聖女ノエルのキセキ―回復魔法がヘタすぎて神罰扱いされました―

せーや

第1話 私は回復魔法がヘタ

 石畳の通りに、細かな雪が静かに降り積もっていく。

 

 街灯の明かりは薄く滲み、雪に触れた光がぼんやりと揺れていた。 

 建物の屋根には薄い白が重なり、煙突から上がる煙だけがかすかな温かさを示している。

 

 夕暮れの名残が空を淡く染めていたが、街全体はすでに夜の影に沈みつつあった。

 

 通りを行き交う人々の足跡が、雪の上に淡い筋をいくつも残している。


「どうしよう……」


 学校の制服姿のまま、私はとぼとぼと歩く。

 行く当てはない。


 回復魔法の学校から退学になり、寮からも追い出されてしまった。


 故郷にも帰れない。


 回復魔法の才能があった私のために、両親や親せきのみんなが、一生懸命稼いでためたお金を集めて、高額な入学金を工面してくれたのだ。


 立派な回復魔法使いになって帰ってくる。


 そう言って故郷をでてきた。

 とてもみんなに顔向けできない。


「……寒い」


 なんとかしないと、このままでは野垂れ死にだ。



 野良犬がゴミ捨て場をあさっている。


 犬は、私に気づくと慌てて立ち去ろうする。

 後ろ足を怪我しているのか、引きずって歩く。


 やがて、歩くのを諦めて、その場に座り込んだ。


「かわいそうな子……」


 犬は、観念したように私を見る。

 黒い瞳が、助けてほしいと訴えているようだ。


 なんとかしてあげたい。


「すぐに楽にしてあげるね」


 大丈夫、今度はきっとうまくいく。


 私は指先に集中する。

 ゆっくりと……やりすぎないように。


「回復魔法」


 犬の怪我はみるみるうちに塞がって……


「……あっ!!」


 やがて、傷口から肉が腫れ物のように膨らんでいく。


 魔法が暴走する。


「ダメっ!!」


 腫れ物が全身に広がっていく。

 なんとか魔法の暴走を食い止めようとする。


「キャウン!」


 犬の苦しそうな泣き声が響く。


 しかし、あっという間に、それが犬だったとわからないくらいに腫れ物は全身に広がる。


 私は、慌てて犬だったものから離れる。

 それは、もう声をあげることもできない。


 こうなると、もうダメだった。


 ぼんっ!


 それは、肉片をまき散らしてはじけ飛んだ。


「……ごめんなさい……私……」


 その場にしゃがみこんでしまった。

 涙があふれてくる。


 私の力は、誰も助けられない。

 私は、人を助ける立派な回復魔法使いになりたいのに……


 またダメだった。




「あなた、なかなかセンスがあるじゃない」


 しゃがみこんだ私に、女性が声をかけてきた。


 顔をあげると、金色の巻き毛と、赤い口紅。

 真っ赤なコートを着た女性だった。


 彼女は、ひとことでいうなら――派手。


「……センスが……ある? え? 私が?」


 そんなことを言われたのは初めてだった。


 学校に行ってからは、いつも「お前はセンスがない」と言われ続けていたのだ。


 女性は、にっこりと笑うと言った。


「もう助からない者に、慈悲を死を。

 センスがあるわ、あなた」


 その笑顔は、まるで冷たい天使のようだった。


 困惑する私に、彼女は言った。


「その制服、回復魔法の学校の生徒よね?」


「……元、回復魔法学校の生徒です

 その、退学になりまして」


「ふぅん、わけありってわけね。

 行くところがないなら、ついてきなさい」


 そういうと、彼女は背を向けてさっさと歩き始めた。


 行く当てもない私は、彼女の背中についていくことにした。




 彼女の後について歩いてきた先は、信じられないくらいの高級なホテルだった。


 白い大理石の階段が、通りからゆるやかに伸びている。 

 入り口には背の高い柱が並び、金色の装飾が淡く光を反射していた。


 扉の脇には厚手の赤い絨毯が敷かれ、雪を払う客たちの足跡がほとんど残らないほど手入れが行き届いていた。


 外の冷たい空気とは対照的に、建物からは微かな暖気が漂い、窓越しに見えるロビーは柔らかい金色の光で満たされている。


 入口前には黒い制服のホテルスタッフが直立している。


 私は思わず足を止めてしまった。


(こんなところに入ったことがない)

 

 彼女は、気にせずに入っていく。

 ホテルスタッフが丁寧に彼女に礼をする。


 入口前で立ちつくす私に、彼女が気づいた。


「どうしたの? はやく来なさい」


「え? でも……」


「ぐずぐずしないで」


 いらだつ彼女の声に促されて、中に入る。


 温かい空気が、冷えた体を優しく迎えてくれる。


 輝く灯りがシャンデリアから降り注ぎ、磨かれた床に映り込んでいる。

 まるで違う世界に迷い込んだような違和感がある。


 彼女は、まるで自分の家にいるかのようにホテルの中を進んでいく。

 私は彼女の背中を見失わないようについていく。


 彼女はやがてバーのような場所へやってきて、テーブル席のひとつへ座った。


 そこには、信じられないくらい綺麗な女性がいた。

 銀色の髪と白い肌。

 そして、特徴的なとがった耳。


 ――エルフだ。


「遅かったね」


 落ち着いた印象の声。


「面白い子を拾ったのよ。

 さぁ、突っ立ってないでそこに座りなさい」


 促されて座る。

 信じられないくらい柔らかいクッション。


「私はマリーネ。

 まぁ、商人ってとこね。

 彼女はナターシャ。

 見ての通りエルフよ」


 金髪巻き毛の派手な女性がマリーネ。

 銀髪のエルフ女性がナターシャ。


「私はノエル。

 えっと……元、学生です」


 それが、彼女たちとの出会いだった。

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