18 タトゥーの男

 その時だった。


 ――トン、トト、トントン、トントンッ!


 仲間内で決めた合図だ。このノックを知っているのは、ここにいる面々と、今は拘留所こうりゅうしょにいるはずのヒースだけだ。

 一瞬で部屋の空気が張り詰め、全員が息をんでドアに注目する。


「僕が開けるよ」


 ミツヤはそう言って、反射的にドアへ駆け寄る。胸の奥がざわつくのを抑えながら、扉越しに声をかけた。


「まさか、ヒースなのか!?」

「ミッチー? 俺だよ」


 聞き慣れた、しかし少し間の抜けた声だ。困惑しながら、ミツヤは鍵を外して慎重に扉を開ける。

 そこに立っていたのは、手枷てかせれた手首をさすりながら、どこか気まずそうに立つヒースだった。


「ヒース!?」


 ミツヤとアラミスの声が重なる。


「……ただいま」


 何事もなかったかのように言うヒースに、空気が一拍遅れて追いついた。


「な、なんで戻ってこれたんだよ!? 牢からどうやって出たんだよ!?」


 するとヒースは頭をかきながら、困惑しきった顔で首をひねった。その表情は、本人が一番状況を理解していないと言わんばかりだった。


「いや、それが……気づいたら俺、拘留所の出口付近に倒れてて。表のドアは開いてるし、そんで衛兵も全員気を失ってるようだったんだ……」

「なによ、それ……」


 あまりに出来すぎた話に、ジェシカが呆れ半分、警戒半分の視線を向ける。


「たぶん、誰かが助けてくれたんだと思うけど――」


 そのあやふやな言い方に、アラミスが黙っていられるはずもなかった。


「誰かって誰だよ。つーか逆にこえぇんだけど? 『たぶん』で済ませる話じゃねぇだろ、どういう状況だよそれ!?」

「そう言われても……。誰か来た気配は確かに感じたんだ。けど、すぐ消えちまって……」


 ざわりと不穏ふおんな空気が広がる。

 ヒースは視線を落とし、曖昧あいまいな記憶を手繰たぐるように、ぽつりぽつりと語り始めた。


 ◆


 ほんの数時間前のことだった。

 ミツヤがきっと出してくれる――そう信じ、ヒースは拘留所の冷たい石壁にもたれながら無駄な抵抗をせずに待っていた。自分が原因で皆を巻き込んだという自覚が、軽率な行動を思いとどまらせていたのだ。


 やがて張り詰めていた神経も限界を迎えたヒースはあらがえぬ眠気に引きずられるように、しゃがみ込んだ姿勢のまま、うとうとと意識を手放していた。


 その時――。

 空気がふっと波打つ。

 拘留所内の薄暗い通路に、赤い光をまとった人影が現れた――。


 カツン、カツン……。


 靴音が静まり返った廊下に不気味に響く。

 黒いマントを羽織はおった男は、迷いのない足取りでヒースのおりの前まで歩み寄り、鉄格子てつごうし越しに眠る姿を見下ろした。

 そして、呆れと諦観ていかんの入り混じった溜息をひとつ。


『……やっぱりやらかしたかヒース。予想どおりだ』


 歳は30歳くらい。声は低めで身長は190センチ近くある長身。背には、その体躯たいくとほぼ同じ長さの大剣を装備している。

 頭からすっぽりと被った黒いフードの奥で、ダーティーブロンドの髪がさらりと揺れた。

 男は無言のままマントから手を伸ばし、眠るヒースへとかざす。


『《瞬間移動ブリンク・ジャンプ》』


 つぶやきと同時に、ヒースの身体が忽然こつぜんと牢内から消失した。

 そしてほぼ同時に、数メートル先――開け放たれた拘留所の出入口の前にヒースの姿が現れる。


 それは、自身や対象物を〝視認できる範囲″で瞬時に移動させる能力ドナムだ。


 続いて男は一切あわてることなく奥の檻の中へ移動すると、鉄格子のドアに触れず、空間をねじ曲げるように出現した。突然目の前に現れた黒マントの男に、ニックとトルデルは悲鳴を上げる。


『ひぃっ!』

『だ、誰だ!』


 男は答えず、両手で二人の腕をがっちりと掴んだ。その力だけで、抵抗の意思をへし折る握力だった。


『静かにしろ……次の「処刑ショー」では、お前らのようなロクでもないヤツを命張ってまで助けようっていうバカは二度と現れないだろうぜ』


 マントの男は淡々とした調子で続ける。


『それともまたあの恐怖を味わいたいか?』


 ニックが恐る恐る見上げる。

 暗がりで顔の全貌は見えない。だが、口元が歪み、確かに笑っているのが確認できた。

 その笑みに2人の顔が青ざめた時、蝋燭ろうそくの明かりが差し込まれ、男の左ほほに刻まれた印が目に留まる。

 一度見たら誰もが二度と忘れないであろう、確かな特徴――。


『「XⅢ」のタトゥー? お、お前……何者だ!?』

『アクセス、《転送トランスポート》』


 言うや否や、3人の姿は跡形もなくその場からき消えたのだった。


 これは、自身や他者を問わず、どんな遠方でも移動させることが出来る能力ドナムだ。


 次の瞬間、彼らが立っていたのはブルタニー王国のバスチール監獄の内部だった。


『うわっ!? び、びっくりした……! な、なんだ、隊長じゃないっすか! お、お疲れさまですぅッ! この男は?』

『その牢にぶち込んでおいてくれ。銀の枷は外すなよ? コイツら2人ともイントルだからな』

『ハッ! 承知しました!』


 護衛隊の隊員は2人を檻へ押し込み、重い格子戸に鍵をかける。


『隊長、どちらへ?』


 タトゥーの男の周囲を、再び赤い光が囲み始めていたため、隊員は慌てて問いかけた。


『極秘任務だよ。放っておくと――国家の存亡に関わる事件を起こしかねない連中がいるんでね。尾行だ』

『はっ! お気をつけて!』


 隊長と呼ばれたタトゥーの男は一瞬だけ牢の方を振り返り、おびえ切った二人に淡々と告げた。


『よかったな、お前ら2人ともあのバカに助けられたんだ。これから5年くらい、このバスチールで大人しく務めとけ』


 ◆


 そして現在――。


「――で、気づいたら拘留所の入口に倒れてたわけよ。なんか風が差し込んだ気がして目が覚めたんだ」

「衛兵は? 誰も気づかなかったのか?」

「皆デスク前で気絶してた」


 ミツヤは窓の外へ視線を向け、首を傾げる。


「妙な話だな……でも、とにかく戻ってきてくれてよかった」


 一旦はそう言って、胸をなで下ろす。


 ところが皆が安堵あんどに包まれる中で、ひとりだけ違う表情を浮かべる者がいた。

 ビアンカは、ヒースを一瞥すると悔しそうに唇を噛む。


(おかしい。誰が手引きしたの? せっかくミツヤと引き離そうとしたのに――?)




 ***《次回予告》***


 ミツヤ:誰だったんだろうな、お前を助けたヤツ。

 ヒース:分かんね。けど、まぁいいじゃねぇか、助かったんだしよ! それにニックとトルデルもいなかった。

 アラミス:そっちは問題じゃねぇか? また罪を重ねるかもしれねぇし。

 ジェシカ:いえ、もう割り切ってちょうだい。早く次の国へ行かないと。

 ヒース:ジェシー、なんだ、急いでんのか? 次の国で何か……。

 ジェシカ:次回、第2章、第1話「謎の釣り人」。お楽しみに!

 ミツヤ:ついに第2章突入か。あれ、誤魔化された気が……?

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