14 あの片翼をもげば楽勝よ

 ヒースは左手でブロードソードの柄尻つかじり近くを締め、薬指と小指へ力を込めた。

 右手を柄の上に軽く添えて体の正面で構えた――日本刀を握るような所作しょさだ。


 腹の真ん中に力を入れ、息を吸って意識を剣へ一点集中させた――オレンジ色の光がヒースの全身を包むと、ブレードから炎が噴き上がった。


 ボオオオォォゥッ――!


 刃全体を覆う炎に、観客席からワッと歓声が上がった。


「見ろ! あのガキ、イントルーダーだ!」


 怒号と歓声を背に、ヒースはクモ型の異形獣まものへと一直線に駆け出した。

 ヒースが蹴った地面から砂煙が舞い上がる。


「悪ぃけど――行くぜ!!」


 巨体の目前で踏み込んだ瞬間、クモ型の異形獣まものが前脚を振り上げた。

 天井を覆うような影がヒースの頭上に落ちる。


「でけぇ……」


 目の前へ振り下ろされる脚――。

 ヒースは咄嗟とっさに左へ半身、上体を反らしてかわす。


 ガァンッ!


 鋭い鉤爪かぎづめが地面へ突き立ち、石と砂が弾け飛んだ。


「っぶねぇな!」


 反動を利用して跳躍し、そのまま背へと飛び乗った。


火焔かえんの刃――!」


 クモの背に炎をまとった剣を全力で叩きつける。


 ――ギィンッ!!


「は……?」


 鈍い衝撃とともに、折れた剣の半分が空へ弾け飛んだ。

 どこにでもあるブロードソードの素材では、硬すぎる外殻がいかくに、剣が耐えられなかったのだ。


「おいおいマジかよ! あいつらにこんなボロい剣、渡してたのか!?」


 ヒースが入場前に預けた炎斬刀えんざんとうなら、炎であろうと異形獣まものの皮膚が硬かろうと折れたりしない。

 炎斬刀えんざんとうは、イントルーダーである長船六三郎おさふね ろくさぶろうという刀鍛冶かたなかじが日本から持ち込んだ玉鋼たまはがねを使い、その能力ドナムのチカラで仕上げたもの。ヒースの炎を最大限に引き出すためだけにこしらえられた一振りだ。


 だが今は違う。

 ヒースが握る短くなった剣でも依然、炎は揺らめくが、地面には折れた剣の先。


 巨大クモの複眼がヒースをとらえた。

 再び前足がヒースの頭上へ振り上げられる――!


「ヒース!! 下がれ!! 」


 ミツヤの怒声と同時に雷光らいこう炸裂さくれつした。

 彼の左手には、いつの間にか空気中の電気が集められ、バレーボール大の雷玉かみなりだまが形成されていたのだ。

 ミツヤが空へ放った雷玉は既に巨大グモの頭上5メートル上空にあった。いや、もうミツヤの右手もそこに届いていた……!


「っらああああああああ――!!」


 真上から、ジャンプスパイクの姿勢で腕を振り抜く。


 「雷霆爆弾サンダー・スパイク!!」


 バリバリバリィィィィィィィ――――ッ!!


 雷玉は直下のクモ型の異形獣まものへ叩き込まれ、一瞬で体全体に電撃が回った。

 ミツヤが着地した瞬間、巨体は痙攣けいれんし、やがて力を失ったように崩れ落ちて沈黙した。


 自然界における電荷でんかの量や分布は極めて複雑であり、わずかではあるが大気中には常に微弱な電場でんばが存在している。

 ミツヤはその散在する電荷を無意識に集束させ、雷のエネルギーへと変換する。

 家電レベルの数十ミリアンペアから、落雷に匹敵する数十キロアンペアの電流量すら自在に操ることができるのだ。

 もっとも本人は理屈までは理解してはいないのだが。


 アリーナ全体は爆発するようなどよめきに包まれる。


「やっべぇ……やっぱミッチーすげぇな!」

「……すげぇな、じゃないだろ。ほら見ろ、衛兵が動きだしたぞ!」


 ミツヤの指さす方へ視線を向けたヒース。

 観客席の外周から衛兵たちが十数名、足並み揃えてなだれ込む。

 彼らは、まだ息があるものの戦闘不能となった異形獣まものと、炎や雷を操る2人の少年を見比べ、互いに視線を交わした。そして合図のごとく頷くと、全員が同時に剣へ手を伸ばした。


