3 アラミスの覚悟

 ――ゴッ。


 月夜、店かられる蝋燭ろうそくの灯りが通りを照らす中、鈍い衝撃音が響いた。

 男の拳がアラミスの左ほほを打ち抜き、その身体が横へ流れる。それでも彼は右足で踏みとどまり、どうにか倒れるのを堪えた。唇を強く噛みしめ、血の味を飲み込む。


「…………」

「……チッ、しぶてぇな」


 なかなか体勢を崩さないアラミスに、男は苛立いらだちを込めて一歩踏み込む。次の瞬間、腹部へ叩き込まれた蹴りが鈍い音を立ててアラミスの身体を宙へ浮かせた。


「ぐふゥッ!」


 体は後方へ2メートルほど吹き飛ばされ、背中から石畳へ激突する。


「アラミス!!」


 店の入口でそれを見たヒースが叫び、同時に腰の刀に手をかけて飛び出す。

 今頃アラミスは店の外へ出るなり、あの不愉快な客を一撃で沈めているものとばかり思っていた――そう信じて疑わなかった。にもかかわらず、目の前では一方的に殴られているではないか。


「うぐっ……く、来るな!!」


 アラミスの声と同時に、背後から強く肩を掴まれた。


「待て、ヒース!」


 切迫した声はミツヤだった。


「離せよミッチー!! あいつ――!」

「客の男の襟元をよく見ろ!」


 ミツヤはヒースの視線を、男たちの胸元へと向けさせた。するとジャケットのえりに留められた小さな金属プレートが月明かりに照らされる。ヒースも見たことがある、それはEIAのバッジだった。


「……っ」


「僕も今気づいた。アラミスは……最初から知ってたんだ」


 いつもは下らない言動で仲間を辟易へきえきさせているのに時折、悔しいほどの覚悟をのぞかせる。


「カッコつけ過ぎだ」


 ミツヤは目を伏せ、息を吐いた。

 そして今度は顔面に拳が振るわれた。鈍い音と共に血が飛ぶ。


 アラミスはスナイパーだ。指先を傷めれば照準は狂う。そのため喧嘩では手を使わず足で仕留めるのだ。その高身長から繰り出す蹴り一発で、相手のあごを砕くことさえできるのに、アラミスは反撃しない。ましてや、後ろの腰下へ忍ばせてあるハンドガンに手を伸ばす素振りすら見せなかった。


「アイツなんでやり返さねぇんだ! 知ってんだろ、アイツならあんな連中……本気出さねぇでも秒で地面に沈められるハズだぜ!?」

「まだ分かんないのかヒース! 今ここで、あいつらを敵に回したらどうなる?!」


 ミツヤはヒースの腕を掴み、歯を食いしばりながら言った。


「――俺たちがイントルだってバレるとでも言いたいのか? ドナムなんて使う必要ないぜ、あんなヤツら」

「あいつらのバックが問題なんだよ。騒ぎになれば真っ先に来るのは衛兵じゃない。EIAの精鋭だ」

「なんだよそれ、まさかEIAのくせに俺たちのようなドナム系のイントル雇ってるってのかよ」

「それは分かんない。けど間違いなく僕らがドナム使わなきゃいけない場面になる。店だって大騒ぎだ。ジェシカもビアンカも巻き込まれる。EIAのお膝元ひざもとで武器持ってドナム使って大暴れでもしてみろ。もうイントルは終わりだ」


