第8話 オタク男子と美少女??? 3


「……湊君?」


 僕の行動が意外だったのか、糸美川さんは少し驚いているようだ。

 ちらりと横目で見ると、明らかに手を出そうとしていた。


 すっげぇ拳骨握ってるよ。


 あっぶない、せーふせーふ。

 こんな馬鹿にはさ、暴力なんて振るうまでもないわけで。


「先輩、人に悪口を言ってはいけないって、知らないんですか?」

「いきなりなんだ、お前は、そんなことは」

「あ、そういうのいらないので。悪口を言って良いと、そう思ってるんですか?先輩は、そんな人間ということで良いですか?」

「う、うるさいぞお前、第一お前に関係は……」

「ありますよ、クラスメイトなんですから。目の前で、クラスメイトに酷い言葉を吐きかけられたら止めますよ」


 虚を突かれたのか、先輩男は一瞬呆けた後に僕に対して激昂した。

 けれど、僕は取り合わずに、冷静に事実を告げる。


「ぐ、そ、そうかお前も勘違いしているんだな、そいつは男なんだぞ。どれだけ可愛くてもな、男なんだよ」


 先輩男は、それが気に食わなかったのだろう。

 再度下卑た表情へと変えて、僕へと糸美川さんは男なのだと繰り返すした。


 確かに、それはその通りなんだけどさ。

 だけど、語るに落ちてるよなぁ。


「知ってますよ。だから何ですか?」

「そいつとはな付き合えないんだよ!男なんだからな、それなのにお前は」


 いや、それなのに諦めきれずに告白したのお前じゃん、自己紹介お疲れ様です。

 思わずこいつにそう言ってやろうとしたけれど、それをやるとまた爆発するだけなので、止めておいた。


「あのですね、先輩。そういう恋愛脳って恥ずかしいことなんですよ」

「は?お前何を言って」

「なんでもかんでも付き合う付き合わないに繋げるの、恥ずかしいです。普通、衆目監視の中で告白しませんし」

「お、俺はそんなことをする人間じゃない!それに告白もソイツのせいで……」

「いやいや、周りの人達も目撃していますからね、先輩が告白しているの、僕も目撃したわけですし」

「そ、それは……」

「先輩がどう考えているのかは分からないですけれど、今ここで起きたのは先輩が告白して、振られたという事実だけです」

「そ、そんなことは……」

「あるんですって、これ以上恥をかきますか?今のままだと、振られた上に、諦めきれずに縋りつく男ですよ。そういう風に伝わりますよ、周りに」


 都度都度爆発しそうになる先輩男を上手く処理する。

 こいつは、多分振られたことが認められないわけではない。


 自身が"男"に告白してしまった、"男"に惚れてしまっていたことが急に認められなくなったのだ。


 だから、恥ずかしいという感情を、振られたことで感じているのだと、勘違いさせる。


 このままだと、単に振られただけでない、みっともない男だと思われますよ、と指摘してやるのだ。


「それでも、まだここに残りますか?」

「ぐ……わ、分かったよ。くそっ」


 同じフロアに残る生徒たちが、ざわざわとしているのも伝わったのだろう。

 悪態をつきながらも落ち着いたのか、先輩男は立ち去ることを決めたようだ。


「ちっ。いいかお前、変態と一緒に居たらな、お前も変態に思われるからな、そのつもりでいろよ」


 去り際に、苦し紛れの捨て台詞を吐いて、ようやく男は立ち去った。


 じゃあ、その変態に告白したお前は何なんだよ。

 面倒だから何も言わないけれど。


 周りの生徒たちは、遠巻きにしながらも、その姿を視線で追っている。

 どうやら僕達が注目されることは避けることが出来たようだ。


 ふう、任務完了ミッションコンプリート

 我ながら中々の話術である。


 日々様々なトラブルシチュエーションを、暴力に頼ることなく解決する方法を妄想していて助かった。


 ふ、脱オタクを決意しながらもオタクパワーに頼ってしまう姿はまるで、スローライフを願いながら思わず活躍してしまうweb小説の主人公のような――――


「悪い、迷惑かけた」


 僕の妄想を遮るように、糸美川さんが、"彼"が荒っぽい口調のまま謝罪を口にした。

 声をかけられた僕は糸美川さんの方へと向き直る。


「えっと、糸美川さん」

「騙すつもりはなかった。けど、そう思われても仕方ないことした。ごめんな。それじゃな」


 こちらが何かを言い出す前に、糸美川さんは謝罪を口にして、僕に背を向け歩き出した。


 確かに、騙されたという思いはある。

 けれど、それはあくまで性別に関することだけで。


 僕が、彼女を美少女だと思ったことは、騙されたわけではないのだ。

 そして、困った僕を助けてくれたことも。


『ええ、それでは困った時は、助けていただけますか、湊君』


 今日交わされた、なんてことのない会話。


 けれど、立ち去ろうとする糸美川さんの表情が曇っているのを見て、僕の脳裏には、その言葉が思い出された。


 だったら、することは一つだ。


「あのさ!糸美川さん!」


 声をかける僕に、糸美川さんは足を止めてこちらに振り向いてくれた。

 とはいえその顔には、訝し気なものが浮かんでいるけど。


 これもまた、脱オタへの"第一歩"だ。

 困っているであろう君の助けになってみせようじゃないですか。


「まだ、学校案内終わっていないよね?」

「え?いや、それは」

「僕、屋上見てみたいんだ。だから、お願いできるかな」


 糸美川さんにとって、僕の発言は相当に意外だったのか、目を丸くしている。

 それでもゆっくりと、僕のお願いに頷いてくれるのだった。

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