15 聖葬団(レギオン)の策謀

 アリーナの騒ぎを聞きつけ、十数名の衛兵がなだれ込んできた。

 彼らは、炎と雷の残滓ざんしをまだ身にまとったままのヒースとミツヤを、まるで猛獣でも囲うかのように包囲する。観客席から湧き上がる悲鳴、興奮、好奇のざわめき――それらを押し潰すように、指揮官の怒声が場内に響いた。


「その場から一歩も動くな!」


 続いてヒースたちへ視線を固定したまま、配下の者へ指示を出した。


銀枷ぎんかせを用意しろ! この2人、イントルーダーだ!」


 ヒースは、折れた剣を落としたまま呆然ぼうぜんとしている。そこへ衛兵がヒースとミツヤの前へそれぞれ3人ずつ付き、一気に両腕へ銀のかせをはめてしまった。それは銀で造られた、イントルーダー専用の拘束こうそく具――いわゆる、能力ドナム封じの枷だった。


「ま、待ってくれ! 俺たち人に何の危害も加えてねぇぜ!?」


 必死に叫ぶヒースとは対照的に、ミツヤは口を閉ざしたままだ。彼らに今更何を言っても、もはや届かないと悟っていた。


「ちょ、待てよ! 俺らは昨日、異形獣まものとそこのイントル達から街を守ったんだ!」

「黙れ! この大会を台無しにしたではないか! そもそも異能者イントルーダーはみな、脅威きょういでしかないだろうが!」


 数年前に起きた「イントルーダー災害」。

 数百人の命が失われたあの日以来、この国では「侵入者は災厄を招く」という憎悪が、民の心に深く染みついていた。


 騒ぎを遠巻きに見ていた闘技場の係員が、新人に小声でささやく。


「なんでここまでやるかって? あの事件の後からさ。悪事を働いたイントルは皆まとめて異形獣まものの餌だ。そうでもしねぇと……民の恐怖が抑えきれねぇんだとよ」


 それは裁きではなかった。

 イントルーダー達から恐怖を植え付けられた国が必死にすがっている――偽りの平穏に過ぎない。


 混乱の最中、裏口から逃げかけていたニックとトルデルも、別の衛兵に取り押さえられた。


「2度目だぞオマエら! 今日は全員まとめて拘留所へぶち込む!」


 2人は抗議するが、もはや誰も耳を貸さない。

 やがて、アリーナ最前列の運営本部席から感情のないアナウンスが流れた。


「非常事態発生につき、本日の闘技会は中止とします! 速やかに退場してください!」


 ブツブツ文句を言いながら、観客たちは雪崩のように出口へ押し寄せていく。

 その人波の中、武器預かり所へ向かっていたアラミスが、連行されていくヒースの姿を見つけ、額に手を当てた。


「ったく……。トラブル大好きだな、あいつら」


 ジェシカもしばし呆然としていたが、すぐに表情を引き締める。


「……連れていかれる。追うわよ、アラミス!」

「オッケー、ジェシーちゃん!」


 観客の混乱に紛れ、2人は預けてあったヒースの刀を回収後、こっそり衛兵の隊列を尾行することにした。


 ◆


 町外れに建つ、王都拘留所こうりゅうしょ――通称「銀の檻」。

 イントルーダーが一旦収容されると、無事に出てきた者はいないと噂されている。

 その一室に、力を封じられたヒースとミツヤが放り込まれていた。

 鉄格子は銀メッキで、うかつに触れることすら躊躇ためらわれる。

 牢内には薄汚れたベッドと、隅に簡易トイレがあるだけの冷たい空間が広がっていた。


 バァン!


