第24話 ダークエルフ、回顧して曰く

人間の暦で四百年と少し生きたアタシだが、こんなイカれた男は初めて見るよ。


分かるかい?アイツはおかしい。おかしいのさ。


そりゃね、アタシだって人生長いんだ。イカれた奴は何度も見た。


先先代とやらの山賊男も遠目で見たことがあるし、『不死王』ワイズ・グリムロッドと話したことだってある。東方の剣聖『ツルギベ』の男も、三百年前の馬賊王エビライ・ミニットにも。邪仙レンヨウだって挨拶くらいはしたさ。


奴らだって確かにイカれていて、つまりは、偉大だった。


だがね、そんな奴らも、結局はいなくなった。


山賊男は老いさらばえて醜く死に、不死王はどこぞかへと消えて、馬賊王も我が子に寝首をかかれた。剣聖は次代次次代と引き継いでいるらしいが……、東方人とはしばらく会ってないから分からないね。邪仙はどこぞか、また地下に潜っているのかね?何にせよ、表には出れないんだ、死んだようなもんさ。


とにかく、強く、狂った奴も、最後は消えるんだよ。


何故消えるのか?


それはね、強いからだよ。


謎かけをやっているんじゃあないよ?本当に、強いから消えるのさ。


強い存在は、自分がこの世で一番だと思って、自分の意思を曲げられなくなっていく。そして最後は、自分に自分を食い破られて死んでいくのさ!


皮肉なもんだねぇ?


多くを手に入る力があるから、多くを望み、抱えて、やがては潰れて無様に死ぬ!馬鹿らしい話だよ。


……だが、アレは、あの男は。


ジャーク・ワルバッドは違う。


ありゃあ、なんだい?


そりゃ、剣や魔法の腕前って意味では、一流足らずと言った程度。けれど、その采配は神がかりだ!


なんだい、なんなんだい、あれは、本当に?


何が見えてるんだい、どこを見てるんだい?


いやさ、ツルギベの剣聖のように、サムライブレード一本でドラゴンをも斬り捨てることも……、不死王のように、アンデッドを一万体揃えて一人軍隊をやることも、ジャークの旦那には無理だよ。


術だってアタシの方が上さね、恐らくは智慧そのものも。


ああ、そうさ、白状するよ。最初は、旦那を床で骨抜きにして、このアタシの智慧と呪術でこの地を乗っ取ってやろうと、そう思っていたよ。


だが……、いや……、なんだい、これは?


なんで、どうして、アタシが「使われる側」になってるんだい?


底知れない、意味が分からない、今まで一度も見たことがない!


あの助平で、適当で、残酷な男が!アタシよりも劣る筈の人猿が!


どうしてアタシの上に立ててるんだい?!!!


見たことがないよ、あんな化け物は!


アタシよりも劣るのに、アタシよりも強くて賢い!いや……、他人の力を、我が物として操っている!


そんなにも力があるのに、まるで自分の力が足りていないかのように動く!


ああ、そう、ここが一番怖いね。


あんなに力を持って、あんなに偉くもなると、凡人ではそれに溺れるものさ。天才であっても、多かれ少なかれ、自分に自信を持って、それが命取りとなる。


でも、旦那は違う。


あんなに偉そうで、他人を見下し、小馬鹿にしているのに……、他人の話を聞き入れるんだよ、こいつは!


こういう偉そうな君主気取りは、周りの意見を聞かずに自分の才気のみで事を進める。なまじ才気があるから、最初はそれで上手くいくが……、老いたりして判断力を失うと、もうダメだ。迅速な決断力は拙速となり、強固さは頑なさとなり、そして最後は全てから見捨てられて孤独に死ぬ。


だが違う、旦那はそう……、「柔軟」なんだ。


そもそも強いかどうかすらも一見では分からない上に、その強さも、都合が良い時悪い時で好き勝手に曲げられる。


故あれば頭を下げることも厭わず、仲間を殺すこともして、民を愛するフリすらしてみせる君主の、なんと恐ろしいことか!


