7 環境が変わった? それは自分が動いて創った世界だ

「……全員が悪ではない、だと?」


 低音のうなるような声がホールに反響した。白装束の最前列に立つ男――ヨハンは、三角頭巾の下でバツが悪そうに視線を伏せた。

 ヨハンにとって、ジェシカ個人に憎しみを抱いていたわけではない。だがこの場に渦巻く空気がそうはさせなかった。怒りと恐怖と身勝手な正義感が折り重なった集団心理は、個人の意思など容易たやすく押し潰す。


「それを言うために、ここへ来たのか? 百の死と千の恐怖を積み重ねた末に、まだ『例外』を口にするとは」

「例外じゃありません!」


 ジェシカは叫んだ。声が震えたのは恐怖のせいだけではない。押し殺してきた感情が今、喉から飛び出したのだ。


 「ヒースもミツヤも――誰かを踏み台にして力を振るったりしません! 人を守るために戦ってるんです!」


 ざわっと空気が揺れた。

 白装束の中からあざけるような笑い声が漏れる。


「守る? イントルーダーが?」

「力を持った者が、善を口にする時ほど危険なものはない」


 ホールのあちこちから飛んでくる声に対し、サイモンが一歩前へ出て片手を静かに上げた。それだけで、ホールは水を打ったように静まり返る。


「ジェシカ。君はここの思っているのだろう?」


 彼の声は、かつて彼女が弓を学んだ頃と変わらない落ち着いた響きを持っていた。

 それが、なおさら胸を刺す。


「だがな――それは違う」


 サイモンは白装束の列をゆっくりと見渡した。


「それは


 その言葉にジェシカは息をむ。それは昔、サイモンがジェシカに弓を教えていた時、言った言葉だった。


『矢がれたのは風のせいではない。自分の構えが甘かっただけだ。環境のせいにするな。世界は、自分の選択で形を変える』


 ――あの時の言葉が、今は暴力を肯定する理屈へとすり替えられていたのだ。


「……だからこそ、止めたいんです」


 ジェシカは深呼吸してから一歩、踏み出した。


「恐怖で作った世界は恐怖しか生みません。次々と村ごと武装させて、子どもまでイントルーダー狩りに出すなんて……それ、本当に『守る』ためですか?」


 白装束の列が、ざわりと揺れた。

 訓練場で木剣を振るう小さな子供たちがいることを、知らない者もいるのだ。


「黙れ!」


 怒号が飛ぶ。


「その甘さが、どれだけの命を奪ってきたと思っている!」


 ジェシカはその瞬間、理解してしまった――EIAはもう話し合いの席に戻れない場所まで来ている。

 自分の甘さに気づいた時には遅すぎた。


「この娘を取り押さえろ!」


 サイモンの容赦ようしゃのない指示が飛んだ、その時だった。ジェシカの後ろのドアが乱暴に開けられた。


 ――ダァンッ!!


 背後の両開きの金属扉が爆音と共に叩き開かれた。外れるかと思うほどの勢いで開いたドアの向こうから白装束の人物が一人、乱暴に投げ飛ばされる。その身体は床を転がりジェシカの前で止まった。三角頭巾が外れ、あらわになった顔を見てサイモンが叫んだ。