 ヒースは鉄格子てつごうしを蹴り、苛立ちを吐き出した。


「クソッ……! なんで俺たちが捕まってんだよ!」


 自らこの騒動のきっかけを作ったとはいえ、気持ちの整理がつかない。

 対してミツヤは冷たい石の床に腰を下ろし、悔しさと無力感を胸に押し込めながら冷静さを保とうとしていた。


「はぁ……それを僕に聞くか? ったく、今の状況じゃ何言っても信じてもらえないよ」


 ヒースがガチャガチャと手枷てかせをいじるのを見たミツヤは、ムッとした表情で止めた。


「やめろよヒース。お前ならそんな枷、ドナムの炎使って溶かしてしまえるんだろうけど、ここで暴れると立場さらに悪くなるぞ」


 ヒースは5歳の誕生日に、じっちゃんから異形獣まものけとしてもらった銀のブレスレットをつけて育った。そのためイントルーダでありながら銀に抵抗力がついていたのだ。

 厚さ20ミリの輪っかなど軽く外せるがミツヤが止めたのは、これ以上「イントルーダー」という存在を、恐怖の象徴にしたくなかったからだ。


「ごめん、ミッチー。お前、気持ち悪いの我慢してんだよな」

「いいさ。僕は……3度目だ。だいぶ慣れた」


 個人差はあるが、イントルーダーが銀に触れると、たいていはビリビリとした不快な違和感を覚える。

 まして手足に拘束具こうそくぐをはめられでもすれば、吐き気を催す者がほとんどだ。中には立つことすらままならず、床に崩れ落ちる者もいる。


 ヒースは、ミツヤが声ひとつ漏らさずそれを耐えていることに気づき、それ以上は何も言わなかった。

 ジェシカとアラミスが、必ずなんとかしてくれる。

 2人は口に出さずとも、それが分かっていた。


 ◆


 さて、――2人が拘留されてから、20分ほどが経過した頃。入口の方がにわかに騒がしくなった。

 女性が1人、衛兵に厳しい目で何やら目的を告げている。


「監視対象の少年ミツヤの釈放依頼に来た、イントルーダー研究局の調査官よ」


 衛兵は目の前の白い軍服が、バチケーネの暗躍部隊である、聖葬団レギオンのメンバーであることを知っていた。


「はっ! お勤めご苦労様です! ――ですが、なぜミツヤを?」

「彼の能力ドナムは希少よ。調査のため、しばらく泳がせるわ。問題ない、私が直接尾行する」


 即座に理解した衛兵は背筋を正し、敬礼した。


「では、私は外で待つので、ミツヤを釈放して外へ出すように」

「はっ! 閣下によろしくお伝えください!」


 衛兵は鉄格子の前で足を止め、檻の中の2人を見下ろした後ミツヤへと視線を向けた。


「運のいいヤツだ」


 鍵を開ける。


「黒髪の少年、ここから出ろ」


 なぜミッチーだけ?

 ヒースとミツヤは、一瞬だけ視線を交わした。


「ヒース、意味分からんけど、ちょっと行ってくる」


 ミツヤが低い出口をくぐって振り返る。

 ヒースは石床に座り込み、膝を抱えてあごを乗せ、小さくなっていた。


 ――らしくないな。


 ミツヤは鼻で笑い、わざと軽い調子で言った。


「大丈夫。すぐ戻る。ちょっと待ってろ」

(アラミスはもう動いてる頃だな。行き違いになる前に合流しないと)


 出口まで連れていかれたミツヤは、そこで銀の枷を外された。


「釈放だ。本当に、もう二度とあんな真似しないでくれ」


 ミツヤは一礼して拘留所ドアのから外へ出ると、すぐに外気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 銀が染みついたような気持ち悪さも、少しずつ身体から抜けていく。


(……アラミス、ジェシー。今どこだろう)


 ミツヤが宿へ急ごうと街道を走り出したその時だった。街はずれの道端から異様な騒ぎが耳に飛び込んできた。

 荒い怒声と、下卑げび嘲笑ちょうしょう――誰かがからまれているようだ。


 「そっちのかねも全部だ。その身なりで分かるぜ? いいとこの嬢ちゃんだよなぁ? 有りがね全部渡せば――俺たちでたっぷり〝可愛がった″後、売り飛ばすのだけは勘弁してやってもいいぜ?」




 ***《次回予告》***


 アラミス:見ろ。言わんこっちゃねぇ。お前ら捕まりやがって。

 ミツヤ:それを言っても埒開らちあかない。これがヒースだから。

 アラミス:ったく……じゃぁジェシーちゃん、早速ヒースを脱獄させる計画たてるぞ。

 ジェシカ:待ってアラミス。その女性ひと誰?

 アラミス:うわ! なんて麗しい! 今度デートぐがァッ!!

 ミツヤ:次回、第16話「ライトグリーンのポニーテール」。ったくりないな、アラミス。

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