この町の幽霊屋さん 1
「やあ、やっと帰ってきたのかい。待ちくたびれたよ」
ハチヤとマル。天国へやって来た2人が、何を乱心したのかパチンコ店を購入してしまったのを見届けた後、現世へと帰ってきた霊人。彼を出迎えたのは、スーツ姿の少し小柄な女性。ネイビーのジャケットを隣の椅子に掛け、足を組んでカウンター席に座り、スマホを片手にしながらも、ぼんやりと天井を見つめるようにして暇そうにしていたようだ。自動ドアから入って来た霊人に気付き、後ろを振り返りながら小さく手を振り笑顔を見せている。
しかし、どこかその笑顔には若干の暗さと湿り気のようなものがあった。
「ようやく新しい天国がオープンしてさ。ちょっと応援しに行ってた。住人も無事入って来れたよ、とりあえず2人だけなんだけど」
「そうかね。しがない世の中だねぇ」
霊人は彼女の後ろを通り、カウンターの中に入る。L字型になっているカウンターの長い方。誰もいないテーブルの上には、飲み終えてそのままのカップやらスプーン、ミルクが入っていた小さなさしがそのまま。
霊人はピンク色のトレイを手にして近づき、手早くそれらを片付けるとそのまま流し台へ。手を洗った後に、これまたピンク色のエプロンと同じくピンク色の野球帽を装着した。
そのタイミングでカウンターの女性をねだる。
「君の淹れてくれるコーヒーを。この世のものとは思えないくらい、熱いやつをさぁ」
「今から淹れるから待っていてくれ、刑事殿」
彼女の名前は蛸田。刑事である。捜査一課に所属していた。優秀であった。しかし、まともに職務を全う出来ないくらいに酷い霊感があった。そのせいで、1度は警察を止めたクチ。それが今では、栃木県警察本部長の布告により、特別霊捜査班の刑事として復帰。幽霊屋をサポートし、独自の捜査線を敷いて事件を解決に導くという命を授かった。
警察関係各所とのつなぎ役という名目で、彼のところをよく訪れている。彼女が再び手にした警察手帳には、霊人が書いてくれたお札がびっしりと貼られている。おかげもあり、今はすこぶる健康聡明。この瞬間も、その能力を存分に発揮して、カウンター席に肘をつき、コーヒーを淹れる幽霊屋の姿を微笑みながら見つめている。
もっぱら、この場所で出されるコーヒーは、インスタントである。警察からの捜査協力金を使い、近所のドラッグストアで購入したちょっといいインスタント。霊人には本格的なコーヒーを淹れることが出来る技術も気持ちもない。
それでも、この霊道のど真ん中で、彼が、霊力を込めたコーヒーであるが故に、彼女にとっては何よりも意味があった。
「はい、どうぞ。タコちゃん」
霊人にそう呼ばれ、彼女の表情がさらに緩む。真っ白なコーヒーカップに真っ黒なコーヒーが注がれている。それが細かい編み込みが目を引く、手作りのコースターに乗せられ、蛸田の目の前に出された。
組んでいた足を下ろし、コーヒーカップを見下ろす女刑事。まるで膜のように上がる湯気が目元まで届き、高価な眼鏡のレンズを曇らせる。注文通りの熱々なホットコーヒーだ。
彼女は柄の丸みを感じながら左手でカップを手にし持ち上げる。そして、小さくすぼめた口先でふーふーと息を2回吹き付けてから、コーヒーを口にした。
「⋯⋯コクッ。うん、いいね。いい熱さだ。⋯⋯でも、辛いよ!!そしてさらに酸っぱいよ何を入れたんだい!?」
ゴフッと吹き出してもおかしくないものを彼女は全て飲み込んだ。それからのクレームである。
「ただのタバスコですけど?」
霊人はそう言ってやや細長いガラス瓶をカウンターの上に置いた。丸みを帯びて、やや首の辺りが細い。頭に六角形のプラスチック製の赤い小さな栓が付いている。瓶の中には半分程の位置まで赤い半透明の液体が入っている。パスタやピザなんかを食する時のお供。どこでも見かけられる。探せばすぐに見つかるお馴染みのものだ。
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