第10話 オタク男子と美少女男子 1

「はー。笑った笑った。結構いい性格しているんだな、お前」

「糸美川さんほどじゃないけどね、何その豹変。そっちが素?」


 しばし笑いあった後、糸美川さんが軽口を叩いてきたので、僕もそれに乗ることにした。

 実際、別人みたいな印象を受けるもんな。


「別にどっちも素だよ。怒れば態度が変わるのも当然だろ?」

「成程、そういうキャラ設定なんだね、厨二病ってやつだ」

「だーれが厨二病だ。なんかイタイやつみたいにいうんじゃねぇよ。……コホン、あのですね、湊君。私だって怒るんですよ?」


 僕の指摘にすぐさま猫を被って、丁寧ながらもこちらを威圧する糸美川さん。

 いやいや怖いって、圧が凄い。


「すみません、変なことを言いました」

「いえいえ、次から気を付けていただければ大丈夫ですよ。……次はないけど」

「いや怒ってるよね!?怖いんだけど!」

「ははっ冗談だ冗談。というかお前だって結構意外なところあるだろ」

「僕、何かあったっけ?」

「今こうして屋上に誘い出したところだよ。……湊君って意外に積極的なんですね」

「その話は、もうなし!」

「はは、すまんすまん。でも、あの馬鹿男相手に上手く言葉で制していたじゃないか。そういうことは出来ない、控えめなタイプに見えてたからさ」


 くるくると、丁寧な口調とラフな口調をスイッチしながら、糸美川さんは僕の事を評した。


 まあ、オタクバレしないように言葉を選びながら会話していたしね。

 上手な会話を出来ていたつもりだったけれど、少しぎこちないものだったらしい、残念。


「まあ、やっぱり緊張していたから。しかもいきなり教室に向かっちゃたし」

「お前、迷った子犬みたいだったもんな」

「え、ひど。そこまでじゃないでしょ」

「いやいや、なんか不安気にぷるぷるしてたしな」

「そんなことしてないって」


 その時の僕の姿を思い返して、くすくす笑う糸美川さんに、僕は抗議する。

 自業自得だけどさ、そこまで笑わなくて良くない?


「悪い悪い、もう笑わないよ。……ですので、ああして毅然とした対応を、それも年長の人に出来るようなタイプに見えなかったんです」

「あれは、あの先輩があまりにも無茶苦茶だったからさ、思わずって感じだよ。そういう意味では確かにそういうタイプではないよ」

「そうでしたか。でも、嬉しかったですよ。助けに入ってくれたこと」

「先に糸美川さんが助けてくれたからさ、そのお礼だよ」

「そう、ですか」

「うん。だからさっきも言ったけど、本当にありがとう。糸美川さん」


 再度感謝の言葉を伝えると、糸美川さんは何故か黙ってしまった。


「そのこと、なんだけどさ」

「なにかな糸美川さん」

「ごめん。単純な親切心じゃなくて、下心あった」


 申し訳なさそうに、僕へ謝罪する糸美川さん。

 はて、下心とは?


「あのさ、教室でお前お見て、オレは思ったんだ。ここで恩を売っておけば、きっと感謝してくれるだろうなって」

「あー。そういう下心か、成程ね」

「成程って……気にしないのか?」


 僕がそんなことかと軽く答えると、糸美川さんは意外そうな表情をする。

 

「それくらい、誰でも考えるでしょ、実際に助けてくれたのは嘘じゃないんだし」

「そう言っていただけると、助かります。ありがとう、湊君」

「あ、でもさ」

「……なんでしょう?」

「親切にするにしても、あの対応はやり過ぎかも。僕が勘違いしたら、どうするつもりだったの?」

「…………あ」


 僕の指摘に、糸美川さんは思わず声を漏らす。

 これ、深く考えていなかったな。


「そ、それはですね。私は男性に興味をないとお伝えしてですね、お断りすればよいと」

「でも、さっきの先輩とかそれでも止まらなかったじゃん」


 沈黙が、その場を支配する。


「……糸美川さんって、けっこう抜けてる?」

「う、五月蠅いな!その時はバサッとぶった切るからそれでいいんだよ!」

「いやでも、それだと本性バレするよ?今もそうだし」

「ぐ……た、確かに」

「事実として僕もさ、本当に美人だな、可愛らしいなって思ってたし」

「うん?」

「あ」


 親切にするという計画の詰めの甘さを指摘してやれば、慌て始めたので、楽しくなってしまう。


 そのまま攻め続けようとしたところで、うっかり糸美川さんへの最初の評価を漏らしてしまい、その言葉に糸美川さんはにんまりと笑った。


「へー、なになに?やっぱりオレにときめいちゃった?……申し訳ありません、湊君。その思いに応えるわけには」

「ちーがーうーかーらー!」

「ははは、照れるな照れるな。美しさも罪だな、魅力的なのも困りもんだわ」

「いや、本当に、全くそういうことないからね?」

「でも、見とれていたのは本当なんだろ?」

「そりゃそうだけどさ、でも僕、本当にさ"男の娘"とか興味ないし……」

「男の娘?ああ、なんだっけ。アニメとか漫画の女装する男の事だっけ?何、お前そういうの好きなのか?オタクってやつなのか」

「オタクじゃない!」


 男の娘、という失言からオタクと指摘されてしまい。

 思わず僕は叫んでしまった。


「あ、その。ゴメン大声出して、でも、本当にオタクじゃなくて……」

「おー?いや、別に気にする必要はないんじゃ」

「気にするとかじゃなくて、僕は違うんだ、オタクじゃない。だから、だから……」

「お、落ち着けよ。悪かったって」


 動揺して、考える前に言葉口から飛び出す。

 糸美川さんはそんな僕を冷静にさせようとしてくれるが、止まらない。


 嫌だ、のは。

 僕は絶対に、脱オタクを達成するんだ。


 混乱して、無茶苦茶な思考が脳内を走るけれど、とにかくこの場を何とかしようと、僕は訳の分からぬままに、口を開いた。


「び、美少女男子」


 思わず出たのは、僕自身聞いたことのない言葉。

 でも、こうなったら破れかぶれだ、僕はそのまま続けることにした。


「糸美川さんは美少女男子だけど、僕、それで好きになったり、興味を持ったりしないから!」


 なんて苦しい発言だろう。

 オタクと思われたくないとはいえ、こんな僕に糸美川さんは当然呆れて――――


「良いじゃん、それ」


 けれど、糸美川さんはラフな口調のままに、優しく微笑んで、僕の言葉を肯定してくれた。


「うん、好きだぜ、その言葉。男の娘より、オレはそっちが良い。美少女の男がいたっていいよな」


 決して、僕を揶揄ってるわけでも、馬鹿にしているわけでもない。

 それどころか、糸美川さんは満足そうだ。


「湊君。男性が美少女になろうとしても、おかしくないですよね?」


 可愛らしく小首をかしげて、問いかけられて。


 僕は思わず、頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る