「イントルーダーどもを捕えろお!」

「あーくそっ。逃げるか!?」


 ミツヤは呼吸を整えながらも、ヒースと同じく複雑な感情が胸に渦巻いていた。

 命があった安堵あんどと、またトラブルを背負いこんだ悔しさ……。

 しかし、たとえ皆の前で大立ち回りをしようとも、あの場面では能力ドナムを使わざるを得なかった。

 ミツヤは考える。逃げるか、このまま捕まって訳を聞いてもらうか――。


 ――さて、2階席の端。アリーナの様子へ視線を送る異質な2人がいた。

 この国では見かけない、白い軍服に身を包んだ女性とフードを被った人物。ミツヤの雷撃らいげきが大グモを沈めた瞬間、淡いグリーンのポニーテールは鼻で笑った。


「見たでしょ……あれが《雷撃らいげきのミツヤ》の攻撃」


 すると隣のフードの人物が観客の歓声に、両手で耳をふさいで答えた。


「確かに脅威きょういですね。ですが……昨日、隣街をおびやかした2人組のイントルーダーがここで血祭りに上がられるのを、彼らが放っておくわけない。そうにらんだ先輩の読み……それこそ驚異的です」

「あ、あら……上手いこと言うのね。めても何も出ないわよ」


 と、いいつつも、彼女は満更でもないといった風にアヒル口をつくった。


「いい? 『青い疾風ブルーゲイル』のヒースは確かに剣士としても、ドナム系イントルーダーとしても戦闘に全振りした脳筋」


 ふっくらした唇をつり上げる。


「だから、崩すならミツヤとアラミスという両翼から潰すわ」


 ポニーテールの女がアリーナ中央を指さす。その先で、フードの人物の視線は獲物を定めた捕食者のようにミツヤを捉えていた。


ずはあの手強てごわいミツヤを封じることがカギになってくるわけですね」

「フフッ、そうね……あの片翼をもげば楽勝よ……! けどあのヒースとミツヤは特に鉄壁のバディ、すぐには崩れない。だから――」


 と、彼女はフードの人物を見た。


「左方向……二階席、二列目の。ほらあそこ」


 ポニーテールの女は首を僅かに傾け、左上へ目配せする。


「アラミス――金髪スナイパーに仕掛けるわ。こっちから先に崩すことにした」


 フードの人物はほくろのある口元をわずかにゆがめた。


「先輩、まさか正攻法ではなく、色仕掛けですか?」


 ポニーテールの女は、組んだ膝の上に肘を置いて頬杖ほおづえをついていた。その視線の先では、アラミスが手すりに身を乗り出し、ジェシカと騒いでいる。


「そう。彼らの懐に入り込めば、他のメンバーをるチャンスも広がる。見てなさい。あの男、女に弱いって聞いてるから」


 そう言った後、彼女の淡いグリーンの大きな瞳がつやめいた。


「さすがは先輩。先輩の美貌びぼうひるまない男など、いるはずがありませんから」

「だから、その前にひとつやっておかないといけない」


 再びアリーナへ視線を戻すと、束ねたライトグリーンの髪がふわりとなびいた。


「このままだと、恐らく今日のイベントを荒らした2人は、あの犯罪者と一緒にムショ送りよ。それじゃぁいつまで経っても手が下せない、一旦ヒースからミツヤを引き離すわ」

「ミツヤだけ牢から出すと?」


 彼女はゆっくり口元を吊り上げた。


「そう、メンバーをひとりずつ切り離すのよ」


 彼女は妖艶ようえんな笑みをたたえて隣のフードを見る。


「期待していますよ、先輩。へき地から出てきた自警団が大教皇様の周りをウロつくなんて、あってはならないですから。彼らがお遊び集団だったってこと、きっちり証明してください……!」


 アリーナでは、まだ観客の興奮が続いていた。

 だがその裏で――アラミスを狙う罠は、既に動き出していた。




 ***《次回予告》***


 ジェシカ:ミッチーがいてくれて助かったけど、武器預けたまんまよ?

 アラミス:やっぱこうなるんだよな、クソッ。刀ねぇとアイツの攻撃、小学生並みだからなぁ。

 ジェシカ:アラミス。ヒースの刀、頼める?

 アラミス:しゃーねぇな。

 ジェシカ:次回、第15話「聖葬団レギオン策謀さくぼう」。お楽しみに!

 アラミス:なになに? うるわしの女性ならいつでもかんげグガァッ!!

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