3 侵入者(イントルーダー)

 ヨハンはサイモンの冷酷な声を聞き、思わず自分より頭ひとつ分背の高い彼を見上げた。2人とも頭巾を被っているため当然、互いの表情は見えない。それにもかかわらずヨハンには、サイモンが口元を吊り上げているように思える――そんな声色こわいろだった。


「ど、どういうことでしょうか……?」


 その返答を待つ間もなく、石畳を叩く馬蹄ばていの音が街路に響きはじめる。この国の警備隊が駆けつけてきたのだ。ヨハンはホッと胸を撫でおろした。


「援軍だ――警備隊だ!」


 20名の騎兵が到着し、馬を降りると一斉に剣を抜く。


 本来、異形獣まものは皮膚の厚みが平均10センチを超え、並の刃では傷すらつけられない。しかし精鋭である警備隊は熟練の剣技と連係で狼型の異形獣まものを押さえ込み、激闘の末ついにその首を断ち落とした。

 やがて緑の血が路上を染め始めると、緊張の糸が切れたかのように皆が一斉に歓声を上げた。


「助かった! やはりこの国の精鋭は違いますね」


 やれやれ、とばかりにヨハンの肩がスッと下がる。サイモンの言った「この後の惨劇」も、ただの思い過ごしだったのだと。しかしその安堵あんどは、一瞬で打ち砕かれることになる。


 ザッツ、ザッツ……と、石畳を踏む靴音が警備隊員へ近づいてきた。


「おいおい――俺のエリザベスちゃんをこんなにしてくれちゃって、どーしてくれんだよぉ?」


 赤茶色の短髪でデニムパンツに茶系のジャケットの若者。上着の袖に腕を通さず、肩に羽織っている。


「そうだぜ。俺たち、餌やろうと連れてきただけだぜ!」


 と、隣の男は伸びた黒い髪を後ろで1つ束ね、黒いジャケットを着ている。警備隊員は悪意をふりまく若者2人を当然のように取り囲む。その様子を屋上から見ていたヨハンは、双眼鏡越しに目を見開いた。


「あの2人、ここへ来る途中で見かけたあの若者では!? けど……な、なんですかあれ、体が白い光に包まれていきますよ!」

「……そうだよ。彼らは能力ドナムを持った侵入者イントルーダーだからな」


 白い光――それは紛れもなく、侵入者イントルーダーの証だった。警備隊員たちは恐怖のあまり、全身の毛が逆立つのを感じて数歩後ずさる。


「なんだと!? お、お前たちがあの異形獣まものを連れてきたって言うのか!?」


 武器を構え直し、非武装の2人組へ剣先を向けた。

 その間に、茶色ジャケットの青年は地面から小石を拾い、素手で握り潰した……。


「みんな気をつけろ、石を素手で砕ける力だ。どんな能力使ってくるか分からんぞ!」


 茶色ジャケットの手元に目をらしていた隊員の1人が、警戒の声を放つ。


「俺らのペット、エリザベスちゃんを殺した罪――当然お前らの命でつぐなってもらえんだろうな……なぁトルデル?」

「ああ、このオッサン、やっちまおうぜニック」


 ニックと呼ばれた茶色ジャケットの青年は、どういう訳か全身が水で覆われ始めた――!


 ヨハンは思わず双眼鏡を外し、眼下がんかへ指をさす。


「さ、サイモン殿……あの青年、何か能力ドナムを発動しますよ!」


 ヨハンが注目する中、茶色ジャケットの男、ニックの手から水音がジュワリと鳴った。

 てのひらから流れ出たのは、水……いや、泥水だった。

 ニックが振りかぶる!


「ヘヘッ、これでも食らっとけよ――!」


 なんと泥水が砲弾のような速度で放たれ、先頭にいた警備隊長のももを射抜いたのだ。


「うあああああああ――――っ!」


 悲鳴が街路に響き、周囲の隊員たちの表情におびええが走った。

 3階建てのアパート屋上では、ヨハンが興奮から勢い余って身を乗り出す。それをサイモンが冷静に腕を掴んで引き戻した。


「見ろヨハン。あいつら一見人間と変わりないが、結局われらにあだなす侵入者イントルーダーなのだ」

「す、すみません、落ちるとこでした。それにしても恐ろしい……異世界へ繋がる『穴』からこちらへやって来るタイミングで一部のイントルーダーには奇妙な能力が身につくと聞きましたが、あの水を操る力も?」

「ああ。能力ドナム――《与えられたもの》という意味だ。あの男は恐らく、我々の世界へ来る直前に、水中で命の危機に直面したのだろう。全ては解明されていないが、死を覚悟した瞬間の環境が能力の性質と関係あるらしい」


 ヨハンは、サイモンが一体どこからそんな情報を得ているのか、不思議に思った。


「……それで大気中の水分を集めて自在に操れるのだろう」

「そんな事が? 能力を持たないイントルーダーですら、人間の数倍もの身体能力が備わるというのに……」

「あの能力ドナムが神の恩寵おんちょうだという奴らがいる」


 サイモンの憎悪を含んだ声は、薄地の白い頭巾くらいでは隠しきれない。


「笑わせるな。我々からすれば大迷惑だ」


 地の底から響くようなその声に、ヨハンは寒気を感じた。

 下ではニックの泥水が嵐のように降り注ぎ、警備隊員たちが次々と石畳に倒れていく――その惨状を、白装束の2人はただ見ているだけだった。


「かっわいそうに、エリザベスちゃん。異形獣まものってのは手足無くしても死なねぇが、首落としちまったら終わりじゃねぇか。腹を空かせてただけなのによ。あと3体やってくるからそこで大人しく地面に転がってろ。次こそキッチリ餌としての役目を果たしてもらわねぇとな」




 ***《次回予告》***


 ヨハン:サ、サイモン殿! 我々が次回予告に登場してもよろしいのでしょうか!?

 サイモン:フフッ、構わんさ。これでも第2章では重要な役どころとなるからな。

 ヨハン:ところで、侵入者(イントルーダー)ってみんな何かの能力を持ってるんですか?

 サイモン:皆ではない。ある筋の話では、異世界でメンタル的に苦しんだ者が獲得し易いらしい。だからその能力をドナム《与えられた力》と呼ぶそうだ。

 ヨハン:さすがサイモン殿! では次回、第4話「その剣士、《火焔かえんのヒース》」。お楽しみに!

 サイモン:私はイントルーダーなど認めない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る