第2話 途方にくれる私

 天井から吊るされた小ぶりのランプが柔らかな光を落とし、テーブルの表面にはその光がゆらぎながら映り込んでいる。


 部屋の奥では楽師が静かな音楽を奏でており、グラスが触れ合う澄んだ音だけが、時折空気に混じっていた。


「お酒は飲める?」


 マリーネに聞かれる。


「いいえ、飲んだことありません」


 私は素直に答えた。

 マリーネはそれをきくと、ワインを頼む。


 ワインがふたつ、テーブルの上に置かれる。

 マリーネと、私の前。


「無理して飲まなくてもいいわよ」


 ナターシャの前には、すでに半分くらいになっている透明の液体が入ったグラスが置いてある。


「マリーネが他人に興味を示すなんて、珍しいわね」


 ナターシャが私を値踏みするように見る。


「ふふっ。

 ノエルはすごいわよ」


 マリーネは、自慢げに言った。


「怪我をして弱った野良犬がいたの。もう長くはないわ。

 ナターシャならどうする?」


 マリーネの質問に、ナターシャは少し考える。


 そして「興味ないから無視する」と、答えた。


「そうよね、私もそうするわ。

 でも、ノエルは違ったの。

 どうしたと思う?」


 それから、またナターシャは考える。


「その制服は、回復魔法学校のもの。

 野良犬を治療したの?」


「違うわ」


 マリーネの答えに、ナターシャはもう少し考えてから「降参」と言った。


「彼女は、野良犬を殺したわ」


 ナターシャは信じられないという目で、私を見た。


「助からず、希望のない者に、優しい死を。

 彼女、最高にクールじゃない?」


 !?

 誤解です!!


「そ、そんなんじゃないです……」


 なんとか誤解を解かなくては。


「私は、ただ犬を助けたかっただけで……」


 殺したかったわけじゃない。


「ふぅん、助けたかったから殺す。

 マリーネ好みね」


「でしょ」


 でしょじゃないです……


「ノエル、あなたわけありなんでしょ?

 よかったら話をしてよ。

 私たちが力になれるかもしれないわ」


 彼女たちは、こんな高級なホテルに泊まれるくらいお金持ちで、しかも美人だ。

 しかし、怪しさも抜群である。


 女二人で、こんな高級な宿に泊まるなんて、危ない仕事をしているに違いない。


 でも、私が行く当てもないことも事実だった。

 ダメなら、逃げればいいか……


「実は……」


 私は、思い切って二人に事情を話すことにした。



 私の生まれは、なんの特徴もない田舎町。

 そこのパン屋の娘だ。


 幼い頃に読んだ救世主セラ様の伝説を書いた絵本。

 この国の子供たちは、全員があの絵本を読んで育つ。


 セラ様は私の憧れだ。

 大昔、困っている人たちを回復魔法で助けて回った、伝説の聖女様。


 私もセラ様のようになりたい!


 そう思って生きてきた。


 私に回復魔法の才能があったと知ったときは、天にも昇る気持ちだった。

 セラ様のように、回復魔法で人々を助けるのだ。

 私は、すぐに回復魔法使いへの道を進むことを決めた。


 回復魔法の才能は貴重だ。

 私の町には、回復魔法使いがいなかった。


 大きな怪我や病気をすれば、隣町から回復魔法使いがやってきた。

 しかし、回復魔法使いが隣町からやってくるまでには時間がかかる。

 間に合わずに亡くなる人もいる。


 自分たちの町にも、回復魔法使いを。

 それは、両親も含めて、町の人たちの悲願だった。


 両親も、親戚の人たちも、町の人たちも私に期待してくれている。

 回復魔法学校の学費は安くない。


 しかし、両親や親せきが借金をしてまでお金を集めて、私を通わせてくれた。

 みんなが応援してくれている。


 でも、私は退学になってしまった。


 結論からいえば、私には回復魔法使いの才能はなかった。

 いや、正確には、魔法使いとしての才能がありすぎた。


 あり余る魔力は制御できず、回復魔法の効果を『ちょうどいいところで止める』ことができない。

 魔法は暴走して、患者の肉体を破壊してしまう。


 学校では、試験体としてウサギを使う。

 

 私は、何百匹ものウサギを肉片に変えてきた。

 でも、どんなに練習してもダメだった。


 それでも諦められない。

 両親や、町のみんなに顔向けできない。


 私は必死になって勉強をした。

 そこで、付与魔術というものを知った。


 理論はあったが、実用性に欠けるものだった。

 付与魔術は、魔法の効果を物につけるというものだ。


 魔法は、本来自分の体周辺でしか発動しない。

 魔力が届かないためと言われている。


 しかし、付与魔法は、物を媒介として魔法を発動できるものだった。


 たとえば、火の魔法を鉄に付与する。

 すると、術士の手から離れた場所でも魔法が発動する。


 ただし、威力は弱くなりすぎるために、実用性はほぼなかった。


 私は、この『威力が弱くなりすぎる』という効果に、活路を見出そうとした。

 強すぎる魔法の威力を、付与魔術を介して弱くしようとしたのだ。


 そして、ついに付与魔術を習得し……


 絶望した。


 私の魔法の力は、付与魔術を通してもまだ強すぎたのだ。


 絶望している私に、同級生の一人が言った。


「ノエルの魔法をなにか――例えば矢とか?に付与したら、最強の武器になるんじゃないか」


 そんなことに使うつもりはなかった。

 でも好奇心はあった。


 ただの実験だったのだ。


 狩猟用の矢に回復魔法を付与した。

 私は弓矢なんて使ったことがなかったから、発案した同級生が試験体用の豚に射かけた。

 矢はかすっただけだったのに、豚は肉片となって弾け飛んだ。


 不運だったのは、そこにたまたま校長先生がいたことだ。


「なんて恐ろしいことを……」


 絶句した校長先生は事情聴取すると、その場で私に退学を言い渡したのだった。


「ここは回復魔法を学ぶ場所。

 そのような恐ろしい魔法を作る場所ではない」


 泣いて許してもらうようにお願いしたけど、聞き入れられなかった。

 学校は退学になり、寮からも追い出されたのだった。


 私は――これからどうすればいいんでしょうか?

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