第42話 浜野井晶(びしょうじょのすがた)4

「どうしたのかな?そこにいるんだろう、浜野井君。話を、聞かせて欲しいなァ」

「お断りします」

「……何?」

「先程も伝えましたけれど、僕の"友人"は、騙され、誰にも姿を見せたくない状況です。ですので、話は出来ません」

「ふぅん」


 僕がきっぱりと断ると、メガネ先輩はしばし考え込んだ。


「そうなると、君たちの話を鵜吞みにするわけにはいかなくなるなァ」

「どうしてですか」

「現状、当事者として話を聞けているのは、こちらの応援団側だけだ。君はあくまで、浜野井君の代理でしかないからね。もしかしたら、君が嘘をついているのかもしれない」

「成程成程、そうですね。もしかしたら僕が嘘つきかもしれない」

「ほう?認めるのかね」

「ええ、僕は友人を守るためなら、適当なことでも言いますし、噓だって付きますから。実はですね、もうここに、浜野井、いないんですよ」

「そんなわけないでしょう!あなた、ここに居るって言ったじゃない!」


 僕がまたしても、浜野井君は既に移動した後だと告げると、先輩女子が声を張り上げた。


「何を言っているんです。僕は、浜野井は体調が悪いから、顔を出せないと伝えただけですよ」

「だったらそこで!休んでいるんでしょう!?」

「いいえ。だからそれも嘘です。先輩は、いないと伝えても落ち着かなかったでしょうし」

「あなた、ふざけているの!?」

「ふざけたことを言っているのは先輩の方でしょう!」


 僕は、ここで初めて一喝する。

 こういう時、冷静さを失ったら負けだ、けれど、ここは過熱させてしまって構わない。

 何故ならば。


「あなた……後輩の癖に、生意気な!」

「後輩を騙し、体調を悪くするくらい傷つける先輩より、よっぽどマシでしょう?どういう脳みそしているんです」

「はぁ!?」


 煽り、煽り、煽る、煽る。

 必要なのは、時間稼ぎ。


 玉枝さんが、ここに制服を持ってきてくれれば、それでこちらの勝利だ。

 彼女なら、今この事態でも、大声で到着したことを教えてくれるだろう。


 そうしたらその着替えを何とか手に入れて、物陰で浜野井君が着替えて終了だ。


「落ち着きたまえ、君」


 しかし、僕の企みを妨げるように、メガネ先輩が、過熱した状況を落ち着かせようとする。


「でも!だって、この子が!」

「何を勘違いしているか知らないが、君たちが特別教室を無断で使用しているのは確定している。ここで騒いだところで、心証を悪くするだけだぞ」

「そ、れは」

「俺の言うとおりにしておけば、悪いようにはしない。それに、このままなら君たちが騙したわけではないとなりそうだしな」

「本当ですか!?」

「ああ、彼が浜野井君を出してくれない以上、そうするしかないだろう。それとな、扉の前の君」

「なんですか」

「君の言うことは、信じてあげるよ。だから、扉を開けたまえ」


 僕は、計画を破綻させられて、悔しい思いをしているところに、メガネ先輩はさらなる追い打ちをかけてきた。


 浜野井がいるか、いないかではなく、立てこもりを止めろと指示を出す。

 どうする、流石にもう、打つ手が。


「今開けるなら、君は今回の件になんら関係ないとしてあげよう。1学年の時から、無駄に周囲の評価を下げる必要はない」


 ――――周囲の評価?

 馬鹿馬鹿しい、そんなもの、どうとでもしてやる。


 もしも、一週間遅れの入学式からの、現状のようにどうにかすることが出来ないとしても。

 "友達"のためなら、なんてことはない。


 中学時代の友人が、僕を助け、声をかけてくれたことを思い出す。

 そして、別のクラスだったからかもしれないけれど、園芸部で出会った時から、何の偏見もなく、僕と親しくしてくれた浜野井君。


 それを守るためなら、僕はどうなっても構わない。

 好きにするがいいさ。


「すみませんが、開けることは――――」

「大丈夫だよ……扉を、開いて。湊君……」


 震えながらもはっきりと聞こえる声。

 驚いて、後ろを振り向けば、浜野井君が立ち上がっていた。


「ふむ、なんだ。やっぱりいるんじゃないか」


 その声が聞こえたのだろう。

 目の前の男は口の端を釣り上げた。


「先輩、声が聞こえたなら、それで良いですかね」

「駄目だね、何度も言うがそもそも特別教室にいることが問題だ、早く出たまえ」


 僕は、苦し紛れになんとかこの場をやり過ごそうとしたけれど、メガネ先輩はそれを許さない。


「大丈夫だよ……湊君」

「浜野井、良いから隠れて」


 隠れているんだ、と僕が言い切る前に、浜野井は僕へと近づいて、首を振った。


「あのね……湊君。君が、僕を守ろうとしてくれたみたいに」

「浜野井?」

「僕も……君を守りたい、君の力になりたいんだ」

「それは、どうして」

「君は、特別な、友達だから」


 笑顔で、言い切って、浜野井は作業椅子をどける。

 扉が開かれて、メガネ先輩は、浜野井に嘗め回すような視線を向けた。


 うげぇ、気持ち悪い……って言ってる場合じゃない。

 一度姿を見せたなら十分だろう、だから僕は浜野井を庇うように彼の前へと立った。


 その行動に、メガネ先輩は一瞬の不満を漏らしたけれど、すぐさま真面目な、運営の顔へと戻る。


「浜野井君、その恰好は、彼女たちに強制されたというのは本当かな?」

「はい……確かに、自ら着ましたけれど……それは、断れない雰囲気だったからです。嫌だったけれど……そうするしかないと、考えました」

「そうだねェ、先輩に言われては断れない、か。分かった。君の言うことを信じよう」

「ありがとうございます……それで、湊君は、僕を……庇っただけなんです」

「ああ、了解したよ。それじゃあ詳しく事情を聴くから、移動しようか」


 この格好のまま、移動させ、二人きりになろうとするクソ野郎。

 ――――こいつ、流石にいい加減に。


 今こそ、中学時代の友人から教えられたように、行動に移すべきか?


「お待たせ!湊、晶!ってうわわわわ!?どういう状況ー?」


 ギリギリのところで、玉枝さん。


「先輩、当然浜野井は、着替えていいですよね」

「ああ、確かに。運動着を持っているね。確かに悪いのは応援団のようだ。だったら詳細は彼女たちに聞く。君たちは自由にしていいよ」


 メガネ先輩は、特に悔しそうな顔をすることもなく、あっさりと退いた。

 同時に、先輩女子達は絶望の顔を浮かべるが、浜野井君のことを考えれば大したことではない。


 しっかりと反省してほしい。

 いやもう反省とかいいから浜野井君に二度と近づかないで欲しい。


「君たちの話は、体育祭終了後に聞かせて貰うから、良いかな」

「先輩以外の、運営の人でも良いですよね」

「ま、それでもいいよ」


 なおも、浜野井と話をしようとしたので、僕は、別の案を提案する。

 しつこく食い下がってくることはなく、彼はそれを了承した。


 こうして、どうにかこうにか、浜野井君が陥った危機を、解決することが出来たのだった。


 ……一抹の、不安を残して。

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