8 そのスナイパー、難あり

 ヒースから数百メートル離れた3階建ての建造物。その屋上に、黒いスーツをまとった金髪の青年が腹ばいになり、マスケット銃を構えていた。

 額にかかる前髪を払いのけ、標的――ヒースの背後に迫る異形獣まものへ狙いを定めた。

 ヒースの後方で動けずに伏している警備隊員たちは、ヒースの視線の先に気づき、誰かが狙撃を試みているのだと理解する。


「おい見ろよ! あそこだ! あんな距離から狙う気か!? 訓練を受けた俺たちでも50メートル先で外したんだぞ!」

「マ、マジかよ……だとしたら、すげえ伝説級だ!!」


 彼らの目は、まだ見ぬ金髪スナイパーの圧倒的命中率にざわつき、胸を躍らせ始めた。

 ところが次の瞬間、そのスナイパーは眉を寄せて視線をわずかにらしてしまう――。

 彼の視線の先では、ヒースのずっと左――風にあおられたジェシカのスカートがふわりと持ち上がろうとしていたのだ。


「きゃっ!?」


 スカートを押さえるジェシカの姿を見て、銃を構えた青年は目を見開く。


「ジェシーちゃん!? 何という無防備な……っ!」


 狙っていた異形獣まものから、銃口がスッと外れる。


「標的変更――最優先はこっちだ……!」


 青年は銃口をらすと、狙う場所をヒースの背後ではなく、ジェシカの左後方――木の枝へと移した。


 ――パァァンッ!!


 乾いた銃声が空に響き渡る。

 弾丸は枝を撃ち抜き、風を遮るものが地面へと落下した。

 風向きが変わり、ジェシカのスカートは静まる。


 ……だが。


 その代償として、ヒースが死に直面した。

 背後の異形獣まものの牙が、ヒースの頭部スレスレをかすめたのだ。


「っ、うおおおおおおお――っ!?」


 跳ねるように振り向いたヒースは、刀を横薙よこなぎに振るい、敵の喉を裂いて緑の血を撒き散らしながら怒鳴った。


「コラァッ! どこ撃ってんだアホオォォォォッ!!」


 ジェシカは大きな水色の目をぱちくりさせる。


「今、あたしのすぐ横で銃声したわよ!?」


 見ていた警備隊員たちは眉根を寄せて首をかしげた。


「いや、外したのか? 今の……?」


 だがヒースは分かっていた。

 数百メートル先から、異形獣まものの眼球ですら正確に撃ち抜くあの金髪スナイパーが、この程度の距離で外すわけがないことを――。


「あのエロ野郎、絶対ロクでもねぇ事考えてたに決まってらぁ!」


 毒づきながらヒースが屋上を見ると、金髪の青年は眩しい笑顔で銃を担ぎ、左手でサムズアップを突き出していた。


「――完璧な角度補正。視線から尊厳そんげんも守り切った……フッ、今日も正義は俺に微笑んだな」


 その声が届いたのかどうか。ヒースの額に青筋が浮かぶ。


「おい! アラミス!! テメェどこ狙ってやがんだ!」

わりぃが、大切だ」

「意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇ!」


 アラミスは、建物の屋上から軒先の店舗用テントをクッションにして軽やかに地上へ飛び降り、涼しい顔で歩いてくる。


「いいかヒースよく聞け。俺は常に人々の為に戦っている」


 そしてヒースと目が合った瞬間、アラミスはビシィッと人差し指を向けた。


「しかし! 時としてこともある!」

「テメェの守備範囲オカシイだろ!!」


 ジェシカが顔を真っ赤にしてき上がる。


「アラミス!! まさか、あたしのスカートの中、見てないでしょうね!」

「おっと、それは否定しない。俺の視力は10。風の流れも君の心拍もスカートの動きも――全て見えるのさ」


 タタタタタ――ッ!

 ジェシカは既に走り出していた。


「今日は水色――フゲェッ!」


 ジェシカの飛び蹴りがスパーンとアラミスの側頭部にクリーンヒット。

 ミツヤは額を押さえ、苦笑する。


「このエロスナイパー。そこで死ぬまで寝てろ!」


 状況をようやく理解した警備隊員たちは、安堵のあまり、へたり込みながら声を上げた。


「き、君たち、たった4人でイントルーダー2人とタイプ3の異形獣まもの3体を――?」

「なぁ、あんたらもイントルーダーだろ? どこの国の出身だ? あんな技、初めて見たぞ!」


 すると、ヒースは炎斬刀を腰のさやへ戻し、警備隊の男へ向き直った。ヒースの横へ、ミツヤ、ジェシカ、それに頭の周りに星がクルクル回っているアラミスがふらつきながら並ぶ。


「俺たち、ブルタニー王国から来た『青い疾風ブルーゲイル』ていうちっせぇ自警団さ」


 ヒースの黒コート、ミツヤの黒ジャケット、ジェシカの黒いギンガムチェックのスカート、アラミスの黒スーツ――4人の黒い衣服が風にあおられて、パタパタとはためいた。


「ああそうだ、念のため言っとくが、俺とミッチーはイントルだけど、ジェシカとアラミスはこの世界の人間だぜ?」



 3階建てのアパートの屋上から見ていた白装束の2人は、やるべき事が終わったのか、双眼鏡をふところへしまった。


「ヨハン。見世物は終わりだ。帰るぞ」

「サイモン殿、もう尾行は終了ですか? 」

「彼らはこの国を出発すれば次に、我々の国へ入国する。行動に移すのはその時だ」


 サイモンはジェシカに一瞥いちべつを送り、白衣をひらりなびかせてきびすを返す。


「あ、待ってください!」


 白装束の2人はその場から姿を消した。




 ***《次回予告》***


 ヒース:アラミスてめぇ! わざと外しやがったな!?

 ミツヤ:まぁまぁ、あれだろ、アラミス? ヒースには援護は必要ないって思っただけだろ?

 ヒース:あ? そっか……ま、そりゃぁそうだよな。

 アラミス:そうさ。くたばってくれたら静かで助かるしな!

 ミツヤ:スト――ップ! ジェシー、もう次回予告いってくれ!

 ジェシカ:ったく、ほんとウチの男子ってバカ。次回、第9話「引き渡し」。絶対見てよね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る