20.抑制



「……あの人はお仕事をしている感じは全くしませんでしたけど、何なんですかね?……」



 レイリーリャはブコン屋の川ウソ青年の振る舞いに呆れながら、ヌ=カスマダ老人に聞く。



「まー、アェアレはそういうかぅいかるい男じゃかぁ、気にすぅ程のモノじゃないのう。」



 ヌ=カスマダ老人は淡々と答える。



「アェでも仕事はしっかぃしっかり……いや、それなぃそれなりに、クビになぁないならない程度には、やってぅやってるからのう。」



 ヌ=カスマダ老人が川ウソ獣人のフォローを試みたが、彼が過去に色々しでかした事を思い出してしまったようで、余りフォロー出来なかった。


 ヌ=カスマダ老人は眉間に皺が寄っている割には快活な笑いを浮かべる。そして一度に運びきれずに置いてある商品を抱え、再び控室に入っていった。


 レイリーリャは礼拝堂に独り残される。


 

―――…………それにしても、あの人が言っていた『粉の天然水』って何なの?

 水って粉末になるものなの?



 レイリーリャは川ウソ獣人が去り際に勧めていた『粉の天然水』について、あれこれ考え込んでいた。



―――……氷を砕いたら粒にはなるけど、それとは違うよね?……



 レイリーリャはネレイステセシア像に目を向けた。しかしそれがその答えを告げる事など無く、レイリーリャは独り考え込む。


 ヌ=カスマダ老人が控室から戻ってくると、空いた素焼きの碗に峠竹脂茶を注ぎ始める。

 碗から湯気が立ち昇る。


 すると礼拝堂の入口からハイリアルが入ってきた。墓地から戻ってきたのである。

 ハイリアルは俯き気持ちが沈んでいるかのようであった。


 その途端、司祭が寺務室から出てきてハイリアルに声をかける。

 ハイリアルが戻って来るのを待ち構えていたかのようだった。



「ハイリアル様、山中の空気がまだ冷え困難な状況であるにもかかわらず、ご冥福のお祈りを捧げられ、フリザンテーレ信女も天国で喜んでいる事でしょう。」



 ハイリアルは嫌そうに顔を上げ、右目に掛けた赤いレンズ越しに司祭を目に入れる。

 ハイリアルの入室後の様子をレイリーリャは全く気付いていなかった。



―――……それに天然水を粉末にして何の意味があるの?

 水飲みたかったら、そんなモンじゃなくってフツーの水飲めば良いし、粉なめたら、水飲んだ事になるの?



