6 まちぶせ

「EIAの本部の位置はこの通りの先だ。ジェシーちゃん、ジッとしてろよ。俺が行くまで……!」


 昇り始めたばかりの朝陽が、石畳に一人の走る人影を映していた。その影を飛び越える勢いでアラミスは静まり返った街道を全力で駆け抜ける。金色の、ゆるく波打つ髪が風をはらんで後方へと流れる。まだ朝早いこともあり、馬車の往来はなく人影もまばらだ。


 見通しのよい大通りを進んでいると、横合いから音もなく黒い人影が十数名飛び出した。頭から爪先まで全身黒の、身体にぴたりと沿うその戦闘装束は、一切の無駄を削ぎ落したようだ。一瞬で距離を詰めて円を描くようにアラミスを囲む。


 「お前ら……何者だ!?」


 返事はない。

 目、鼻、口の位置だけが切り抜かれた布の奥から、感情のない視線が向けられている。もし夜間であればほぼ完全に姿を消せるだろう。


「って、すぐ正体バラすくらいならはなっから全身、隠しちゃいねぇか」


 軽口を叩きながらも、アラミスの神経は研ぎ澄まされていた。


(けどなんだコイツら……妙な動きしやがる)


 全身黒タイツ達は常時じょうじ体を一定のリズムで振り子のように左右に揺らしていた。その次の動きは読めない。


 じわり、じわりと間合いを詰めてくるが、手には武器らしきものが見当たらない。幸いにも周囲に人影はなかった。アラミスは機動性を優先し、背のマスケットには触れず腰の後ろのハンドガンへ手を回そうとした、その刹那――。

 全身黒タイツ2人が、同時に踏み込んだ。

 手刀が風を切り、首筋を狙って振り下ろされる……!


 ――速い!


 アラミスは身を沈めるようにかわしたが、死角からの一撃がアラミスの頸椎けいついに落とされた。


「ぐっ……!」


 首の後ろを撃ち抜くような衝撃に、意識が一瞬飛びそうになる。倒れかけた身体を歯を食いしばって立て直し、後方へ跳んだ。


(なんてぇ速さと力だ……人間の域じゃねぇな)


 銃を抜く暇を与えない、訓練された動きだった。


 シュッ!


 全身黒タイツが一人、振り子の反動を利用して視界から消えた……!


「なっ……!?」


 次の瞬間にはアラミスの目前にいた。

 今度は側頭部を狙った手刀が振り下ろされる――その直前。アラミスは身体を右へ流し、回転する動きの中で既にハンドガンを握っていた。流れるような動作で引き金を引く――!


 パンッ!

 パンッ!!


 乾いた破裂音が同時に2発連続して朝の街に弾ける。弾丸は2人のすねを撃ち抜いていた。


「うああああああっ!」

「があああああっう!」


 石畳に転がった2人から苦悶くもんの声が上がる。


「なんだ、ちゃんとしゃべれんじゃねぇか。急いでんだ、そこをどけ!」


 強い口調で言いながら、アラミスは手元を一切見ずに次の弾を込める。その間、視線は標的から外さない。

 指先で雷管帽キャップを押さえ、親指で撃鉄げきてつを起こす――全てが流れるような所作だった。


 彼の持つハンドガンには、火皿も火打石ひうちいしもない。代わりに撃鉄の下には、短い突起――ニップルがあり、そこに小さな金属の帽子が被せられている。その小さな金属帽キャップが叩かれた瞬間に火を吐くのだ。

 詰め物を押し込む時間も、銃口から火薬を流し込む手間もない。だけあればいい。


 ――この時代にはまだ登場が早い、彼が改造したハンドガンだった。


「よく聞け。一度、俺が狙いをつけたら……」


 チャッ……!


 銃口を向け、続ける。


「逃げられると思うな」


 残る黒タイツたちがサッと後方へ間合いを取り、円陣が崩れる。


『まだまだ遅いぞ、アラミス……』


 その声が、ふいに聞こえた気がした。


 ◆


 ――5歳の頃から、それは日常だった。


 コンラート家は代々護衛隊お抱えの銃職人ガンスミスだった。

 油と鉄の匂いが染みついた工房の中、幼いアラミスは作業台の前でせっせと手を動かしていた。その小さな手に握られていたのは銃の部品だった。


『……まだまだ遅いな。目で見ていては遅れる。こういうものは指で覚えるんだ』


 フッ……!


