16 ライトグリーンのポニーテール

 牢を出たばかりのミツヤの耳に、下卑げびた笑い声が刺さった。


 「そっちのかねも全部だ。その身なりで分かるぜ? いいとこの嬢ちゃんだよなぁ? 有りがね全部渡せば――俺たちでたっぷり〝可愛がった″後、売り飛ばすのだけは勘弁してやってもいいぜ?」


 ミツヤは反射的に足を止め、サッと街路樹の影へ身を寄せてのぞく。

 すると女性の華奢きゃしゃな腕を、いかつい角刈りの中年男が乱暴にねじり上げていた。周囲にはさらに6人が剣を向けている。


「私が持ってる全財産はこれだけです、渡しますから……は、放してください!」


 白いレースの袖口が揺れる。震える声で懇願こんがんするも、男たちはますますニヤけるだけだった。

 ミツヤはため息をひとつ吐き、ゆっくりと両手を前へ出した。


(……仕方ない、やるか)


 ミツヤの身体が、ふわりと黄色の光に包まれ始めた時だった。


 パァ――ン……!


 女性の腕を掴んでいた男の手が弾かれ、悲鳴が上がった。


「いでええええええええええッ!!」


 女性も、盗賊6人も、そしてミツヤも同時に銃声の方向へと顔を向ける。だが――撃った者の姿がどこにも見えない。


「なんだよ……アラミスか」


 銃声に反応して腰を落としていたミツヤだったが、肩の力を抜き、黄色の光をスッと引っ込めた。


「いちいちカッコつけ過ぎだろ。居たんならもっと早く出て来てくれよ」


 ミツヤが街路樹の影へ判目の視線を向けると、木陰から金髪を揺らして黒スーツの青年が歩み出る。盗賊たちとの距離はおよそ100メートルだ。


「か弱い女性に手を出すとは……」


 呟きと同時に、アラミスの目がキラリと光る。


(出るぞ、アラミスの百発百中のやつ)


 ところが、そう思った次の瞬間。

 ミツヤの期待を裏切り、アラミスは盗賊たちを一瞥いちべつすると、なぜか先にネクタイへ手を伸ばした。

 ――結び目をキッチリ整え、襟元えりもとを正す。

 この状況で、その余裕であった。


(待って……あの人、何やってるの?)


 アラミスへ視線を留めていたポニーテールの女性が、困惑したように小さく呟く。

 同時に、ミツヤの眉もぎゅっと寄った。


(いや、撃てよ。今すぐ撃てよ)


 そしてアラミスは、何事もなかったかのように肩からマスケット銃を下ろし、ゆっくりと構えた。

 銃口が盗賊たちを捉える。


 「――テメェら全員、ミッチーと入れ替わりにあそこの拘留所へぶち込まれてこい!」


 完全に「ヒーロー気取り」だ。

 ミツヤは思わずこめかみを押さえた。


(……だからそこが毎回ちょっと残念なんだ)


 盗賊たちは、相手がたった一人だと理解した瞬間、腹を抱えて笑い始めた。


「は――!? ア、アホだこいつ! ギャハハハハハッ!」

「なんだ今の! キメ顔の前に身だしなみチェックかよ!」

ォ! たった一人でそんなショボい銃持ち出して、俺ら全員を相手にできると思ってんのかァ!」


 しかし再び彼らに狙いを定めたアラミスの持つ銃には既に弾も装填そうてん済みだ。口元がわずかに上がる。

 再び響き渡る銃声。

 その隙を狙って瞬時にミツヤが女性へ駆け寄り、その細い腕を掴んで盗賊から引きはががした。


「君、今のうちにこっちへ!」

「あ……ありがとうございます!」


 女性をかばうミツヤの横で、アラミスの声が響いた。


「ナイスミッチー! あとは俺の独壇場どくだんじょうにしてくれんだろうな!?」


 その言葉にミツヤが呆れて振り返った時、既に盗賊たちの半数は足元に一発ずつ、かすり傷を負っていた。アラミスが撃ち抜いた弾丸は、ほんの紙一重で急所を外して痛みと恐怖だけを刻み込んだのだ。

 6人がその場にうずくまるまでに十数秒だった。


「い、いつ弾込めしてんだ……早すぎんだろ、コイツ……」


 うめき声を上げながら地面を転がる6人の盗賊を、ミツヤとアラミスは手早く縄で縛り上げ、近くの街路樹の太い根元へとくくりつけた。


「ところで――君、誰だい?」

「…………」


 女性はすぐには答えなかった。うついたまま肩を震わせ、小さく息を整えている。その様子は、ようやく恐怖が追いついたかのようにも見えた。


 程なくして、銃声を聞きつけた数名の衛兵たちが駆けつけてくる。


「お前……さっき牢から出してやったばかりだろ! もう厄介事やっかいごとか!?」


 露骨ろこつな疑念の視線がミツヤに向けられたが、女性が前へ出て事情を説明すると、衛兵たちの表情は次第に和らいでいった。

 賊たちの惨状と証言が一致したことで、疑いはほどなく晴れる。


 ――その時だった。


 証言を終えた女性が、去っていく衛兵へわずかに視線を送った……? ほんのまばたきほどの合図めいた仕草にアラミスの眉がかすかに動く。


(今の……見間違いか?)


 違和感が胸をかすめた、その直後。

 女性はくるりと振り返り、ぱっと花が咲くような笑顔を見せた。淡いグリーンの瞳が細まり、あまりにも無垢むくな表情にアラミスの疑念は、あっさりと溶けてしまう。最初から、怪しい点など何ひとつ無かったかのように。


「本当にありがとうございました!」


 そう言って、深々と頭を下げると、高い位置でまとめた淡いグリーンの長い髪が、さらりと肩口へ流れ落ちた。


「いやいや、当然のことをしたまでさ!」


 と、胸を張って言い切るアラミスだったが、そんな彼には目もくれず、衛兵たちは賊を引き立てて去っていった。

 盗賊と衛兵の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、アラミスはふと女性の肩元に視線を落とす。

 女性の肩がはだけていることに気づき、すぐにジャケットを脱いで彼女にかけてやった。


(…………)


 布越しから肩へ触れた時、アラミスは何かを感じ取る。

 だがすぐに女性が彼の手の甲に、そっと自分の白い手を重ねてきた為、疑念はスパーンと吹き飛んでしまった。


「あの……ありがとうございます」


 清純で控えめな声だった。

 それを聞きながら、ミツヤはというとアラミスの気遣きづかいに、ただ感心していた。


(ここまではいいんだけどな)


「お嬢さん、お名前は?」


 と、聞いたアラミスの目は既にハート型になっていた。


「ビアンカと申します」


 彼女はそう名乗り、まっすぐにアラミスを見つめ返した。

 淡いグリーンの瞳の奥に、狡猾こうかつな計略を隠しながら――。




 ***《次回予告》***


 ミツヤ:まあいいけどな、アラミス。大丈夫なのか?

 アラミス:大丈夫って何が?

 ミツヤ:ポニーテールの彼女のことだよ。

 ジェシカ:アラミス、この方は?

 アラミス:――次回、第17話「カスのリーダー」。みんな見てくれよな!

 ジェシカ:え? うそ、ごまかした!?

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