アタシに対してだってそうさ。いや、女達全てにそう。


旦那は……、あの男は、愛しているように見せかけて、愛していると言ってはくれるが、内心じゃあいつだって、相手の「利用価値」を考えている。


女の……、他人の額に値札が見えているんだろうよ!


こんなものに仕えるなんて、アタシは……、アタシもどうかしてるね。


でも、操られていると分かっているのに、旦那の手のひらで踊ると、良いことしか起きないから……、ってのはある。


アタシらダークエルフじゃあ、人猿の「お気持ち」を斟酌できないからねえ。旦那はその辺、人猿共の「お気持ち」を理解した上で、アタシらと人猿の折衷をやりながら、双方が得をする形でまとめて、それを「法律」としているんだ。


互いに、違反すると損をする「法律」をね……。その内容もよくできている。決まりを、規則(ルール)を作るのが上手いんだ。何だか知らないけれど、ゲーム理論?均衡がどうとか……?


旦那はアレだ、人の気持ち、人の利益、両方を理解した上で、完璧な規則を作る。それを組み合わせて、誰かが規則を破れば全員が損をする状態を作るような……、ああ、アタシでも上手く言えないね。


とどのつまりは、「他人を操るのが病的に上手い上に大好き」ってことなんだろうがね。


そう、操られている!アタシ達ダークエルフが、人猿如きに……!


けれど、なんでか、不思議と今が人生で一番楽しいよ。




「すみません、クルエル様……?」


おや……、旦那の飼い犬かい。


哀れなもんさね。猟犬にもなれず、真人間にもなりきれず、誰でもできる仕事をやらされて、甘やかされただけの愛玩動物。


旦那の手下の中で、一見、旦那の秘書という要職をしているように見えるが……、実際は一番要らない存在さ。


いや、強いて言えば、宮廷道化師のような役割かね?


アタシは宮廷なんぞとは縁がないから知らないけれど、そういうものが世の中にはいるらしい。


王の耳元で、王が驕らぬように、王を批判する。そんな存在がね。


何にせよ、この女はただの愛玩動物だ。


それに気付いてないのはこの女だけ。


その犬がアタシに何の用か、尋ねてみたら……。


「ご主人様は、クルエル様に、文官達を統制する手段があると……」


「ハ!」


統制?


統制かい?


まぁた、適当なことを吹き込まれて遊ばれてるよ、この犬は。


「ああ、そうさね。あるとも……、『他人を裏切れなくなる』術がね」


「それは……?」


「『隷属』の術さ」


「そ、それは、死霊術と並ぶ最大級の禁呪で」


「その説教は旦那にしておやりよ、アンタの説教を聞く旦那は最高に楽しそうだからね。……アタシは、頼まれたことをしただけさ、文句が言いたきゃ頼んだ奴に言いな」


「ッ……!その言い方をするということは、禁忌であると知った上で!」


「そうさねえ、それがどうかしたのかい?」


「……クルエル様。きっと、貴方様には、わたくしは単なる犬にでも見えるのでしょう。ここで、わたくしが何を言っても、弱い犬が吠えていると、そうとしか思わないのでしょう」


「ふむ」


おや、まあ。


単なるボンクラ、置物って訳ではないのかね?


「ですが、それを知った上で、どうか、どうか。伏してお願い申し上げます。……ご主人様を、守ってください。ご主人様は、わたくしには底が見えない超人ではございますが、転べば怪我をし、病気にもなる、人間なのです……!」


ふうん……。


全てを知った上で、惚れ込んだ男に忠義と愛を捧げることを選ぶのかい。


いじらしいねえ、短命の人猿の考えそうなことだ。


まあ、剣を振り回してアタシ達を街から追い出したような気狂い猿共と比べりゃあ、可愛いもんさね。


「……忠臣、って訳かい。まあ、良いさね。安心しな、この術は安全だよ」


そう、この術……。


『呪印型簡易隷属術式』はね……。

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