第40話 浜野井晶(びしょうじょのすがた)2

「あのーすみません」

「はぁ?……あなた、一体誰よ」


 つっかえ棒代わりの椅子では、完全に扉の開閉を封じることは出来なかったのだろう。

 僕が声をかけると、少しばかり空いた扉から、女子生徒が顔を覗かせた。


「僕が誰かはどうでも良いじゃないですか。何かご用ですか?」

「いや良くないけど……ってそうじゃないわ!そこに、浜野井晶君いるでしょ?」

「いませんよ?僕以外には誰も」

「え?」

「ここには僕以外誰もいません。ですので、お引き取りを」


 まずはシンプルに嘘をつきます。

 これで、浜野井君のことを探しに行ってくれればそれでよし。


「いや、そんなわけないでしょう」

「そんなことはないですよ。実際こうして僕がいるわけで」

「だったら、扉を開けなさいな」


 しかし、この方法は失敗。

 扉を開けてしまえば、彼がここに居ることがバレてしまうので、当然開けるわけにはいかない。


「すみません。開けられません」

「そこにいるのね、浜野井君」

「どうでしょう?」

「ふざけないで!さっさと彼を出しなさい!」


 僕のすかした態度が気に入らなかったのか、激昂する先輩。

 どうやら後ろに応援団のメンバーもいるようで、ざわついている。


「申し訳ないのですが、出せません」

「はぁ!?何言ってるのあなた!いい?彼には赤組の応援競技に出てもらうの!うちのチームが勝つために活躍してもらうんだから!」


 いやはや、勝手なこと言うなぁ。

 では次の一手。


「すみません。浜野井は応援に参加しないそうです。というわけで、お帰りください」


 僕はきっぱりと、彼女たちがこの場を去るように告げる。

 一瞬の間の後、扉の前の先輩は、顔を赤くした。


「いい加減になさい!なんの権利があってあなたがそんなこと言っているの!」

「友達ですので、浜野井が嫌がっているので、代わりにあなたに伝えています」

「んなっ」

「先輩が無理矢理連れ出したことは、聞いていますから」

「はっ。違うわよ」


 彼を半ば騙す形で、強制的に協力させようとしていたことを指摘すれば、意外にも先輩はそれを鼻で笑った。


「どういうことですか?僕は彼から聞いているのですが」

「いいえ、違うわ。彼はね、快く協力を申し出てくれたわ。そうよね、皆」


 顔を覗かせる先輩が後ろの仲間たちに確認すれば、うんうんと頷き返している雰囲気。

 それを受けて、目の前の彼女はしたり顔だ。


「ここにいる皆が証人よ。だから、さっさと開けなさい」

「お断りします」

「……私を馬鹿にしているのかしら?」


 まぁ、軽蔑はしていますね、すっごい。

 しかし、僕はそれをおくびにも出さず、慇懃な態度へと切り替える。


「すみません。先輩。実は浜野井君は体調が悪いんです。それで、お断りさせていただいているんです」

「そんなわけないでしょう。さっきまで元気だったわよ」

「いえいえ、急変したってことです。なので、こうして僕が駆けつけたってわけですね」

「……本当に体調が悪いか、確認したいんだけど?」

「それは無理ですね」

「あなた、やっぱり私のことを馬鹿にしているの?」

「体調が悪いのは、先輩のせいですから。後ろの方々も。ですので、浜野井には会わせません」

「え?」


 僕の言葉に、一瞬呆けた表情をする先輩。

 ふーん、悪気は一切ないってことなのかな?


 だったら突きつけるだけだ、自分たちのしでかしたことを。


「あなた方が、浜野井に応援を協力させただけなら、別に構わないんですけどね、彼に強いたのは、別のことでしょう?騙すように」

「だ、騙すだなんて、ひ、人聞きの悪い」

「事実ですよね?というか事実として、そのせいで彼の体調は悪化しましたから」

「それ、は、その」


 僕の追及に、先輩は怯んだけれども、それでもこちらをキッと睨む。


「……関係ないわ。確かに、詳細は伝えずに、彼にチアリーディングをさせようとしたのはそのとおりだけどね」


 困るなぁ、こちらは言葉を濁しているというのに。

 浜野井君も、今の格好相当恥ずかしいようだし、触れたくなかったんだけど。


「けれど、あなたも見ているんでしょう?彼はね、チア服を着てくれたの。協力の意思を示してくれたのよ」


 喋っているうちに、言い訳というか、自分の理論が正しいことに確信でも持ったのだろうか?

