第4話 秘密の文字で書かれた『たすけて』
それから数日、二人に仕事のことを聞いてもなにも教えてくれなかった。
二人は、仕事でこの街へやってきて、ホテルに泊まっているという。
だが、なにか仕事をしている様子はなかった。
マリーネは、なにも言わずに街へでて、夜になると戻ってくる。
ナターシャは、一日中ホテルで本を読んでいる。
私は、ホテルの外にでなければ好きに過ごしていいと言われていた。
ふたりはあまり私の相手をしてくれなかったので、ホテルを散策することにした。
毎日、ホテルの中をうろうろしていると、長期宿泊客と顔見知りになる。
最初は挨拶をする程度だったけど、やがて話をするようになった。
話好きのおばあちゃんと、ロビーでお茶をしながら話をする。
内容は、昔話と噂話。
おばあちゃんが一方的に話をして、私はうんうんとうなづくだけ。
それでも、おばあちゃんのする話は、私の知らない世界。
とても興味深く、楽しい時間だった。
「……そういえば、ノエルちゃん。
最近、この街で女の子が行方不明になっている事件があったそうよ。
あなたもかわいいから気を付けてね。
さて、私はもう行くわね」
「はい」
おばあちゃんは、そういって腰をあげた。
私は、おばあちゃんがゆっくりと階段を上って、部屋に戻っていく姿を見送った。
手持無沙汰になった私も、自分たちの部屋に戻った。
ナターシャは、私が部屋をでたときと同じ格好のままで、本を読んでいた。
「なんの本を読んでいるんですか?」
「魔術の本」
ナターシャは、本に視線を落としたまま答えた。
古い本にはぎっしりと文字が書かれている。
「エルフも、魔術を使うんですか?」
エルフは、精霊との契約をして、その力を使うといわれている。
それは魔術とは違った体系の術で、エルフ特有のものだ。
魔術は、人が魔法を真似て作った術。
人以外が、魔術を使うという話は聞いたことがない。
「エルフは魔術を使えない。
魔術は、人にだけ許された力」
この世界には、人のほかに、エルフやドワーフ、獣人などがいる。
それぞれ、固有の力を持っている。
エルフの精霊を使う力。
魔術は人特有のものだったのか。
知らなかった。
魔法は、どの種族でも使える者がいる
全員が使えるわけじゃないけど。
回復魔法は、魔法の中では一般的だ。
「魔術も、科学も面白い。
人は、自然をあるがままじゃなく、自分たちの都合のいいように変える力がある。
とても面白い」
「ナターシャさんは、どんな精霊を使うんですか?」
ナターシャは、顔をあげて私の方を見る。
数秒、じっと私を見つめてから言った。
「……それは秘密」
まだ、出会って数日。
自分の力について、素直に話してくれるほどの信頼はない。
「私にも、魔術の本を貸してください」
暇だったので、私はナターシャの持っている本をねだった。
魔術の勉強は、学校でもしていた。
時間はあるのだ。
魔術の勉強をしてもいいだろう。
「その辺にあるのは読み終わった本。
好きにしていい」
私は、ありがたく魔術の本を借りた。
「あ、そういえば……」
ふと私はおばあちゃんの話を思い出した。
「この街で女の子が行方不明になる事件があったそうです。
マリーネさん、一人でフラフラしてて大丈夫でしょうか?」
「マリーネは、ああ見えて強いから大丈夫よ」
強いんだ。
実は魔術師とかかな?
さらに数日後。
話好きのおばあちゃんがロビーで一人、青い顔をして座っていた。
いつも誰かとおしゃべりしている人が、一人で静かに座っているのは珍しい。
私は、おばあちゃんの正面に座る。
「こんにちは。
どうかしたんですか?」
おばあちゃんは、私の声を聞くと、ゆっくりと顔を上げる。
「ああ、ノエルちゃん」
目は赤く充血して、目の周りは赤くなっている。
泣いていたのだろうか?
「孫が……行方不明になったのよ」
おばあちゃんに孫がいることは聞いていた。
初めて会ったとき、私を見て「あなたと同じくらいの孫がいるのよ」と話しかけてきたのだ。
「昨日から寮に帰っていないと、先生から連絡がきて……
一人で夜遊びに行くような子じゃないのに」
そう言って顔を覆うおばあちゃんに、私はなにも声をかけることができなかった。
ホテルの入り口あたりには掲示板がある。
黒板とチョークで、誰でも好きに伝言を書くことができる。
私は、この掲示板を見るのが好きだった。
どこどこで誰が待つか、といった他愛のない内容が多いが、聖書の一文や、詩の一節など好きに書かれている。
たまに政治批判や教会批判も書かれるが、こちらはすぐにスタッフによって消されていた。
その中で、ここで見るはずのない見覚えのある文字を見つけた。
『ひみつ文字』といわれて、学校の女子たちの間で流行ったオリジナル文字。
教師や男子たちに知られたくない内容を伝えるときに使われていた。
――そこには、丸い可愛い文字で『たすけて』と。
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