12 血と歓声の闘技場

 ヒースたちは宿を出ると早速、大通りを闘技場方面へと歩き出した。


 朝だというのに、街はすでに熱気に満ちていた。

 道の両端には露店がずらりと並び、歩いていると焼けた肉の香ばしい匂いや、菓子の香りが鼻をくすぐる。到着前から既に祭りのようだ。

 闘技場が近づくにつれ、人の波はさらに厚みを増していった。


「うわ……この人たち、みんな闘技場へ向かってんのかな」


 と、ジェシカが肩をすぼめた。ミツヤは周囲を見回し、苦笑する。


「すごい人だな。まぁ『英雄の闘技会』っていうし。僕らの世界だと……2千年以上前、民衆の不満をらすために娯楽の見世物として開かれてた事もあるって聞いたよ。祭りともなれば全員血が騒ぐんだろうな」


 そんなミツヤの話はヒースの耳には届いていないようだ。鼻をひくつかせ、匂いの方へ吸い寄せられていく。


「おい、なんか旨そうな匂いするぞ!」

「そういやお前ら、朝飯食ってねぇんだったな」


 アラミスが指を差すと、そこには「タコ焼き」と「牛肉の串焼き」の屋台が見えた。

 この街だけではない。各国それぞれ異世界から流れ着いた者が自分たちの食文化を広めていたため、ミツヤには馴染みの料理も見かけることが多かった。

 とりわけヒースたちの出身地であるブルタニー王国では、米が栽培されていた事もあり、おにぎりなどの日本食も見かけることが多かったくらいだ。


 4人は小銭を払い、熱々の朝食を片手に闘技場の外縁へと向かう。


「なぁ、なんで今日タダなんだ? あ、これ美味うめぇな」


 ヒースが串をかじりながら言うと、屋台の親父が豪快に笑った。


「あんた、この街のモンじゃねぇのか。毎月この日は無料開放よ! なんたって主役は異形獣まものなんだからな!」


 『英雄の闘技会』とめいを打った試合にもかかわらず、なぜ主役は「英雄」ではないのか。妙な胸騒ぎを無理やり飲み込み、4人は無言で足を早めて闘技場の中へと向かった――。