 何故か自慢げに、浜野井君は乗り気であったなどとのたまい始めた。


「じゃあ別にそれで良いです」

「あら、物分かりがいいじゃない。それじゃ……」

「でも、今の浜野井は嫌がっているので、諦めてください」

「なにを勝手なことを!」

「勝手なことを言っているのはあなたたちです」


 こちらに食って掛かろうとする先輩を、僕はぴしゃりと制する。


「自分たちの取った行動を、思い返してみてください。そこに、彼の意思はありましたか?本当に、曇りなく彼に強制していないと言えますか?」

「だから!彼は、素直に着替えてくれて」

「浜野井の行動についてはどうでもいいんです。あなたじゃなくても、後ろの先輩でも良いですよ。本当にわずかでも、浜野井を騙す気持ちはありませんでしたか?」

「そ、れは」


 怯む先輩に対して、僕は言い淀むことなく言葉を続ける。

 こういうのは、得意分野だ。


「そこではっきりと、私たちは騙していない。と言えないなら、やっぱりあなた達は彼を騙したんですよ。ですので、諦めてください」

「で、でも……!彼が応援に参加してくれれば!間違いなく勝てるのよ!あんなにも似合っていて……ウケるわ!絶対!」

「それ、浜野井に関係ないじゃないですか」

「で、でも……彼も、赤組で、協力してくれると、言ってくれたし」


 だから、それは騙した結果でしょうに、しつこいなぁ。


「本当に協力させたいなら、騙すことなく、お願いすればよかったんですよ。今回は先輩たちの失敗です。勿論、お願いしたところで成功するとは限らないですけれどね」


 当然のことではあるけれど、女性の服を着てくれと言われて、はい、と答える男性はほとんどいない。


 糸美川さんと志原田さんだって、人に言われたら着ないだろう。

 彼女たちは自分が着たい物を、自分のために着るのだろうから。


「でも、だって……あなただって、見たんだから、思うでしょ!」

「何をです?」

「浜野井君は、凄く可愛いの!似合っていたの!とても!それを、皆に見て欲しくて……」

「いや、駄目でしょう。それは」

「だ、駄目って……もしかして、あなた!浜野井君に似合わないとか言うつもり!?」

「いえ、普通に似合っていた。可愛かったですけれども」


 ――――ガタンっ!

 僕の後方で音がしたので、振り向けば、再度浜野井君が立ち上がっていた。


 あ、しまった。

 触れられたくないだろうから誤魔化していたのに、ついつい先輩の口車に乗せられて感想を述べてしまった。


 彼の方を見れば、赤面してうつむいている。

 うわうわごめんよ、浜野井君。

 後できちんと謝罪するから。


「そ、そうよね!?似合っていたわよね!?だったら」

「でも、本人がやりたくないなら駄目です」

「あ、それは」


 僕がすぐさま先輩の意見を否定し、なぜ駄目なのかを告げれば、ついに彼女は押し黙った。


「良いですか、先輩。あなたがどう思うか、ではなく浜野井がどう思うか、なんです。何より、浜野井は今の姿を他の人に見せたくないと言いました」

「でも、あの、だって」

「したくないことを、無理矢理させられるのは辛いです。それに、周囲に勝手に決めつけられて、どう思われるかも分からない」


 そうだ、この先輩がしたことは、僕が大嫌いな、偏見を助長する行為。


「いいですか、あなたの勝手で僕の友人を苦しめないで欲しい」

「…………」


 ついには目の前の彼女は項垂れ、黙った。

 やれやれ、これで終わりかな、そう思った時である。


「君たちはいったい何をしているんだ!そろそろ昼休憩は終了する!それに、特別教室の使用許可は出していないぞ!」


 𠮟責の声を上げながら、つかつかとこちらへ近づく音。

 そして、扉の前の女子生徒を押しのけて、扉の隙間から、覗かせた顔は。


 糸美川さんに告白し、こっぴどく振られた、メガネの先輩男子のものだった。

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