 レイリーリャは自分の世界に浸っていた。

 その心の中に湧き上がり続ける疑問は湧き水のように涌き痛付ける。



「……信心まさに大海の如く深くあらせられるハイリアル様に、ネレイステセシア様からの御恩寵を賜る事は、誠に然るべき事と私は思います。」



 司教は慇懃にハイリアルを崇めるように、厳かな口調で語りかける。



「先程ハイリアル様の従者より伝えられましたが、何でも以前にハイリアル様は喀血をなされたとか。」



 司教が語る言葉の語尾が、口調が好機を捕らえたかのように微かに昂る。


 それと同時にハイリアルは、眉間を皺寄せ片眉を上げ、苛立ちを表に現していた。


 司祭が喀血と口にした事が耳に入ると、レイリーリャはその方に目を向けた。司祭が礼拝堂内に戻っているハイリアルに話しかけているのが目に入った。


 しかしレイリーリャの今いる位置からでは、ハイリアルの赤いレンズをかけた横顔しか見れなかった。その内面を読み取る事は出来なかった。



「……その恩寵として治療術をお受けになられて、ご健康を取り戻される事が、ネレイステセシア様もお望みになられる事と私は愚考致します。」



「……我自ら貴様に頼んでいないのに、余計な事をするな。」



 ハイリアルは苛立ちを抑えようとしつつも、そうし切れずに尖ってしまった口調で非難した。



―――ハイリアル様怒り出しちゃった。何でだろ?……ワタシが変な事を言ったら機嫌を悪くしそうだよね…………。



 レイリーリャはハイリアルの態度を見て途惑い、何をすれば良いのか解らずまごまごしてしまう。


 マ=ダイスト老人は口許を片手で覆いながら、責めるハイリアルと責められる司祭の二人の顔を見ていた。何も言わず眉間に皺を寄せ苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 ハイリアルと司祭との遣り取りをしている間、ハイリアルが入室した際に紛れ込んできた甲虫が、羽音を鳴らして礼拝堂の天井を何度かぶつかりながら飛び回っている。そして祀られている女神ネレイステセシア像の鼻の上に止まると、遣り取りをしている者達を見比べるように頭を左右に動かす。


 やがてレイリーリャは、ヌ=カスマダ老人がレイリーリャに対して主人であるハイリアルに『何か』をすべきだと主張した事を思い出した。

 しかしその『何か』は、レイリーリャには思いつかなかった。

 ヌ=カスマダ老人がそれを伝えようとした時にブコン屋がやってきてしまい、レイリーリャが聞きそびれて知る事が出来なかったからであった。



―――ハイリアル様に『何か』伝えて何かした方が良かったんだろうけど、何伝えれば良いんだろう?……



 レイリーリャは『何か』が一体何なのか考えてみた。しかしそれらしきものは思いつかなかった。そんな自分にもどかしく感じる。


 ハイリアルは司祭を責める事を止めると、振り向きレイリーリャの顔を凝視した。眉間に皺が寄り目はレイリーリャを刺し貫くようだった。


 レイリーリャはその顔が目に入り怖く感じた。ハイリアルがレイリーリャに怒りを感じ、詰るつもりのように思えたからであった。



―――私のした事は、そんなに怒るような事だったの?!ハイリアル様の為になると思ったのに。…………



 驚愕し動揺しつつ怖く感じる。思わず顔を下に俯いて逸らし、ハイリアルの視線から逃れてしまう。それでも頭の上から重圧がのしかかる。



「……出るぞ。」



 ハイリアルは一言告げた。

 その声はレイリーリャの顔面を地面に叩きつけるような低く据わった声だった。



「世話になった。」



 それからヌ=カスマダ老人がいる方を向いて一言礼を言うと、礼拝堂の玄関がある方に向かって歩き始めた。


 歩いている間振り返って、レイリーリャを気にする素振りは全く見せなかった。

 反応を一切求めず無視するようであった。



「か、かしこまりました。」



 レイリーリャはハイリアルを怒らせないよう、出来る限りの丁寧な言葉遣いで応えた。

 感じる怯えを止められなかった。


 そして付いて行くのに遅れてハイリアルに怒られる事に怯えながら、ヌ=カスマダ老人と司祭がいる方に向いた。



「司祭様にお爺さん、今日はお世話になりありがとうございました。」



 レイリーリャは笑顔を装おうとしているが、その顔は強張っている。急いで挨拶を切り上げたかった。



「―――うむ。ハイリアル様に宜しく伝える事を忘れぬように。」



 司祭は両手を後ろに組み胸を張り、重々しく厳めしい態度で応える。ハイリアルに叱責され失ってしまった威厳を、格下相手に重々しく振る舞って立て直すようであった。



「嬢ちゃん、近くを通ったぁ、また寄ぃなさいな。気を付けぅんじゃぞ。」



 ヌ=カスマダ老人がレイリーリャの両手を握りしめると、その目を見つめ哀願するように伝える。



「安心して下さい。大丈夫ですよ。」



 レイリーリャは言う言葉とは裏腹に、不安を、ハイリアルの怒りを怖れている。



「そうじゃ。少し待ってくぇぅくれるかのう。」



 ヌ=カスマダ老人はそう言うと、控室に戻って取ってきた、中に何か入っているベージュ色した麻袋を手渡した。



「わざわざありがとうございます。嬉しいです。」



 レイリーリャは今日会ったばかりにも拘わらず、歓待だけでなく土産物まで渡してくれる、ヌ=カスマダ老人の心遣いに暖かく感じる。ハイリアルに感じる怖れを束の間だが忘れられた。



