EXTRA STEP 1 湊君は休憩中

第53話 前、斜め、後ろ、横

 これは、能美高校で4月も終わろうという時のことである。

 玉枝七芽たまえだななめは、園芸部に入るかどうかを悩んでいた。


(絶対に楽しいと思うんだけどなー。でも、洋子ようこは止めておけっていうし)


 頭の中で、友人である宇城洋子うじょうようこの言葉が思い出される。


(『屋上を快適に使える期間を考えなさい』かぁ。でもなー)


 現実的な指摘だとは、七芽自身も思うのだが、それでもやや入部への未練を感じてしまう。

 その理由を作り出している人物に向けて、彼女は視線をやった。


「昨日の授業はかなり大変だったよね。正直復習していても怪しくて」

「湊君もですか……では、放課後に先生へ質問に行きますか?」

「そうだね、糸美川さん。そうしようか。あ、でもさ……」

「なんですか?」


 和やかに会話するクラスメイト。

 一人は黒髪単発の美少女……に見える男子生徒である。


 糸美川渓いとみかわけい、彼に初めて会った時は、七芽も大変驚いたけれど、優しいし、話も聞いてくれるので、好意的に見ている人物だった。


 そして、彼と会話するもう一人の男子生徒。

 入学式から一週間休んでいた、湊想太郎みなとそうたろう


 七芽は、最初から彼のことを気にかけていた。

 何せ、高校生活の初日から、インフルエンザである。


 もしかしたら今だって体調が悪いかもしれないし、何よりクラスのことなんて何も分からないだろう。


 だから、彼に助け船を差し出そうとしたのだけれど、何故か他の友達が良い顔をしなかったのだ。


 友人である洋子だけは、ある程度こちらの行動に賛同していたけれど、それでも直接声をかけるには至らなかった。


 結果として、糸美川さんが、彼に声をかけて何とかなったのだけれど、七芽としては申し訳ない気分で一杯だった。


 だから、初めて彼に話しかけられた時は、遠慮がちになってしまったのだけれど……結果として、いらぬ心配だった。


 彼は、大層話が上手く、遠慮なんていらない相手だった。

 彼や、糸美川さんと一緒に過ごすのは楽しい。


 玉枝七芽は、楽しいことが好きである。

 だからこそ、園芸部に入部するか悩んでいた。


(どうしようかなー。でも、洋子怒るしなぁ)


 友人である、宇城洋子。

 彼女といるのもとても楽しい。


 唯一、名前で呼ぶとちょっと怒るので、宇城と呼んでいる。

 苗字との組み合わせが嫌いなのだそうだ。


 言われてみれば、その通りだー!と喜んでしまったのだが、あの時は本当に怖かった。


 ただ、自分の名前が友人と同じようになっていることに気づいて、ちょっとだけ楽しくなった。


 再度、もっと仲良くしたい二人に視線をやれば、会話が盛り上がってるのが見て取れた。


(う~ん、よし、まずはー)


「なぁー、みなとー、いとみかわー。私も勉強のこと、聞きたいー」

「玉枝さん?勿論だよ、どうぞ」

「ええ、構いませんよ、それで、昨日の授業と、その課題についてなのですが……」


 ワクワクと、二人の会話に混ざってみたのだが、残念、勉強のことはあまり楽しくない。


 とはいえ、後から混ぜてもらったのに、会話を変えるわけにもいかない。

 そんなことを考えていた七芽だったが、その時急に湊想太郎が話題を変えた。


「そういえばさ、今日の先生にお伺い立てる方法、どうしようか?」

「急に、どうされたんですか?湊君」


 唐突に、勉強の内容ではなく、先ほど話題に出していた、先生に聞きに行く、その方法をどうするかという話題が提案された。


 その言葉に、七芽は頭にハテナを浮かべて考える。


(どうしよーって、普通に先生に聞きに行けばいいんじゃー?)