 ミツヤはヒースの目を見て言い放った。


「――この世界から締め出される」


 ――ドンッ。


 無抵抗の背中へ男2人分の蹴りが叩き込まれ、アラミスは石畳に両手をついた。血反吐ちへどを吐きながらも声は上げない。


「アラミスはイントルでもないのに……イントルである僕たちを守るために、耐えてる」

「…………!」


 ヒースの拳はわなわなと震えていた。

 一太刀振るえばあの程度の連中など一瞬だ――だが、その一瞬が仲間の平穏を壊す引き金になるのだと、ハッキリ気づかされた。


「クソ……ッ!」


 怒りと無力感がヒースの胸の奥で渦を巻き、助けられない自分自身へのいきどおりが更にあおってくる。


「このまま見てることしか出来ねぇのかよ……!」


 やがて、男たちは満足したのか、吐き捨てるように言った。


「身の程を知れ」

「二度と俺たちの前をウロウロすんじゃねぇ」

「偉そうな男ね、顔だけはいいのにムカつくわ。どこかで気分直ししましょう」


 そして最後に、倒れ伏すアラミスの背中をダメ押しとばかり踏みつけ、EIAのバッジをつけた3人は夜の通りへと消えていったのだった。

 残されたのは夜の店から流れてくるヴァイオリンの音と、路上に転がるボロボロの男――。


「…………」


 ヒースはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 そして、ゆっくりと歩み寄ると何も言わず、スッと手を差し出す。

 アラミスがその手を見た、その時だった。


「……ヒース? ミッチー、アラミスは?」


 店の扉が開き、心配そうな声が耳に届いた。


「え……!?」


 ジェシカが言葉を失い両手を口元に当て、ビアンカは我が目を疑っていた。

 彼女たちの前で、差し出されたヒースの手を掴みアラミスはふらつきながら立ち上がると、口元の血を手の甲で拭った。


 そして――。


「いやぁ……いい運動になったぜ」


 と笑い、首を左右に振ってコキコキッと鳴らした。


「なっ……!?」


 ジェシカが詰め寄る。


「何があったのよ! 相手そんな強いヤツに見えなかったわよ!?」


 ジェシカが想定していたのは、こんな結果ではなかった。

 あの男たちを相手に店内で暴れる訳にはいかず、店の外で乱闘になっているんだろう。でも大丈夫、アラミスなら例え乱闘になっても、2人や3人の男にからまれたくらい、どうってことない――それなのに。目の前の状況は想像と逆であった。


 ジェシカはアラミスに猛然と抗議する。


「なんで!? まさか一発もやり返さなかったっていうの!? ウソ、どういうことよ。護衛隊のバッジは!? こんな時のために預かってるんじゃないの!?」


 怒っているのではなかった。ただ悔しかったのだ。知らない間に仲間がこんな目に遭わされていようとは……。


 アラミスは肩をすくめ、軽く笑った。


「ああ、わりい。ウッカリ馬車に置いてきちまった」


 あまりにいい加減な言い訳に皆啞然あぜんとしたが、もうそれ以上は誰も追及しなかった。とがめたところでどうにもならない。

 様子を見ていたビアンカは黙ってスカートのポケットに手をやり、冷たい金属の感触を確かめる。


(ウソでしょ……? まさかこの人、私がったの気づいてるんじゃ……? じゃぁ私をかばったっていうの? 自分の仲間を守るために……?)


 彼女の視線が、アラミスへ注がれる。


(計算外だったわ。ここであの客をコテンパンにして騒ぎを起こしてくれれば話が早かったのに。駆け付けたEIAの精鋭とドナム使って大乱闘。幹部をノシちゃった彼らはもうブルタニーの護衛隊の名前を出すことは出来ない。でもそこで私がバッジ見せれば彼らの立場は失墜しっつい。隙をついて両翼どころかヒースも潰せる――筈だったのに、あんなボロ雑巾みたいになるまで黙って殴られ続けたって言うの……?)


 ポケットの中で拳を作った。その目は、ほんの少しだけ揺らいでいた。


 ――あの男、バッカじゃないの……?




 ***《次回予告》***


 ヒース:なぁ、ミッチー。アラミスのやつ、カッコつけすぎなんじゃねぇのか?

 ミツヤ:しっかし、なんで護衛隊のバッジ持ってきてないんだ。肝心な時に。

 ビアンカ:そっ、そうですわね……。あ、でも護衛隊だってこと、EIAには秘密にしたかったのでは?

 ヒース:けどよ、バチケーネではダメでもEIAの本部には護衛隊だって言っても問題ねぇはず――。

 ジェシカ:あ、こらヒース!

 ビアンカ:今、バチケーネって言いました……?

 ミツヤ:(ちっ、まずいな)次回、第4話「ジェシカの決意」。お楽しみに!

 ヒース:あークソッ! またやられた!

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