9 引き渡し

「本当に助かりましたよ。この二人、隣国でも異形獣まものを使って人を襲わせていたことで、手配書が回っていたんです」


 ヒースが見ている手配書には、ニックらの似顔絵がはっきりと描かれていた。


 あの戦闘で街の警備隊員のほとんどは、ニックの水流攻撃を受け、その場に倒れ込んでいた。

 だが、異形獣まものとイントルーダーの脅威きょういが消えると、状況を飲み込んだ彼らは手配書をヒースに差し出したのだった。


「そうか。……さっきのイントル二人に、じっくり聞きたいことがある。どこに連れて行かれた?」


「駐屯所です。この街の外れに黄色い建物がありますので、そこに」


 隊員が示した方向に、2階建ての建物が見えていた。


 ◆


 「さっきのイントルに聞きたいことがあんだが」


 ヒースたちは、ニックとトルデルがどこからこの世界へ来たのか――「穴」の場所を突き止めるため、警備隊の駐屯所を訪れていた。


 部屋の中では銀製の鎖で拘束されたニックとトルデルが床に投げ出されている。


 銀は高価で一般の自警団には扱えない金属だが、異形獣まものにも異世界人イントルーダーにも強く作用する。

 特に慣れないイントルーダーは、銀の前では立つことすら難しくなるのだ。


 ニックはうっすらと意識を取り戻し始めていたが、トルデルは全身の力を奪われ、ぐったりと横たわっていた。


「ですが、あなた方……このイントルーダーに一体何を聞きたいんですか?」


 ヒースは肩をすくめると、拘束された2人をあごで指した。


「こいつらがどこから来たか、さ」


 その言葉に、ニックの眉がビクリと跳ね上がる。「元の世界へ戻される」とでも思ったのだろう。

 ヒースはその動きを見逃さず、腕を組んだまま淡々と続けた。


「イントルーダーってのは、異世界の穴からやって来る。どこにいくつあるかも分からねえが。俺たちは、その穴を探してんだ」


 それを聞いた警備隊員が首を傾けた。


「穴? それを見つけてどうするんですか」


 かつてブルタニー王国で悪用されていたあの穴は今、新体制となった護衛隊が厳重に管理している。本来ならこの手の話は、国王を通じ、正式に各国へ伝えられるべき内容だ。

 だが、それでは何週間も遅れる。ヒースは、なるべく迅速に被害を抑えようと、今ここで告げるしかないと思った。


「信じられねぇとは思うが、よく聞け。こいつらイントルーダーが故郷の世界に戻り、また同じ穴を通ってここへ戻って来た時――」


 ヒースは隊員の目を見て、はっきりと言い放った。


「――そいつは異形獣まものに変わっちまうんだ」


 隊員たちは一瞬、呼吸を忘れたかのように沈黙した。


「な、なんて言いました!? 人間が異形獣まものに……?」


 隊員が青ざめる中、ニックが荒っぽい声で怒鳴った。


「てめぇ、今なんつった!? 俺たち、穴を通って帰れるなんて初耳だ! しかも、なんだ? 二度目で異形獣まものだと? 馬鹿言うんじゃねぇ!」


 ヒースはゆっくりと歩み寄り、トルデルを指さしながら、顔をニックの目前20センチまで近づける。


「そこの黒髪のヤツは話せる状態じゃねぇ。だから明日、改めて聞くつもりだった」


 そして低い声で、逃げ道のない真実を突き刺した。


「帰れるなら帰れ。その方がこの世界の者も助かるってもんだ。だが――」


 ヒースの瞳が熱を帯びた決意にゆらめく。


 「二度とこの世界へ戻ってくるんじゃねぇ。戻った瞬間……お前らはもう、んだからな!」


 その言葉に、ニックの顔色がさっと変わった。


「数十秒でだ」


 付け足したミツヤの短い言葉は、警備隊員達の背筋にも冷たいものを感じさせるに十分だった。


「じゃあ……さっきのクモ型とか、狼型とか、あれは……」


「混ざるんだよ」


 ヒースは遠くへ視線を移して答えた。


「穴の中で、一緒に入り込んだ生き物と、だ」

