第14話 正義の貴族、回顧して曰く

スターディ・スターライト子爵は、正義の人だった。


義人……。この人情なき、貧しく、暗い世界において、「義」を持って弱者に手を差し伸べられる、そんな優しい人だった。


この世の悪に、人を傷つける何かに対して、毅然として立ち向かい、己が傷つくことも厭わず戦う人だった。


だからこそ、彼が。


邪智暴虐なるワルバッド辺境伯と戦うことを選択したのは、必然だった……。




「お父様、おやめください!」


今年で十歳になった、可愛らしい娘。


星の光を束ねたような、白銀色の髪をしていて。


親によく躾けられていることが窺える、物静かで心優しい、性根が豊かな娘だ。


それが今、大声で泣きながら、父親に縋り付いている。


こんな風に駄々をこねることは、今まで一度もなかったのに。


「シルヴィア……、私の可愛い娘……。どうか、止めないでくれ……!ワルバッド辺境伯だけは……、倒さねばならぬのだ!」


「放っておけばいいではありませんか!ダークエルフが、何ですか?!私に……、お父様には関係ありません!!」


いつものような燃え上がる正義感と、その他の何か……恐らくは「良くないもの」が、スターライト子爵の瞳の奥で燃えている。


娘、シルヴィア・スターライトは、それが何なのかは分からなかったが、こんなにこんなにお願いしても、優しい父が話すら聞いてくれなかったことは初めてで、狼狽していた。


明らかに様子がおかしい父親……。


戦争で、この様子のおかしさで。そういう不確定要素が重なるとどうなるか?


幼い娘でも、「最悪の想定」はできた。


スターライト子爵は、他の不良貴族達とは異なり、日々真面目に政務をしながらも、貴族……戦う者としての訓練も欠かしていない。


シルヴィアも、朝早くから、夏も冬も庭で剣の素振りをする父を見て育った。


故に、父親の実力そのものは疑っていない。


問題は、まだ人の機微をそれほど理解していないような年頃の娘から見ても、「様子がおかしい」としか言いようのない、スターライト子爵の姿であった。


「駄目だ……、駄目なのだ、シルヴィア!ダークエルフだけは、許しておけぬ!」


「な、何故ですか?!悪者のダークエルフが、悪者のワルバッド辺境伯と共にあるのならば、勝手にすればいいではありませんか!私達には関係が……!」


「お前のっ……!お前の!お前の母を、私の妻を殺したのは……、ダークエルフだからだ!!!!」


「ッ……?!?!?!!」


「そしてッ!いみじくも陛下の藩屏でありながら!人類の敵たるダークエルフに与するなどと!!!……許せぬ、許せぬのだッ!!!」


「そ、そんな……?!」


「……お前も、もう十歳だ。教えても良いだろう、母の死の真実を!」


スターライト子爵は、震える声で話し出す……。


「お前の母シンディは、ダークエルフ共に殺されたのだ……。それだけでなく!私が許せない、最も悍ましいことをした!」


「な、何をしたのですか?」


「奴らは……、シンディの遺体に呪術をかけて操り、シンディの遺体を使って、私に指示しようとしてきたのだ!!!」


「そ、そんなっ?!!!」


「その後捕えた奴らが、何と言ったか分かるか?!『領主の妻を使って、領主に、ダークエルフを領地に住ませるようにするつもりだった』……だそうだ!」


「……彼らは、自分達が街で暮らす為だけに、お母様を殺して!その骸を呪術で操り!お父様を脅したのですか?!」


「そうだ!それだけの……、たったそれだけの為に妻を殺して!挙げ句の果てには、『死者を操る能力のある我々に従えば、妻はこれからもずっと生き続けられる』などと!そう唆してきた!!!」


そう……、ダークエルフ。


死と共に存在する、冥府の番人。


殆どのダークエルフは死霊術や降霊術の類を操る。


そして、死者を呼び出し、使役する。


そこに対して「死後の安息を〜……」などと考える思考回路はしていないのが、ダークエルフだった。


いや、別種族故に、死生観が異なるのだ。


ざっくばらんに言ってしまえば、虫や魚は仲間が死んでも悲しいとは思わない……という、「差別」ではなく「差異」の話なのだが。


ダークエルフにとって、死後の存在とは、今生きている存在に無条件で力を貸べき存在、ただの道具だ、と。彼らはそう考えている。


いや、それどころか、自分以外の生き物全てが、故あればその肉体や魂を都合よく作り変え、使い終わったら捨てて良いと。


自分の肉体も、魂も、仲間の幸福の為なら「消費」されて構わないし、別種族である人間なんてただの「生きている道具」としか思っていない。


種族の民全てが、人間で例えるところの「サイコパス」に相当する精神構造をしている存在。それがダークエルフだ。


そんなダークエルフの行動の全ては、人間からすれば不敬で悍ましいが、彼らにとってはそれが「普通」のことだった。


しかしそんなものが、人間の社会で通用するはずはない。


だからこそ、ダークエルフは、人間を中心に多くの種族から嫌われるのだ。


「ひ、酷い……!なんてことを……!」


「そんな邪悪なるダークエルフに手を貸すなど、あってはならないことだ!……しかし、もしかしたらワルバッド辺境伯も、私と同じような誘惑をされているのかもしれない。故に、話し合いには応じるつもりだ……」


「……ですが、もし、ワルバッド辺境伯が、自発的に手を貸していたら?」


「その時は……、この手で倒すしかない……!私の為ではなく、国の為ではなく、全ての人々の為に!」


そう叫ぶスターライト子爵。


その声音から察するに、恨みもあろうが、義心も確かにあるようだった。


「お父様……」


「すまない……、シルヴィア。だが、私は、これだけは……、これだけは絶対に見逃せぬのだ!」


「……帰ってきて、くださいますか?」




「……ああ、約束しよう。絶対に帰ってくる」


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