「総裁――!?」


 背中は何かに引き裂かれ、白装束は真紅に染まっている。うつ伏せのまま動かないその身体はもう、息をしていなかった。


「な、何が……!」

「誰か、早く……!」


 人々は恐怖に駆られ、ホールの中心から一斉に距離を取る。ただ一人、ジェシカだけが入口に立つ「それ」から目を離せなかった。


「その姿……まさか!」


 そこに立っていたのは――異形獣まものだった。


 ◆


 街道をまっすぐEIA本部へと続く大通りを急ぐアラミス。その進路をふさぐように、ひとりの白い制服に身を包んだ女が立ちはだかっていた。


「頭がいいのか悪いのか……私に銃を向けるとは。さぁ、その銃で撃ってごらんなさい」


 ビアンカはレイピアの剣先を下げたまま一歩ずつアラミスへ歩みよる。一歩、また一歩と近づく度、アラミスの向ける銃口は震えた。


 ――撃てるわけがない。女だからじゃない。なぜなら彼女はまだ――越えていないのだ。


 その時アラミスは父の言った教えを頭に思い浮かべていた。




『いいかアラミス。銃を扱うなら、絶対に守れ』


 ――幼い日の記憶だった。


『その1。一般民衆がいる公共の場では銃を抜くな。絶対だ』

『だってオヤジ。俺、何もしてない人に当てたりしないぜ?』

『悪いヤツを狙ったとしてもだ。もし、その瞬間に小さい子供が飛び出してきたらどうなる?』


 12歳のアラミスは、父の真剣な目を前に言葉を失った。


『その2。そもそも狙っているターゲットが、ほんの少しでも危険人物じゃない可能性があるなら――撃つな』




 ――その教えは、今も彼の中で生きていた。


 アラミスはフッと息をらすと、ハンドガンの撃鉄げきてつをそっと戻し、腰に収める。


「あら、いい子ね」


 ビアンカの目が見開かれる。


「じゃぁあたしがここで始末してあげるわ!」


 レイピアが下から瞬時に跳ね上がり、アラミスの首元に細い傷をつけた。

 ――ピリッと熱を伴う痛み。赤い線が首を横断するように浮かび上がる。


 切っ先が顔の前5センチまで迫っても目も閉じず全く微動だにしないアラミスに、ビアンカは真っ赤になって叫ぶ。


「なんでよ! なぜ抵抗しないのよ!! 殺されてもいいの!?」


 アラミスは首筋の血をぬぐいもせずにニッと笑った。


「だってさ、ビアンカちゃん」


 彼の視線が、彼女の胸元へ向く。


「そのふところにある護衛隊のバッジ、まだ悪事に使ってないだろ……?」

「――ッ!?」


 ビアンカは、反射的に一歩下がった。


「ち、違うわ! あんたをここで始末すればこんなもの必要ないからよ!」


 強く言い切ったビアンカだったが、その唇は明らかに震えていた。

 アラミスは一歩前へ近寄った。するとビアンカは一歩後ろへ下がる。それを何歩かづつけたが、アラミスの歩幅で一気にビアンカの胸の前まで迫った。


「――なっ!?」


 驚いた勢いでレイピアを横殴りにふるったがアラミスは滑るようにかわし、次の瞬間、剣を握る彼女の右手を上から掴んでいた。


「な、何するのよ!」

「ほら、俺を斬れないだろ? 最初から君が悪いヤツじゃないって知ってたぜ……」


 アラミスは震える彼女の指先からレイピアをそっと抜き取ると、街道の真ん中へと放り投げて彼女の至近距離に立ちはだかった。そして20センチ以上も低いビアンカの顔を見つめ、彼女の両肩にそっと手を置いた。


 ビアンカの顔が一瞬で真っ赤に染まる。


「ビアンカちゃん約束だ。俺を殺したいなら、あと2時間……いや1時間でいい、待ってくれないか。必ず君のところへ戻ると誓うよ」


 ビアンカは眉をぎゅっとよせた。


「――君に斬られる為にね……!」

「そ、そんなこと――そんなこと! そんな約束、本当に信用出来るとでも思ってるの!?」


 するとアラミスは、ウインクひとつ。


「信用するだろ? 今の君ならね――先にEIAに行ってる! ウソだと思うならそこへ後で来てくれ!」


 と、言葉を残して弾丸のように走り出した。


「待ってるぞ!」

「待ってよ、ひとつ聞かせて!」


 アラミスは立ち止まった。


「私のこと、いつから気づいてたの?」

「俺は銃の部品を扱うのに手指の感覚を大事にしている。初めて君の肩に触れた時、その引き締まった筋肉は剣の達人のものだとすぐ分かったよ」


 顔が真っ赤になるビアンカは思わず後ずさった。


「へ、ヘンタイじゃないの!?」

「ありがとう、め言葉だと受け取っておくよ」

「じ、じゃぁ私が商人の娘でないことも、バッジを盗みとったことも分かっていて何も言わずここまで連れて来ったっていうの!?」


 アラミスは微笑んだ。


「ああ。だって本当に悪いヤツに見えない」

「……ッ!」


 その言葉に再びカッと顔を赤らめたビアンカは一気に距離を詰め、剣先を彼の顔の数センチでピタリと止めた。


「正直に言って。私より……あの小柄で平凡な、特に魅力もなさそうな少女を選ぶっていうの!?」


「――違うよビアンカちゃん。ジェシーちゃんのところに行くのは、君の方を選ばなかったからじゃない」


 アラミスは青い瞳でビアンカを真っすぐに見つめた。


「彼女は、!」


 そういってまた前を向くとアラミスは二度と振り返らなかった。


 全て打ち返された。影の部隊ナイトレイドも、剣も、色仕掛けも――。

 何も出来なかったビアンカは、石畳にペタンとしゃがみ込んでしまった。


(ウソでしょ。この私が……? あんな男に……あんなヤツに?)


 呆然ぼうぜんと、あっという間に見えなくなっていくアラミスを見送る彼女の後ろで、全身黒タイツの3人はただ左右に揺れながら次の命令を待つしかなかった。




***《次回予告》***


 ヒース:なぁ、今、地震が来なかったか……!?

 ミツヤ:ん? いやぁ? 別に何も感じないけど? いや、待てよ。石畳の下、何か動いたような……?

 ヒース:だろだろ? ボコボコと石を砕きながら地中を進んでるような――。

 ミツヤ:おい、この先にあるのって――!

 ヒース:EIA本部のホールだ!

 ミツヤ:嫌な予感がする。急ごう。次回、第8話「人型の異形獣まもの」。お楽しみに!

 ヒース:ちぇーっ! またやられた!

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