2 レストランの一幕

 オスタリア王国の市街地。

 夕暮れに染まる空の下、白壁の街並みは店々の灯りを受けて淡く輝き、店内からの明かりが漏れてなんとも幻想的な風景だった。

 通り沿いのカフェ、あちこちからヴァイオリンの柔らかな旋律せんりつが流れてくる。


 馬車を停車場に預け、ヒースたちは夕食を求めて街を歩いていた。


「ジェシー、どした? なにキョロキョロしてんだ? いい店見つけたか?」


 ヒースはジェシカが街へ入った途端にソワソワしていることに気づいて声をかけた。ジェシカは一瞬、肩を強張こわばらせ、それを誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべる。


「ううん……ちょっと、ね」


 視線は街の奥――人の流れの向こうへ向けられている。

 それは懐かしさと、少しの気まずさが入り混じったような目だった。


「ジェシー、サルズバーグって言えば……」


 歩調を合わせながら、ミツヤが何気ない口調で続ける。


「確か『侵入者排斥組合EIA』の本部があるんだろ? 隣国チェスキー王国があそこまでイントルーダーに厳しいのも、その影響があるんじゃないか?」

「……うん。そうだと思う」


 ジェシカは力なく答える。

 本当は、ずっと胸の奥にしまってきた事があった。

 ――まだ幼かった頃、異形獣まものに立ち向かうため何を学び、何を信じ、何を切り捨ててきたのか。


「あのね、あたし……」


 だが言葉にしようと顔を上げたその時だった。ビアンカが明るく声を上げ、通り沿いの一軒を指さす。


「あ、ここよ、あたしこのお店知ってるんです! ヴァイオリンの演奏も流れてきて、雰囲気いいんですよ。ここで夕食にしません? 助けてくれたお礼にご馳走ちそうさせてください!」


 白壁に小さな金属製の看板が張り出しているのが見えた。窓からは温かな灯りと、煮込み料理の香りが漂ってくる。


「いいのか? 結構、高そうだけど」

「ミツヤさん……遠慮しないでください。明日には私の住んでた街へ着くと思うけど、その前にどうしてもお礼がしたいんです」


 ビアンカは顔の前で手を合わせた。しかしその口は企みが漏れてゆがんでいた。


(ここはあの組合組織がよく使う店。今夜も関係者が予約を入れているはず……うまくいけば、アラミスに直接手を下す必要すらないかもしれないわ)


 そんな彼女の胸中を誰も知る由はない。ヒースに至っては、すでに腹の虫の方が限界だった。


「早く入ろうぜ、腹減った!」


 5人は店の扉を押し開けた。


 ◆


 店内は思った以上に賑やかだった。

 木製のテーブル、壁に掛けられた古い絵、奥ではヴァイオリン弾きが優雅に曲を奏でている。


「うんま! これうんま!」


 ヒースの声が弾み、フォークが止まらない。

 大皿から次々と肉を口へ運ぶその様子は一昨日、牢でしょんぼりしていた男とは思えないほど無邪気だった。


「ほら見て、肉が簡単にほどける……何このシチュー。しかもパンと最高に合う!」


 ジェシカも夢中で頬張ほおばっている。その向かいでアラミスはワインを軽く揺らしながら満足そうに微笑んだ。


「ビアンカちゃん、いい店を教えてくれてありがとう」

「よかったぁ。去年の買い付けの帰りにも寄ったお店なんです。どうしてもまた来たくて」


 5人は丸テーブルで日ごろ食べられない豪華な料理を堪能たんのうしていた。

 ビアンカはアラミスの隣に座り、自然な仕草で彼のグラスにワインを注ぐと、向かいのジェシカに笑顔を向ける。


「ジェシカさん、 お代わりもどうぞ」


 ビアンカがそう言って大皿を差し出した、その拍子だった。


 ――ガシャンッ!


 ビアンカのひじがワイングラスに当たり、落下して床で砕け散った。同時に赤ワインが石床に広がり、店内のざわめきが一瞬途切れる。


「あっ……!」


 ビアンカは反射的に立ち上がり、わざとらしく身体をふらつかせる。

 だが次の瞬間、彼女の肩はアラミスの胸に受け止められていた。背後に回り込むその動きはあまりに自然で、誰の目にも紳士的に映っただろう。その弾みでアラミスのジャケットがわずかに開く――その一瞬をビアンカは見逃さない。

 指先が巧みに滑り込み、ふところへと忍び込んだ。


「ご、ごめんなさい、落としちゃった!」

「ビアンカちゃん。動かなくていい」


 彼はそっと肩に手を置き椅子へ座らせる。すぐに女性店員が駆け寄ってきたが、アラミスは左手を軽く上げて制した。


「ああ大丈夫。忙しいところ悪かった、俺たちが片付けるよ。君の大切な手をケガさせる訳にはいかない。破片を入れるバケツと雑巾だけ貸してくれないかな」


 その笑顔に、店員は一瞬戸惑いながらも引きがった。

 だがそのやり取りを、店内中央の丸テーブルに座る身なりのいい男女3人組が不快そうに眺めていた。


「見た? 嫌ねぇ、こんな店であんな騒ぎ」

「田舎モンはほっとけよ。ちょっとそこのねぇちゃん、常連客を待たせんな!」


 身なりのいい男の怒鳴り声に女性店員が慌てて紙とペンを持って駆け寄る。3人は嫌がらせのように早口で大量の注文をまくし立てるため、店員は漏らすまいと必死に書き留めていた。