 父親はそう言って、わざと蝋燭ろうそくを吹き消した。


『父ちゃん、なんも見えねぇぞ』

『ふん。その代わり手の感覚が敏感になってきただろう?』


 暗闇の中、手探りで部品を外す。

 形、重さ、角度……。

 床に落とさないよう慎重に並べ、そしてまた組み上げる。


『いざって時に構造を探ってる余裕はない。頭で考えずとも手が勝手に動くようになるまで何度でも繰り返せ』


 マスケット。

 ホイールロック。

 フリントロック。


 構造の違いや特有の癖。不発の原因……失敗すれば何が起きるか――? それら全てが遊びでも学問でもなく、日々生活の一部として染み込んでいったのだった。


 やがて護衛隊の総隊長がトージの代に変わってから、彼の生活も一変する。トージの命令で始まった常軌をいっした開発に、コンラート氏は愕然がくぜんとした。

 いくつも連なる銃身に、連続する発火――。

 コンラート氏の意に反して、トージはガトリング砲の開発を強要きょうようしていた。




 ある日コンラートは、実験として異形獣まものと同じ檻の中に閉じ込められた隊員の命を守るため、鍵を開けて逃がす。餌にされかけた男は助かったが、その罪でコンラートはトージに銃殺されたのだ。


 ――敵討かたきうちは後だ。まずはガトリング砲の設計図を燃やさねば。


 アラミスの判断により、悪魔の武器は完成間近でほうむられた。しかし皮肉にも、アラミスの中にひとつの答えが残る。


 火打石ひうちいしらない。必要なのは撃鉄の衝撃をそのまま火へ変える、確実なかなめ――点火装置だけだ。


 ◆


 記憶の底から引き戻されるように、アラミスは銃口を持ち上げた。


 残る黒タイツ3人が、左右に揺れながらも距離を取って戸惑っているようだ。

 すでに十数名が石畳に転がっている。覆面の向こう側でうめき声を漏らしていた。


「急いでんだ。そこをどけ!」


 今は彼らの身元を調べている暇はない。アラミスがすぐその場を立ち去ろうとした、その時だった。彼の前に一人の白い制服に身を包んだライトグリーンの長い髪をした女性が立っていた。


「ビ、ビアンカ……ちゃん」


 アラミスは驚き、というよりどこか落胆らくたんした表情を浮かべる。


「おいおい、まさかこの趣味の悪い全身黒タイツは君の下部しもべだったのか? どうせなら俺を君の下部しもべにしてくれよ」

「アラミス。こんな時でもヘンタイだましいは健在なのね」


 ビアンカは呆れたように言い、腰元へ手を伸ばす。


「やるじゃない――彼らは私が抱える影の部隊ナイトレイド。彼らのトリッキーな動きは全て素早く動くための計算された秘術。例え銃を構えた相手よりも……なのに? 結局、私が直接剣を抜かないといけないようね」


 細身のレイピアが、朝の光を受けて反射した。

 郊外で盗賊から助けた一介いっかいの商人の娘であるはずだった。この国へ送り届けるまで、楽しい道中を過ごしてきた相手だった。しかしそんな彼女を前にアラミスは銃を下ろさない……かといって指を引き金に掛けもしなかった。彼女の油断を誘う微笑の向こう側を、アラミスは今も測りかねていた。


「ビアンカちゃん」


 いつもの軽い調子で、しかし目はらさずに言った。


「俺は狙いを外さない。その剣で俺の弾をはじこうっていうのか……?」

「では私も言わせてもらうけどあなた、?」


 自信たっぷりな彼女の言葉に、アラミスは目を細めた。


 ――そんなこと、出来るわけがない。


「君がどこの誰でも構わない。けど――今は、ここを通してくれないか」




 ***《次回予告》***


 ヒース:あの全身黒タイツの連中の格好、気持ちわるうううううっ!

 ミツヤ:あれだな。見た目的には、昭和の時代の古い特撮ヒーローの戦闘員に似てるかもな。けど横揺れはしてないんじゃないかな。

 ヒース:へーえ……あ、そうだ! これを言うの忘れるとこだった。よい子の皆は銃を改造しちゃダメだぞ?

 ミツヤ:その前に、銃を持ってはダメなんだよ!

 ヒース:アラミスあいつの場合、頭を改造した方がよかったよな?

 ミツヤ:本人のいないとこで好き放題だな。まぁお前の場合、本人の前でも言ってるけど。

 ヒース:よし、今だ! 次回、第7話「環境が変わった? それは自分が動いて創った世界だ」。絶対見てくれよな!

 ミツヤ:しまった。やられた……。

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