第7話 オタク男子と美少女??? 2

「い、いとみかわくん?」


 目の前の先輩男が動揺しながら、彼女……いや、"彼"の名前を口にする。


 唖然としてしまって、何も口にすることのできない僕とは違って、なんとか反応することが出来ているようだ。


 とはいえコイツも僕と同様に、糸美川さんの豹変した態度に、戸惑っているようだった。


「何が『いとみかわくん』だ。アホ面晒しやがってよ。分かんないか?ウザいからさっさと消えろって言ってんだよ、オレは」

「い、いやだって、君、その口調……」


 男は声を震わせながら、糸美川さんの話し方について指摘する。

 声に含まれる怒気以上に、その言葉遣いに面食らっているようだ。


「は、アホかよ。テメェが最初に話しかけてきたときにも言っただろうが、"オレは男だ"っつったよな?普段と違う、とでも言うか?そりゃそうだ怒ってんだよ、こっちは!」


 糸美川さんが、怒りを解き放つと、それでも男は「でも……」と追い縋ろうとした。

 しかし、すぐさま目を逸らす。


 表情はうかがえないが、おそらく、糸美川さんが睨んでいるからだろう。

 先程までの興奮とは打って変わって、威圧され、昼んでいるようだった。


 それでも糸美川さんの怒りは収まらないようで、その勢いは止まらない。


「たった一週間で言われたこと忘れやがって。脳みそ付いてんのかよ、テメェ」


 結構辛辣な言葉だけれど、僕は男に対して呆れてしまっていた。

 いやいや、入学式早々に告白するって、なに考えているんだよ。


「『先輩として頼ってくれたまえ』なんて言いながら、周りに人もいる中で告白しやがってよ、サカリのついた犬か、テメーは」


 うえ、この男、先輩なのか。

 後輩に優しくする振りをして、即座に告白って結構怖い行動だぞ。


「そ、その君が余りにも美しかったから、だから……」

「だからじゃねぇ、こっちはな、周囲に聞かれるのも承知で"男"だってことをわざわざ伝えてやったのによ!」


 そう言うと糸美川さんは、右足で床をダンっと強く踏んだ。

 男はビクッとすると、退くように怯んだ。


「俺は男に興味はねぇんだよ!ただ好きでこの格好してるだけだ!分かったらさっさと消えろ。もう二度と話しかけてくんな。マジでな。」


 糸美川さんの吐き捨てるような言葉に、男は完全に打ちのめされたようで、俯いて何も言わない。


 僕はといえば、目の前で繰り広げられた光景を完全には受け入れられないでいた。


 本当に"男"だっていうのか、糸美川さん。


 今この瞬間まで感じていた、ドキドキするような胸の高鳴り。

 その感情を、"彼女"ではなく"彼"に向けていた。


 それは言い訳のしようもない事実で、だからこそ僕の頭を混乱させていた。


 僕は落ち着くために、その場を動くことも出来ず、ぶるぶると震え始めた先輩男へと視線を向ける。 


 ……この男のあまりにも早すぎる、場所をわきまえない告白は非常識と言うほかない。


 けれど、一目見た、糸美川さんの美しさに当てられたとすれば、それはあり得ないことではないとも思える。


 糸美川さんが、女性であれば、だけれども。


 そういう意味では、男と判明した後も、再度告白するコイツはそれなりに凄いのだろうか。


 いや、方法が本当に大迷惑で、褒められる点は何一つないが。

 実際、今も校舎に残っていた生徒が、何事かとこちらを注目しているし。


 ……きっと、糸美川さんにとってこの状況は好ましいものでは無い。

 先程の言葉の中にも、可能なら自分の性別を開示したくないというのがあったし。


 仕方がない、先輩男が立ち去らないのであれば、僕達がこの場から動くしかないだろう。

 思うところはあるけれど、僕は糸美川さんに声をかけることにした。


「き、きみに、そこまで言われる筋合いはない!」


 しかし、動き出そうとした僕に先んじて、先輩男が言葉を発した。

 震えながらも顔を上げて、敵意を持った視線を糸美川さんに向ける。


「お。男の癖に、女性の恰好をしている。そんなやつに、そこまで言われる筋合いはないんだ。そ、そうだ!そもそも君がそんな恰好をしているのが悪い。俺は何も悪くない。君のような変人が……いや変態が悪いんだ!」


 先輩男は聞くに堪えない侮蔑の言葉を糸美川さんに放つ。

 その中身は言い訳まみれで、あまりにも幼稚だ。


 告白したのは、自分の意思の癖に。

 平然とその相手をコケ落とそうとする姿は、呆れるほかない。


「誰もお前に告白して何でお願いしてないだろうが、馬鹿だろお前」

「う。五月蠅い!誰だって俺と同じことを言うはずなんだ!お前の本性を知れば……」


 糸美川さんの声も、罵倒ではなく呆れたものになっていた。

 それでも、男は諦め悪く食い下がる。


「そうだ!間違いなく君は変態で――――」

「あの、そういうの、止めませんか」


 これ以上、目の前のコイツに糸美川さんへの悪罵を言わせたくなくて。

 僕は糸美川さんの横へ歩み出て、そういことは止めろと、口にした。

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