「…………」


 アラミスは、床の破片に手を伸ばしながらも横目でそのやり取りを観察していた。


「どうしたの? アラミス、手伝う?」

「いや、何でもないよ。ジェシーちゃん気にせず食べててくれ。ヒース、ガラス拾うぞ。ミッチーは床な」


「ちぇ〜……」


 ぼやきつつもヒースは腰を上げた。3人が床にしゃがみ、破片を集めて雑巾がけを始める。


「あの、アラミスさん本当に」


 ビアンカの声に、アラミスは振り返らず手際よく片付けていく。


「大丈夫。俺たちに任せて君はゆっくり食事しててくれ」


 床にしゃがみ込み、黙々と破片を拾う男の背中をビアンカはじっと見つめていた。


(……この男、女好きのヘンタイだと思ってたけど――ただのお人好ひとよしバカだったのね)


 とほくそ笑む彼女はテーブルの下で護衛隊の認証バッジを握っていた。

 ほどなくして片付けが終わり、3人は手を洗うため席を外す。その時だった。

 店内中央の丸テーブルでは大量注文をした客が女性店員を呼び止めしかり飛ばす。


「おい、ちょっと来い。我々はこんなもの注文してないぞ?」

「そうよ、楽しみにしていたのに台無しじゃない。全部下げてちょうだい」


 テーブルの上には女性店員が運んできた料理の一部が並べられていた。


「ですが……ご注文どおりにお持ちしましたので……」

「代金は払わんぞ」

「そっちのミスだろ? それともナニか? 文句つけようってのか? 我々はすぐにEIAの幹部を呼べるんだぞ」


 その言葉に、ホール全体がざわついた。洗い場から戻ってきたアラミスは男性客の前にスッと立つ。


「――間違ってねぇぜ」


 と断りを入れ、注文きも見ずに淡々と言い始めたのだ。


「ここにある料理以外であんたらがさっき注文した品、言ってやろう。カモのローストは2つ、良く焼きで。子牛のステーキがひとつ、ミディアムレアで。赤ワイン1本、シャンパン2本。シチュー3つ、ポークソテーも3つ。最後のデザートは奥方へリンゴのコンポート。以上だ」


 店内が水を打ったように静まり返る中、アラミスは店員のエプロンを指差した。


「君のポケットのそれ、注文きをそいつらに見せてやってくれ。俺の言った内容と同じかどうか」


 女性店員が震える手で紙を広げる。


「……っ」

「全部覚えてたっていうの……? 気持ち悪っ!」

「いいか、俺の記憶は確かだ。それに紙は貴重だからな、彼女はお前らに確認しながら記入してたぜ」


 女性客の顔が真っ赤になる隣で、男が怒りに任せて立ち上がりアラミスの胸倉を掴んだ。


「お前! 何者だ!!」


 それを見ていたヒースがすぐに反応し腰のつかに手を掛ける。しかしアラミスはヒースを一瞥いちべつして首を振った。


「他の客の失礼にあたる。俺への文句なら外で聞こう」


 そう言い放ったアラミスを、客は鬼の形相ぎょうそうで店の外へ連れ出した。


「おい、待てよアラミス!」


 ヒースの声は届いていても、振り返りもしない。


「ヒース、どうするの!?」


 ちぎったパンを手にして困惑するジェシカの声に、ヒースは歯噛みする。


「わかんね。けどオカシイだろ。あいつ、正しいこと言っただけだ!」


 ミツヤはずっと黙って見ていたが、気持ちはヒースと同じだった。ただ、この後に起こる事態を予測し、テーブルの下で拳を握りしめていた。


「おい、ヒース待てよ!」


 ヒースが先に席を立つのを待っていたかのようにミツヤも立ち上がる。


「ジェシーとビアンカはそこで食事しててくれ。すぐ戻るよ」


 そう言って、ミツヤはヒースを追うように夜の通りへ飛び出した。




 ***《次回予告》***


 ヒース:なぁ、アラミスならあんなヤツら、簡単にぶっとばせるはずだぜ?

 ミツヤ:店内で騒ぎを起こさないようにしたに決まってんだろ。

 ジェシカ:そうよ。珍しく品のある行動だったわよ。

 ビアンカ:珍しく……?

 ジェシカ:あ、そこにツッ込む? けどウチの男子、何かにつけ騒ぎ起こすから困るのよね。

 ヒース:けどよ、アイツ店の外に連れ出されて帰ってこねぇぜ? 俺見てくる!

 ミツヤ:僕も! あ、次回第3話、「アラミスの覚悟」。お楽しみに! おいヒース待てよ!

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