第6話 聖女セラの代行者

 部屋中に血と肉片が飛び散り、高級ホテルの一室は無残な殺人現場となっていた。


(勝った!)


 戦いの興奮で、息が荒い。

 感覚が研ぎ澄まされて、いまなら何でもできそうな万能感。


 相手を殺したことを認識すると、その感覚も薄らいでくる。


(人を殺してしまった……)


 だんだんと冷静になってくると、人を殺したという事実が胸に重くのしかかってきた。


 いままで、たくさんの実験動物たちを殺してきたけど、人を殺したのは初めてだった。


 しかも貴族を殺した。


 平民が、貴族を殺害。

 普通に考えれば死罪だ。

 仕方がなかった……

 でも、貴族優遇のこの国で、そんな言い訳が通用するとは思えなかった。


 こんなに派手にやってしまっては、証拠隠滅も難しいだろう。


 私は、事の重大さに気づいて、その場にへたり込んだ。


 ミレーヌを見ると、怯えた目でこちらをみて震えている。


「助けてもらって悪いけど、これは……」


 声が震えている。

 ミレーヌも、やったことの重大さに気づいている。


 やったのは私だけど、連座で罪に問われる可能性もある。

 私たちは途方に暮れた。



「派手にやったわね」


 そこへ、声がかかった。


「マリーネ……」


 部屋の入り口にマリーネとナターシャ。


「私……人を殺した」


「大丈夫よ、ノエル」


 マリーネはそう言って、私の手をとって立ち上がらせた。

 そして、ぎゅっと抱きしめた。


 そこで、私も自分が震えていることに気づいた。

 しばらく抱きしめられていると、落ち着いてくる。


「大丈夫。

 人を殺したのは初めて?」


「……はい」


「どんな相手でも、人を殺すと苦しいものよ。

 苦しまないのは異常者だけ。

 あなたは正常だわ」


 しばらく、そのままマリーネの体温を感じていると、だんだんと落ち着いてきた。


「マリーネ、私が殺したのは……貴族だったわ……

 私は、死刑になる?」


「大丈夫よ。

 この男は、どのみち死ぬ運命だったの。

 手を下したのが、たまたまあなただったってだけ」


 私は、マリーネの胸から顔を上げる。

 優しい目をしたマリーネが私を見下ろしていた。



「あなたも、大丈夫……じゃないわね」


 ナターシャがミレーヌを立たせる。

 部屋に備え付けられている寝間着を渡して、着替えさせた。


「奴隷魔術……ひどいことを」


 ミレーヌの胸元にある忌々しい模様に、ナターシャが触れた。


「私……どうなってしまうの?

 奴隷魔術を解除するお金なんてない。

 あの男に汚されてしまったし……もうお嫁にも行けない!

 いえ、ノエルと一緒に死刑になるかも!」


 ミレーヌは、そういって泣きはじめた。


「マリーネ」


「わかってる。

 大丈夫よ、あなたは救われる。

 セラの慈悲は、あなたを救うわ」


 そう言って、マリーネは胸元からペンダントを取り出した。


「それは……」


 ミレーヌの目が大きく見開かれる。


 そのペンダントは、かつて聖女セラの額にあったといわれる聖なる紋章。

 そして、今では高位の司教だけが持つことを許される聖者の証。


「あなた、名前は?」

「……ミレーヌ」


 ミレーヌの名を聞くと、マリーネはうなづいた。


「大司教マリーネ・シュタールの名において、これより奴隷魔術の解除儀式を行う。

 ミレーヌ、そこへ座りなさい」


 ミレーヌは部屋の真ん中へ座る。

 そして、マリーネは長い詠唱を行う。


「解除魔術……発動!」


 ミレーヌの体が聖なる光に包まれて、奴隷の紋章は綺麗に消えた。


「マリーネ、あなた司教様だったの?」


「こっちは……副業みたいなものよ」


 マリーネは、いたずらっぽい顔で言った。


「ミレーヌ。あなたは、誘拐なんてされていない。

 私と、一晩中、聖女セラについて語っていただけ。

 いいわね?」


「え……?」


「い・い・わ・ね?」


 マリーネは、笑顔で圧をかけた。


「は、はい。

 でも、私の体は汚されてしまいました……」


 この国では、処女性は婚姻時の重要な価値とされている。

 誘拐された、その事実だけで女性としての価値は大きく下がるだろう。


「大丈夫よ、男なんて処女のふりをしておけばだませるものよ。

 これはあなたの秘密。

 墓場まで持っていきなさい」


「……はい」


 ミレーヌは、うつむいたまま答えた。


「ただ、演技力は鍛えておきなさい。

 女にとって、演技力は生きていくうえで最も重要なスキルよ」


 マリーネは笑顔でそういうと、ナターシャにミレーヌを預ける。


「さて、あとは私たちに任せなさい」


 そういうと、ミレーヌはナターシャに連れられて、部屋を出ていった。

 私も一緒に出ていこうとしたところを、マリーネに止められた。


「あなたはここに残りなさい」


 ……正直、私もここにはいなかったことになりたかった。


「これから、私たちの仕事について教えるわ」


「大司教様の仕事ですか?」


「まぁ、そうね」


 そういうと、マリーネはホテルの責任者を呼び出した。

 呼ばれた彼は、部屋の惨状に唖然としていた。


 マリーネは、そんな彼らに先ほどのペンダントを見せる。


「大司教にして【聖女セラの代行者】であるマリーネ・シュタールが、神とセラの教えに反逆したものに神罰を与えました」


 マリーネがそういうと、責任者の顔がみるみる青くなっていく。


【聖女セラの代行者】の噂は、私も聞いたことがある。

 教会の殺戮者。

 神と聖女セラの教えと秩序を乱すものを、力をもって排除する者。


 教会最強の――暗殺者。 


 それは恐怖の代名詞でもあった。


「彼の罪状は、奴隷魔術の行使。

 婦女誘拐、そして殺人。


 わかっているだけでも、四人の少女が、この男に殺されているわ。


 この神罰で、もしあなたがたになにかしらの不利益があった場合は教会へ。

 その不利益が正当なものであると判断されれば、教会から保証されるでしょう。


 今回の場合は、彼の未納宿泊費、部屋の復帰代金。

 その他、なにかあれば教会へ」


 彼は額から汗を垂らしながら必死にうなずいた。


「なにか質問がある?」


「……いいえ」


 ホテルの責任者が、怯えた目でマリーネを見て言う。


「よろしい」


 マリーネは、そういうと踵を返して部屋から出た。

 私は、その後を追う。


 階段を下りていくマリーネに、私は恐る恐る声をかけた。


「あの、マリーネ……さま?」


「マリーネでいいわよ。

 どう? かっこよかったでしょ?」


 振り返ったマリーネは、どこか自慢げな笑顔で言った。


 彼女は……どこかずれている!

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