10 出立(しゅったつ)前夜の誓い

 その夜、ヒース達4人は、街の中心にある小さな宿に身を落ち着けていた。

 木枠の窓からは、遠くの酒場のざわめきがかすかに流れ込み、久しぶりの柔らかなベッドが旅の疲れをゆっくりと吸い取っていく。


 男子3人が寝泊まりしている一室では、遊び疲れたヒースとミツヤが、散らばったウノのカードを片づける気力もないまま眠り込んでいた。

 壁に取り付けられた蝋燭ろうそくあかりが、3人の寝顔を淡く照らしている。


「うーん……ジェシーちゃん、ブラ小っちゃくなっただろ? この色なんか似合うとブゴォッ! つ、つれないジェシーちゃんも大好きだ……」


 アラミスの寝言が静寂せいじゃくを乱し、ミツヤはむにゃむにゃ言いながら寝返りを打つ。


 ダンッ。


 乱暴に放り投げた片足が隣のヒースのベッドへ豪快に乗り上げたが、それにも全く反応しない程、ヒースは深い眠りに落ちていた。



 ――その時、ヒースのまぶたの裏では記憶の扉がゆっくり開いていた。

 それは2週間前の、近隣諸国の調査を終えて国を発つ直前――護衛隊本部で行われた、あの会議室の光景だった。


 ◆


 ブルタニー王国、王都オルレオンのルーバル宮殿。王宮内の一角にある護衛隊本部駐屯所、その作戦室。

 重厚な扉が閉まる音と同時に、張り詰めた空気が室内に満ちた。


『ちょっといいかクロード、そんなこと、いったいこの中で誰が出来るっていうんだ?』


 机の端で、第1隊隊長ウォーカーが立ち上がる。


 作戦室には護衛隊の各隊長8名、そして国王より「護衛隊特殊部隊」として任命されたヒースたち6名が並んでいた。

 ヒースの仲間であるルエンドは、第3隊副隊長として隊長の隣へ座り、同じく仲間のドクは医療班兼異形獣まもの対策チームの一員として第2隊に一時残留ざんりゅうしている。


 手元の資料へ目を走らせているのは、元第3隊隊長にして現在は総隊長へ昇格したクロードだった。

 険しく形どった眉はぴくりとも動かず、室内の空気だけが張りつめていく。

 すると、第4隊長サバランが机を指で、トンと音を鳴らして口を開いた。


『総隊長、相手が悪すぎますよ。バチケーネは大教皇が統治する独立国家。世界人口の8割を抱える


 静かだった空気に、ピリリと緊張が走った。

 サバランのその意見に、第5隊隊長ベルジュが追い打ちをかける。


『いいですか。我らが「ブルタニーの代表」として動くこと自体に問題があると言っているんです。そもそも、?』


 その場にいた全員が、返す言葉を失った。

 誰も軽口ひとつたたけない、重い現実がそこにあった。


 数秒の沈黙ののち、クロードはゆっくりと資料を机へ置いた。


『第2隊ジャック隊長の報告では――バチケーネ近辺の施設で異形獣まものが大量に収容されている。さらに「青い疾風ブルーゲイル」の情報では、複数の国に異世界へ繋がる「揺らぎの穴」が確認され、異形獣まものが馬車でバチケーネへ運搬されている』


 室内の温度が何度か下がったようだった。

 その次の言葉は、さらに重かった。


『考えてみてくれ。万一、大教皇がトージのような侵入者イントルーダーだったら……?』


 隊長たちの背筋は一斉にゾクリとした。

 誰もが息をするのを忘れたように静まった。


 その沈黙を破ったのは、迷いを吹き飛ばす、威勢のいい声だった。


「クロード総隊長、要は――俺達が大教皇の身辺を探りゃぁいいんだろ?」


 隊長たちの視線が一斉にヒースへ突き刺さる。

 しかしヒースはひるむことなく、さらに踏み込んだ。


『ブルタニーの代表としてじゃねぇ。俺達「青い疾風ブルーゲイル」が独断でやれば問題ねぇんだろ?』


 その言葉は会議室の空気を一変させた。

 隊長たちがざわつく中、クロードだけは予想していたように苦々しく重大な言葉を告げる。


『……この任務を解くまで、決して「ブルタニー護衛隊」の名を出してはならない。そのうえ、王室も我々も「青い疾風ブルーゲイル」とは……それでも構わないと?』


 水を打ったように静まり返る会議室。それを破ったのはヒースの豪快な声だった。


『ハッ! まだ俺達を解ってないのか? むしろ燃えてくるぜ!』


 その瞬間、場の誰もが言葉を飲んだ。


 ――彼らなら、そう言うだろう。

 元総隊長トージの悪事に何度も巻き込まれ、死地へ追い込まれて尚、前を向いて突き進んできた6人だ。

 クロードには、それが痛いほど分かっている。


 それでも、彼は問わずにはいられなかった。


『君達は、なぜそうまでして危険な任務に挑むのだ?』


 ……これから先、誰も彼らを助けてやれない。


 国で見守ることしかできないクロードは、あまりに孤独で過酷な任務へ向かう少年たちの「覚悟」と「真意」を確かめることで、せめて、わずかな安堵あんどにでもすがりたかったのかもしれない。


 ヒースは迷わずに答えた。


『このミッチーから言われたんだ。今の俺の命は、色んな人の力で繋いでもらったんだって。拾ってくれた六ジイ、育ててくれたじっちゃん、助けてくれた仲間たち……みんながいたから俺はここにいる。なら今度は俺が恩を返す番だろ? 助けてくれた皆が安心して暮らせるような世界にしないとな!』


 クロードは親指と人差し指で熱くなった目頭を押さえ、しかしその口元は微笑んでいた。


 ◆


(そうだ。あの日、俺たちは決めたんだ。国王からもらった護衛隊特殊部隊の称号を一旦返上し、自警団に立ち戻って必ずやり遂げると――!)


 ヒースの横で、仲間たちが力強く頷く。

 ミツヤ、ジェシカ、アラミス。

 そして、今は護衛隊第3隊副隊長となったルエンド。

 第2隊に残り救護と異形獣まもの研究に尽力するドク。


(バチケーネを調べ、もし大教皇が異形獣まものを使って何か企んでいるなら――俺たちが止める! 守ると決めたんだ。この世界も、仲間も……全部!)




***《次回予告》***


 ミツヤ:なんか、ずっと誰かの寝言が聞こえてた気がすんだけど――。

 ヒース:俺は知らねぇぜ。コイツじゃねぇか? どうせ毎日R18の夢に浸かってんだろ!

 アラミス:夢の中までお前らにどうこう言われる筋合いはないぜ?

 ジェシカ:いい? ルエねぇを想像するだけでも禁止よ! さ、ミッチー次回予告!

 ミツヤ:次回、第11話「チェスキー王国の影」。どうやらこの国、イントルに対して敵視が過ぎるようだ。

 ヒース:出た、ミッチーの心配性! 次回、みんな見てくれよな!

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