 ◆


 巨大な石造りの円形闘技場――。

 古代ローマのコロッセオを思わせる威圧的な建造物が、王都の中心に影を落としていた。

 外周では既に数千の群衆が押し寄せ、旗が風ではためき、歓声は渦を巻いている。


 入口の検問で係員に止められた。


「申し訳ありませんが、武器はすべてこちらでお預かりします」


「はぁ!? 俺の刀もかよ」

「仕方ない、ヒース。『ごうに入ってはごうに従え』だ」


 ミツヤの言葉に無言で首を縦に振るジェシカもクロスボウを預け、渋々アラミスもマスケット銃を手渡した。

 手ぶらになったアラミスは、頭の後ろで手を組み、目を細めた。


「これはもう……いやな予感しかしねぇな」


 ◆


 2階席に着いた4人はアリーナを見下ろす。

 アリーナの内径は長径80メートル、短径55メートル。広すぎず狭すぎず、それは血飛沫ちしぶきが肉眼で見える距離だった。

 風で砂が舞うこの場内に、まだ誰もいない。酒と汗の混ざった匂い、観客のざわめきだけが渦を巻いていた。


 やがて――。

 場内アナウンスの男が腹に響く声で叫ぶ。


「さあ皆様お待ちかね! 本日の『英雄の闘技会』第1試合! 今月は、国内で捕獲された最も危険とされる異形獣まもの――」


 それを聞いた民衆がワッと盛り上がった。


「なんと超大型に分類されるタイプ5! しかも種別は昆虫系の中でも厄介なクモ型ときた! 粉砕力は最恐ランク、硬い甲殻はちょっとやそっとじゃ剣を通さない!」


 すると早速、アリーナの反対側の重厚な鉄扉が上方向へ引き上げられる……。


「さぁご注目あれ! 全長6メートル――毒牙8本の爪を兼ね備えた、処刑場の絶対王者だァ!」


 扉の奥から、ギギギギッというような、妙な鳴き声が聞こえた。

 巨大な影がゆらりと姿を現す。


 黒々とした短い毛に覆われた体。真っ赤な複眼がいくつか見える。

 8本の脚が地面を引っ掻き、牙がカチカチと鳴る。

 この異形獣まものと誰が戦うというのか……観客が歓声を上げる中、ヒースたちは凍りついていた。


「皆さま、お待たせしました! 本日の『英雄の闘技会』。この異形獣まものを迎え撃つは――2人の罪人だぁ!!」


 歓声が一気に爆発した。

 ヒースたちは一瞬、呼吸を忘れた。


「今……罪人って言ったか……?」


 ミツヤが座席から中腰になり、前を覗き込む。


 ガラガラガラ……。


 重い鉄扉が上へ引き上げられると同時に、係員が鎖を持って登場してきた。


 「……うそ、だろ」


 ヒースの声は震えていた。

 アリーナに引きずり出されてきたのは2人の青年――昨日ヒースたちが倒して拘束した、イントルーダーのニックとトルデルだったのだ。


 「なんであいつらが……!」


 ヒースもガバッと席を立ち、2列下のアリーナを覗き込む。


「おい兄ちゃん、立つなよ! 前が見えねぇだろ、座ってくれ!」


 後列の、片手にビールを持つオヤジがヒースに怒鳴った。


「あ、すまん!」


 ヒースたちからニックのいるアリーナまでは3メートルほど下だが、表情もよく見えた。

 驚くべきはその拘束だった。お互い、片腕同士が鎖でつながれ、足首までもが互いに50センチほどしかない鎖で連結されている。

 しかも、2人を拘束している鈍く光りを放つ鎖は銀製。どう見ても、自由な可動域はほぼゼロだ。これでは走るどころか、転ばずに立つのが精一杯だろう。


 ジェシカは生唾を飲み込み、真っ青になる。


「ちょっと待って。どうやってあの2人が異形獣まものを仕留められるっていうのよ!?」


 ミツヤは奥歯をギリリとならし、ニックとトルデルに視線を合わせている。


「銀の鎖……あれ、能力ドナム封じだ。銀は異形獣まものだけでなく、イントルーダーの身体能力を完全に殺す。本来の腕力もスピードも、何も出せないんだぞ……」


 ニックもトルデルも恐怖で震え、互いの体にしがみつくように立っていた。

 2人には武器としてブロードソードが手渡されてはいるが、もはや悪い冗談にしか見えない。


「いいぞー! 生き残ったら無罪だ!」

「ハ――ッハッハッハ! 無理だろそんなもん、見せ場つくれよぉ!」


 二人を見る観客の嘲笑ちょうしょう容赦ようしゃなく浴びせられる。

 よりいっそう熱を帯びた歓声が覆いつくすと、場内の活気を確認したかのように開始のアナウンスが流れた。


「第一試合――相手は超大型タイプ5! 開始だ――!」


 ジェシカの唇が震えた。


「タイプ5って……最強格じゃない! しかもあの2人、能力ドナムしか使ったことがないイントルなのよ? 剣なんて使えるかどうかも分かんないのに!?」


 アラミスは拳を握りしめた。


「銀の鎖で封じて、動けねぇ状態で放り込む……これじゃぁ最初から殺す気満々じゃねぇか……! これがだっていうのかよ!」


 ヒースの目が鋭く光る。

 そして――気づけばヒースの足は、席を離れてアリーナの方へ向かって動きだそうとしていた。




 ***《次回予告》***


 アラミス:ミッチー。前を見ろ。

 ミツヤ:ああ……ヒースの奴、マジかよ。

 ジェシカ:はぁ――。この展開、もはや定番なんだけどね……。

 アラミス:ジェシーちゃん、取りえず次回予告だ。

 ジェシカ:うん。次回、第13話「見てらンねェだろう!?」。ミッチー、どうしよう!?

 アラミス:ジェシーちゃん! 俺がいるじゃないか! 君は俺がまもフゲェッ!

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