「この袋の中のもの、見せてもらいます。」



 ヌ=カスマダ老人の「どうぞどうぞ」という許可を貰う前に、袋の中を覗いてしまう。褐色色した素焼きの瓶が見える。



「これ何ですか?」



 レイリーリャは袋の中を見つめたまま首をかしげる。



「峠竹脂茶じゃよ。」



 マ=ダイスト老人が微笑みながら応える言葉が耳に入った瞬間、レイリーリャは袋の中を見つめたまま身体が固まり動きが止まった。




▽▲▲▲▽▼▼▲▲▲▽




 レイリーリャは愛馬ズゼルーマーに乗って、現在地から南西に進んだ所にある港町に向かって街道を歩いていた。その前をハイリアルが乗る馬が先導し、その後を付き従っている。

 

 教会を出てからのハイリアルは何も語らなかった。


 ただ教会の礼拝堂からレイリーリャが出てくるのを見た時、ハイリアルは眉間に皺を寄せ下唇を噛み締めるような険しい顔をした。これから怒りを現そうという感じではなく、何かを堪えるように苦しさを我慢するするかのような表情であった。


 しかしレイリーリャにはその表情が語る意味について理解する事は出来ず、ハイリアルが怒りそうだという想像しか出来なかった。


 そういった事から、レイリーリャはハイリアルから怒られ説教されるものだと思い、怖れを感じていた。

 叱責されるきっかけになってしまいそうに思えたので、レイリーリャの方からハイリアルに話しかける事は出来なかった。


 

―――……司祭様が治療術を受けるよう勧めたのをハイリアル様は怒ってた。

 確かに教会のお爺さんの言う通りだったかもしれないね……。



 レイリーリャは馬に跨がるハイリアルの後ろ姿を見つめる。後ろから見るのでハイリアルの今の表情は解らなかった。

 しかし背中の筋肉が膨張し、堪えた憤りが爆発しそうにレイリーリャには見える。



―――だけど、なんで、ハイリアル様が怒るのか解らないなぁ……。



 レイリーリャは目を瞑り首を傾ける。



―――わたしはハイリアル様の為を思って司祭様に頼んだのに、……身体を治す事って断るような事じゃないよねぇ。



 ハイリアルがこれを断る理由が思いつかず途惑いを感じる。



―――……誰だって痛く辛く苦しいのは嫌なものだよね。

 それは、ハイリアル様も、……そうだよね。



 レイリーリャはハイリアルの背中を見る。

その背中は心に疑問を抱えているレイリーリャに応えはしない。

 そしてレイリーリャ自らの意識の底にある悲しみも、自覚してはいない。



―――……そんだったら、治して嫌なものを取り除くのは、…………良い事だよね。


―――……怒られる程のものじゃないよね?

 …………さすがに褒めて貰おうとは思わないけど、何でだろうね。



―――…………こんな事は思いたくないけど、……ハイリアル様は、…………恩知らずだよ。……



 レイリーリャはハイリアルを責めたくなる。

 その意識の底で感じている怒りは、悲しみから代わってしまっている事を自覚していない。


 教会を出発してから半刻(1時間)も経っておらず、謀猴の刻(16時)になっていなかった。

 それにもかかわらずハイリアルは片手を上げ、止まれと指示する。



―――休憩するにはまだ早いなぁ。



レイリーリャは怪訝に思う。



―――5ルートメロキも進んではないと思うけど……。



「……ちょっと行ってくる。少し待っていろ。」 



 ハイリアルはレイリーリャの方を向いて命令を下した。だが目を合わせていなかった。


 路肩に生える薮の中に入り、その奥に向かって歩いていく。その足取りは急いではいなかった。


 しかしレイリーリャからさっさと離れ去りたそうに、一切振り返る事は無く黙々と進んでいく。


 その背中は苛立ちが籠もるように力が入っている。




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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


作者おだてりゃ 木を登り

ますます ハナシ 創りまくる

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