 七芽が疑問を持ったことに気づいたのか、湊想太郎が、七芽の方に向き直った。


「玉枝さん、君ならどうする?」

「えー?普通に、聞きに行けばいーじゃん。先生なんだし、教えてくれるだろー?」


 七芽の回答に、湊は大げさにうんうん頷いたけれど、次の瞬間にはちょっといたずらな表情を浮かべた。


「でもさ、玉枝さん。もしかしたら、今日、先生都合悪いかもしれないよ?」

「え、でも先生だろー。聞いたら答えてくれるんじゃねー?」

「そうかもね、でもさ、玉枝さん。僕ら本気でこの内容に自信が無いんだよ。だから、先生が忙しくて、短く教えられると困ってしまうね」

「えー。じゃあどうするんだよー」

「それを一緒に考えよう、ってこと。社会に出たらさ、いつでも質問できるわけじゃないらしいよ?これも練習だね」

「んー?」

「というわけで、残りの休み時間で、先生に『任せろ!お前たちがしっかり理解するまで今日は帰さんからな!』と言ってもらえる方法を考えよう!」

「湊君、先ほどまでのお伺いとは趣旨がずれていますが……」

「いいのいいの、だってその方が"楽しい"でしょ?ね、玉枝さん」


 そう言って彼は、七芽へ目くばせをした。

 その視線で、端と気づく。

 

 七芽が、勉強の話題を退屈に感じてしまっていたことを、見抜かれていたらしい。

 最初の話題に関連がありながら、七芽が興味を引く話題に振りなおしてくれたようだ。


 玉枝七芽は楽しいことが、好きである。

 だから、楽しいことを尊重してくれる、湊想太郎のことが、ちょっと好きになった。



「駄目よ」

「えーなんでだよー。宇城。いいじゃん、園芸部、楽しそうだし」

「そうね、七芽、アンタには言っていなかったから、今言うわ」

「えー、な、なんだよー」


 思い立ったら吉日と、宇城洋子の所に、やっぱり園芸部に入りたいと伝えに言ったのだが、すぐさま否定されてしまった。


 そして、かつて名前を呼んだ時と同じように威圧感を発しながら、園芸部に入っては駄目な理由も説明する。


「あんた、お肌のお手入れとかしないでしょ」

「んー。面倒くさいけどちょっとやってるー」

「ちょっとじゃ駄目なの!」


 もにょもにょと、自らの手入れについて回答すると、ものすごい剣幕で駄目と言われてしまう。


「はぁ……良い?紫外線はね、敵なのよ。そこに自ら飛び込む愚行、世界が許しても私が許さないわ」

「えー。でも晶は良いのー?」

「晶君は男子でしょ、彼の場合は少し焼けたって構わないでしょ」

「じゃあ、私もー」

「駄目よ」

「なんでだよー」

「だって、勿体ないもの」


 宇城洋子の眼は真剣そのものだった。

 七芽には、勿体ないの意味が分からないけれど。


「いい?あんたみたいな美少女、その価値を損なうことは許されないわよ」

「それ、前も言っていたけどー。私、意味分からないー」

「分かってもらう必要はないわ、私に任せておきなさい」

「めんど……」

「安心なさい、あんたが自主的に可能な範囲で守ってあげるわ」

「うぇー」


 友人は、可愛い物、美少女とか美人とかが好きらしい。

 七芽にも、少しだけ気持ちは分かる。


 七芽も、友人の浜野井晶はまのいあきらを見ているのが好きだからだ。

 なんか、綺麗で可愛くて、ほっとけない。


 もしかしたら友人も、そんな感じなのかもしれない。

 とはいえ、生活や行動などを、偶にチェックするのは止めて欲しいとは感じている。


 それは、あまり楽しくないからだ。


「あ、玉枝さん。さっき玉枝さんが提案してくれた方法で、先生に教えてもらえることになったよ、次の日になるけれど」


 宇城洋子とやり取りをしている所に、湊想太郎が声をかけてきた。

 七芽はこれ幸いと、彼に近づいた。


「私の方法ー。役に立ったのかー?」

「うん。これで、中間試験に向けて準備万端かな」

「うぇー。試験かー。でもいいや、まずは体育祭あるしー」

「そうは言っても勉強最優先でしょ、玉枝さん」

「そうよ、七芽。そこは忘れちゃ駄目よ?」

「分かってるよー」


 当然、そういったことを七芽は忘れていない。

 試験を突破できないと、大変楽しくないことになるからだ。


「でも、せっかくの高校生活は、楽しまないとなー?だろー、みなとー?」


 玉枝七芽は、楽しいことが好きである。

 だから、能美のうみ高校での生活を、めいっぱい楽しむつもりなのだ。

 

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