総裁はもういない。今この場で指示を出すべきなのは自分なのだ。


「落ち着け! 前後の非常口を使え!」


 叫びながら視線を走らせると、三角帽を外して床にへたり込んだヨハンの姿が目に入った。


「立てヨハン! 今、対策部隊を呼んだ、すぐにここへ来る!」


 サイモンは彼の手を掴み、無理やり立ち上がらせる。


「サイモン殿……!」


 涙目のヨハンの手を引き、その場から立ち去ろうとして中央に目をやると、既に異形獣まものの爪の犠牲となった「同志」が装束を朱に染めて幾重にも重なっていた。

 奥歯をぎり、と噛みしめ、それでもきびすを返そうとしたその時、1本の矢がうなりを上げて飛来し、異形獣まものの背に命中した。


「ぎああああああああああ――っ!」


 激痛で反り返る人型の異形獣まものの背後に、クロスボウを構えるジェシカが視界に飛び込んでくる。


「ジェシカ……!?」

「サイモン、早く皆を避難させて! 大丈夫、あたしに任せて。あなたから教えられた恩を返す時よ!」


 一度は悶絶もんぜつして動きを止めた異形獣まものだったが、背に手を回して矢を引き抜き深く息を吐くと、ゆっくりと再び立ち上がった。


「……ああ……誰だ?」


 そう呟きながら男は振り返る。ジェシカは一歩も退かず照準を合わせ続けていた。


「この矢じりは銀よ。その場から少しでも動けば、次は額を打ち抜く」


 サイモンの目に映ったのは、かつてのの小さな娘ではない。恐怖の只中にあっても逃げず、たった独りで立ち向かう勇気と自信を身に着けた「戦士」の姿だった。


 (ジェシカ……火焔かえんのヒースと雷撃らいげきのミツヤ――あの2人をおびき寄せるために利用しようとした我々を、それでもなお、身をもって守ろうというのか……!?)


 ジェシカを見つめるサイモンの瞳に、これまでになかった戸惑いの色が浮かび始めていた。だが人型の異形獣まものの男の視線は、矢を受けてから一貫して獲物を定めるかのようにジェシカへと向けられている。


「なんだ、そこの小娘……生意気に銀の矢なんぞ持って来やがって。お前もEIAの一味か!」


 ギラリと赤い瞳がギロリとジェシカをにらみつけた。額へピタリと照準を合わせられた銀の矢じりにも全くひるむ様子がない。その間にも混乱の中にあった白装束たちは必死に非常口へと殺到し、押し合いへし合いしでホールを後にしていく。


 だが、不意にその流れが止まった。非常口の向こうから数十人の武装兵が一斉に雪崩れ込んできたのだ。


「間に合った! 対策部隊が来てくれたぞ!」


 口々に安堵あんどの声がホールを満たした。EIA専属の対策部隊が迅速じんそくに展開し、ホール中央の異形獣まものの男をぐるりと包囲した。2階の高窓から差し込む朝の光が彼らの武器に反射し、白っぽく鈍い輝きを放つ。


「ほう……? ちったぁ楽しませてくれるってわけか」


 下唇をペロッとめて両手を広げると、その体にまとい始めたのだ。そして両目をカッと見開いた時――先頭に立っていた隊員達の手から離れたマスケット銃が3丁、宙へ浮き上がった。


 「――なっ!?」


 銃は宙に浮いたまま一直線に男のもとへ吸い寄せられる。男はそれを、ストンとあまりにも自然に両手で受け取った。


「ど、どういう事だ!?」


 何の魔法かと青ざめる白装束と隊員たち。その様子を楽しむように男は、耳まで広げた口端こうたんから牙を覗かせて薄い笑みを漏らす。


「俺がこの姿になる前はドナム系イントルーダーだったこと、この姿を見ればわかるだろう?」




 ***《次回予告》***


 ヨハン:サ、サイモン殿おおおおおッ! 大変です。人型の異形獣まものです!

 サイモン:ヨハン。何度も言っているが興奮して唾を飛ばすな、頭巾を被れ!

 ヨハン:も、申し訳ございません!

 サイモン:それより鉄製の武器はもう使えないぞ。

 ヨハン:サイモン殿!? あの男の能力ドナムと関係が!?

 サイモン:そうだ。次回第9話、「2人目の異形獣まものの男」。ヨハン、お前は皆を連れて逃げろ!

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