2 白装束(しろしょうぞく)の影

 オレンジ色の髪を激しく揺らし、街路がいろを蹴って全速力で駆け抜けるヒース。その胸には、あせりが渦を巻いていた。チェスキー王国へ入国した際、旅人たちが「異形獣まものが街へ入り込んだ」と騒ぎ立てていたのだ。


 ヒースが向かう先には、赤やオレンジ色の外壁が連なる、美しく活気ある街並みが広がっていた。しかしそこへ――街の人々の悲鳴と叫び声がとどろく。


「また出たぞ! 異形獣まものだ――ッ!」


 民家の間から蜘蛛くもの子を散らすように人々が逃げ惑い、その前へ黒い影が突っ込んでいく。全長5メートルを超える、狼型の異形獣まもの。その四肢ししが石畳を踏みしめる度、鋭いツメが地面をえぐり、硬い石すら粉砕された。


 グルルォォォォォォ……!


「昆虫系ではないが5メートル級だ……けどこれならギリギリ、タイプ3か。何とかいけそうだな! みんな教会へ走れ! 警備隊が来るまで俺たちが食い止める!」


 群衆の最後尾で、剣を構えながら人々を誘導するのは、自警団「チェスキーのきば」の団長だ。


「助かった! 『チェスキーのきば』だ!」


 上下ツナギの制服に身を包んだ8人の自警団員たちが、勇敢にも一斉に剣を抜く。


「みんな下がってろ!」


 彼らのオレンジ色をした制服の胸には、国旗の紋章と同じ牡鹿おじかの印が見える。増え続ける異形獣まものに対し衛兵や警備隊だけでは手が足りず、自警団は今や各国に不可欠な存在となりつつあった。


 ――その時、レンガ造りの3階建てアパートの屋上から高見の見物をしている2つの影があった。


「……下を見てみろヨハン」


 全身を白い布で覆い、頭には高く尖った三角の頭巾をかぶっている。目元だけが楕円だえんにくり抜かれているだけで、顔は完全に隠れていた。風にたなびく白い衣装は足の先まで覆っており、どこから見てもこの街の住人とは程遠い。


 そのうちの一人、サイモンは双眼鏡をのぞき込みながら口元をゆがめた。


「『チェスキーの牙』には悪いが、この程度の自警団では厳しいな。まだあと3体、後ろから来ている。だが――」


 双眼鏡を左へ動かす。


 「――さっき、すれ違った一頭立て馬車の4人組。隣国で8メートル級の上位種、タイプ5の異形獣まものを仕留めた奴らだ。あのタイプ3なら2分で片がつく」


 ヨハンと呼ばれた若い男がサイモンの言葉に驚き、振り向く。


「2分ですと!? そんな凄腕が……! サイモン殿……では、我々は観察に徹するだけでよろしいのですか?」

「そうだ。首席執行官しっこうかん殿のめいは情報収集。手出し無用だ。奴らは、監視対象だからな」


 白い頭巾の中で、サイモンの唇がわずかに吊り上がる。


「奴らの能力ドナムが本当に〝神の加護″なのか、それとも〝異世界からの汚染″か――それを見極めるのが我らの仕事だ……だがどの道、排除はいじょ対象になるだろう。所詮しょせん侵入者イントルーダーは皆同じだ」


 どうやらサイモンたち白装束しろしょうぞくの2人は街の人々を助けるつもりはないようだ。そんな中、サイモン達が見下みおろす下の路地では、黒髪の団員がマスケット銃を構え、震える呼吸を整えていた。


「距離は100メートル程か……ちょっと遠いな。射程距離50メートルを越えればもう神頼みだが、やるしかない」


 標的の異形獣は、50センチはある巨大な牙をき、赤い瞳でこちらを射抜く。今にも跳びかかってきそうだ。しかし意外に気持ちは落ち着いていた。団長の号令と同時に――引き金を絞る。


 ズドォ――――ンッ!!


 閃光せんこうと共に硝煙しょうえんの匂いが辺りを満たす。

 弾丸は一直線に異形獣まものの首へ進んだが、厚さ15センチもの皮膚をわずかにかすめただけだった。


「団長! 外してしまいました!」


 異形獣まものは首をほんのわずかに傾けただけで、ゆっくりとその赤い瞳を自警団の男へと向けた……。


「ひ、ひえぇえええええっ!」


 自警団の男の口から思わず恐怖の声が漏れる。屋上のヨハンも、双眼鏡を持つ手を震わせた。


「み、見ましたか!? サイモン殿、やはりマスケット銃では命中精度に限界が……!」


 だがサイモンは微動だにしない。

 その視線の先で、ブロードソードを握り締めた団長を先頭に7人の団員が一斉に路上へ飛び出した。


「う……うそだろう? なんてサイズだ――」


 思わず団長の声がれる。それもそのはず、1頭立て馬車が並んで走行できる道幅をたった一体の狼型の異形獣まものが塞いでいるのだ。その大きさに7人の心臓が爆音を上げる。

 しかし最も恐れるべきはその牙と脚力だった。巨大な狼はわずか2度の跳躍で50メートルもの距離を詰めたのだ。


「なっ……!?」


 自警団長が剣を構えた瞬間、牙が光った!


 ザシュッ!!


「う、ああああああああッ!」


 団長の手首から先が瞬時に消え、鮮血が宙を舞う。

 腕を食い千切ちぎられた団長の悲鳴が街に響く。その光景に団員たちの恐怖は臨界りんかい点を突破した。

 

「団長殿おおおおおおっ!」


 そして、狼型の異形獣まものは足のすくんだ団長の体をくわえ、彼を壁へと叩きつける。


 ドシャッ!


 赤い血だまりが、石畳を染めるように広がっていく……。

 屋上で一部始終を見ていた白装束しろしょうぞくのヨハンは、その惨劇さんげきを前に崩れ落ちてしまった。


「どうしたヨハン。そんなことで、この後の惨劇に耐えられるのか?」




 ***《次回予告》***


 ミツヤ:ヒース。一人で先に行って、相手が手に負えない能力もったイントルーダーだったらどうするつもりだ。

 ヒース:ミッチー。今更、俺を見くびってんのか?

 ミツヤ:へぇ……またぶっとく出たな。

 ヒース:だってよ、俺にはミッチーがついてんだ。何かあったら飛んできてくれんだろ?

 ミツヤ:…………あっきれた、そういうことか。それよりヒース、次回予告だ。

 ヒース:おっと、そうだったぜ。次回、第3話「侵入者(イントルーダー)」。楽しみにしててくれよな!

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