第39話 浜野井晶(びしょうじょのすがた)1

「は、浜野井?その恰好は、一体」

「あ、あ……お……お願い、見ないで……」


 思わず立ち上がってしまい、それを僕に見られたことが恥ずかしかったのか、浜野井君は再度しゃがみこんでしまう。


「あきらー、大丈夫ー?」

「た……玉枝さんも、は、離れて……」

「いやー。そういうワケにもー」


 僕の位置からはその姿は見えないけれど、浜野井君は玉枝さんからも身を隠したいようだ。


 とりあえず、まずは話を聞いて落ち着かせないと。

 僕は、特別教室の中に入ると、後ろ手に教室の扉の鍵をかけた。


「……湊君?」

「浜野井、僕は近づかないから、見ないから安心して。ついでに扉に鍵もかけたから、誰も入ってこれない。だから、もしも困っているなら、話して欲しい。力になるよ」

「そうだぞー、晶。私も目を瞑ってるから大丈夫だぞー」


 玉枝さん、ナイスアシスト。

 でも手で目を隠しているのはちょっと覗く気あるよね?


「玉枝さんに、君が先輩に連れていかれたと聞いて、心配でここに来たんだ、だから大丈夫。僕は味方だ、友達だしね」

「あ。もちろん私も私も」

「うん、そうだね、玉枝さん」

「二人とも……ありがとう……」


 僕と玉枝さんの言葉に、安心したのか、浜野井君はぽつりぽつりと何があったのかを話し始める。


「その……赤組の応援団の人たちに、応援団員が不足しているから、助けて欲しいって、言われて……」


 そして、ここの特別教室に連れ出されたらしい。

 浜野井君は、最初は快く引き受けるつもりだったようだ。


 しかし、そこにあったのはまさかの女子用のチアコスチューム。

 当然、慌てて断ろうとした浜野井君であったが、それを先輩が許さなかったようだ。


『僕にできることなら、協力します。そう言ったわよね』


 そこで、浜野井君は騙された、というか最初からそのつもりであったことに気づいたようだった。


 応援団に参加してほしいというのに、男性ではなく女性の先輩。

 おそらく同じくチアの人たちだったのだろう。


 どうやら逃げられない、と思った浜野井君は、思い切ってその服を着用することにしたようだった。


「えっと、ごめん浜野井。どうしてわざわざ相手の企みに乗るようなことを?」

「その……一度着て見せて、そうしたら、変だとか、似合わないとかで……諦めて、くれるかと……思って」


 沈痛な声で、どうしてそのように行動したのかを浜野井君は語った。

 ……成程、彼には申し訳ないけれど、その行動は失敗だった。


 そして、女子の先輩にとっては、目論見が当たったということなんだろう。


「そうしたら……可愛いとか、似合うとか……言われて、しまって」


 そして、より断れない状況になってしまったということだろう。


「それでも、なんとか断ろうとしたんだけど……体操服を、教室に返しておくと持っていかれてしまって……」

「おっと、アウト」

「え?」

「あ、ごめんね、浜野井。大丈夫だから、心配しないで」


 なんだろう、この学校治安悪くない?

 今日の体育祭では、良い先輩たちもいたのにさ。


 うちは進学校だし、そういう行動が一番許されない校風なの分かっているだろうに、よくもまぁ今みたいなことをしようと思ったもんだ。


 ま、解決策は思いついたから、どうとでもなる。

 というか向こうが悪いので、なんならこのまま教室に向かってもいいくらいだ。


 とはいえそれは、浜野井が姿をさらすことになってしまうので無しだけど。


「玉枝さん、今の話、聞いたよね」

「おー。それで、私、何すればよいー?」

「浜野井の体操服、制服でも良いからここに持ってきて。多分先輩たち戻ってくるから、そっちは僕が対処する」

「おっけー。まかせるー」

「任された」


 玉枝さんは、ビュンと教室を飛び出すと、浜野井君のクラスへとむけて駆け出していく。


 さて、先輩たちが戻ってくるまで、さほど時間はないだろう。

 とりあえず、扉に鍵をかけ、それだけでは不足なので、引き戸に作業椅子を立てかける。


 これで、相手がカギを持っていた場合でも、無問題。

 ちょっと時間を稼いで、玉枝さんが着替えを持ってくれば、浜野井君は恥ずかしい思いをする必要はなくなる。


「あの、ごめんね……湊君。迷惑かけて……しまって」


 屈んだままで姿は見えないけれど、彼の申し訳なさそうな謝罪の声が聞こえてくる。


「気にしない気にしない。さっきも言ったでしょ。僕たち友達なんだからさ」

「そのことも……なんだけど」

「うん?どうかした?」

「僕……本当に、湊君の友達で、良いのかな……」


 え、待ってショック。

 僕たち、友達じゃないの?


「僕なんかが……湊君の友達になって、良いのかな……?」


 思わず衝撃を受けてしまったけれど、浜野井君の意図はどうやら違うようだった。

 彼は、少し卑屈なところがある。


 今は、恥ずかしい思いをしているので、余計にそれが加速してしまっているのだろう。


「そんなこと言ったら、僕、浜野井の友達に相応しくないかもよ」

「そんなことはないよ!」


 僕がおどけて、自分の方が彼の友人として適していないのでは?と吹くと、浜野井君はそれを強くし否定して、素早く立ち上がった。


 僕は扉に背を向けて、彼の方を見ていたので、ばっちりと彼と目が合ってしまう。

 普段は彼の長めの前髪に隠されていた目が、赤組のハチマキで晒されている。


 いや、それにしても似合うね。チアの服。


「わ……わわわ……み、見ないで」

「うわっ。ごめん!」


 浜野井君は再び屈んで、僕は慌てて彼に背を向ける。


「ご、ごめん。さっきのは冗談。あのさ、浜野井。友達に相応しくないなんて言わないでよ」

「その……でも、湊君。僕は……糸美川さんや、志原田さんと違って……」

「二人が、どうかしたの?」


 僕が、浜野井君の言葉に疑問を持って問いかけたところで。

 ガタガタガタガタッ!


 扉が、つっかえ棒代わりの作業椅子に引っかかって、開かないことにイラついたのだろうか、大きな音を立てている。


「ちょっと!浜野井君!開けなさい!」


 おっと、諸悪の根源の登場か。


「あのさ、浜野井。僕は間違いなく君の友達だから。ここは、任せといて」


 僕はそう言って、扉へと近づいた。

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