「……混ざる?」


 警備隊員の一人が、理解を拒むように怪訝けげんな顔をする。ヒースは口をへの字に曲げ、今まで見てきた異形獣まものの例を挙げた。


「クモと一緒に落ちりゃクモ型。熊なら熊型。トカゲならトカゲ型。混ざる生き物で姿も性質も変わる」

「そんな……じゃあ、あいつら異形獣まものは、もとは異世界の人間だっていうのか……」

「そうだよ。だから殺さないで捕獲に徹して欲しい。なぜなら」


 ミツヤがヒースと警備隊員の会話に入った。


「30日の絶食で人間に戻る。代償として、身についた能力ドナムは全て消えるけどな」

「30日の、絶食……?」


 警備隊員は思わずニックを見た。この男も異世界への穴を通って、またこちらの世界へ再びやって来た時、生き物と混ざって異形獣まものに変化する、というのか――?


 ニックはうつむき、何かをえるように唇を噛んでいる。

 そんな彼をヒースは冷ややかに見下ろした。


「こいつらは戻らない。いや、戻る気がねぇな。イントルーダーの力を手に入れた自分がつえぇと勘違いしてやがる」


 そう言われたニックは、ここの世界へ来る前の自分の境遇を思い浮かべた。


(そんなもん、帰りたいわけ、ねぇだろうがよ……)



 ――シドニーの名門大学を中退したニックは、無職のままやりたい事も見つからず33になった。


 親のすねかじるだけで、素行の悪い集団とつるみ、昼間はボンダイビーチ、夜はキングスクロスで時間を潰す毎日。優秀な学生だった同級生たちは皆、エリート社会人。ばったり再会したその姿に、自分だけが取り残されたようで――みじめな思いは怒りへ変わり、やがてクスリにまで手を伸ばしていった。


 ――いっそ、こんな世界などなくなればいい。

 無気力な日々の果て、クスリで朦朧もうろうとしたままビーチで溺れた。目を開ければ、この異世界だった。

 そこで出会った同じ境遇のトルデルと、気づけば意気投合していた。


 こうして抑えきれない鬱屈うっくつ矛先ほこさきは、次第に「幸せそうに暮らす誰か」へと向かっていったのだった。



「イントルーダーがこっちへ来る時に得た力を犯罪に使う奴が後を絶たない。評判は悪くなる一方さ。だから、僕らも出来る限りイントルーダーだってことを知られたくないんだ」


 ミツヤが手をヒラヒラさせた。


「あんたら警備隊で引き取ってくれ……このまま人間として裁かれて改心してくれりゃいいけどな」


 警備隊員は、今聞いたこと全てを信じきれないという顔をしつつも、一旦深く頭を下げた。


「あなた方、異国の自警団で『青い疾風ブルーゲイル』って言いましたね……本当に感謝します」


 ヒースとミツヤは軽く手を振って背を向けた。


「明日、また来ます!」


 ミツヤはぺこりと頭を下げ、ヒースと2人、警備隊の駐屯所を後にした。

 2人が夕焼けの大通りでジェシカとアラミスに合流する頃、ニックの悔しそうな声だけが駐屯所に響いていた。


 だが――ニックたち二人をこの国にゆだねたその判断が、のちにヒースたちの運命を狂わせる「出会い」へと繋がることを、この時の彼らはまだ知らなった。




 ***《次回予告》***


 ヒース:ミッチー、やっぱこの国にも異世界の穴があるようだぜ。

 ミツヤ:ああ。異形獣まものが増えないように、ブルタニー国王から管理の必要性を知らせてもらわないとな。

 ジェシカ:でもあたし達の本来の目的は、大教皇が穴を悪用してないか確かめることよ。

 アラミス:さすがジェシーちゃん! しっかりしてるなぁ。

 ジェシカ:ちょっとアラミス! あんた何、手に持ってんのよ!?

 アラミス:ああこれ? 洗濯物取り込んでおい――フゲェッ!

 ジェシカ:次回、第10話「出立しゅったつ前夜の誓い」。勝手にあたしの下着に触らないで!

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