第176話 鍵と医師のプライド②
ティアは自身の懐をごそごそと探ると、古びた真鍮製の鍵を取り出し、テーブルに放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
「……は?」
「儂のを貸してやろう。昔、拾ったんじゃ」
「ひ、拾った……?」
白雪さんと諒さんが、凍りついたようにティアを見る。
そりゃそうだ。幻のダンジョンへの鍵を「拾った」で済ませる幼女など、怪しすぎる。
「おい、待て。さっきから黙って聞いていれば……。この子は一体何者なんだ? トップギルドやADAの機密情報にもないようなことを——」
「白雪さん、諒さん」
不審がる二人に、俺は静かに声をかけた。
変な嘘をつくより、ここはトップとしての判断で押し切るべきだ。
要は誤魔化すのが面倒くさい。
おそらく今後もこういうことが起こり得るかもしれない。その度に色々な良い訳をしていたら、いずれ破綻する。そもそも良い訳を考えるのが大変すぎる。
「ティアの知識は本物です。彼女にはちょっと複雑な『事情』があるんです。そのあたりは、俺が全て保証します」
「事情、ですか」
「ええ。今は深く聞かないでもらえると助かります。……信じてくれますか?」
俺が真剣な顔で見つめると、白雪さんは小さくため息をつき、諒さんは肩をすくめた。
「……柴田さんがそう仰るなら」
「フン、結果がついてくるなら、情報の出所な些事なことだ」
なんとか納得してくれたようだ。
諒さんが、鍵を手に取る。
そして、魔力を込めようと念じるが――鍵はうんともすんとも言わない。
「くっ……なぜだ、反応しない……!」
「無理じゃよ。扱うに値する場と人が要るゆえな」
「場?」
「そうじゃ。いずれかのダンジョンの
ティアが無慈悲な事実を告げる。
諒さんの動きが止まった。
彼は鍵を握りしめ、葛藤するように俯き……意を決したように俺を見た。
「……代表。折り入って頼みがある」
「はい」
「この鍵を使うには、貴様——貴方の力が必要だ。……つまり、貴方に同行してもらわなければならない」
諒さんは苦渋の表情を浮かべた。
つい昨日、俺を殴り、「認めていない」と宣言した相手に、頭を下げて協力を仰ぐ。
彼にとっては、屈辱かもしれない。
それでも、彼は医師として、頭を下げようとした。
「俺の個人的な願いだ。ギルドの利益になるかも分からないし、危険も伴うだろう。
対価は払う。俺の全財産——」
「いいですよ」
俺は即答した。
諒さんが、頭を下げる途中で固まった。
「……は?」
「いいですよ、行きましょう。準備して、すぐに出発しましょうか」
「お、おい、待て。聞こえなかったのか? メリットもないし、危険があるかもしれないんだぞ?
それに、俺と貴方は……その、微妙な関係だろう?」
諒さんが戸惑っている。
微妙な関係……と言っても、多分それは一方通行だと思うぞ。
俺は諒さん自身に悪感情はないし、なんなら愛する妹を取られてムカつく気持ちは分かる。桜可愛いもんな。
だから首を傾げた。
「え、だって俺の力が要るんですよね?」
「そ、そうだが……なぜ助けてくれる?」
「人を助けるのに、理由がいるんですか?」
俺の言葉に、諒さんが息を呑んだ。
困っている人がいて、それを助ける力があるなら、使う。それだけの話だ。
それはきっと、医者の諒さんが患者を救うのに理由を求めないことと一緒だ。
特に今回は、病気で苦しむ多くの人を救えるかもしれないんだ。断る理由がない。
「……貴方という男は……」
諒さんは呆然と呟き、それからフッと力なく笑った。
その表情には、先ほどまでの敵意はなく、どこか敬意のようなものが混じっていた。
「……完敗だ。悔しいが、桜が惹かれるのも無理はないかもしれん」
「え?」
「いや、独り言だ。
……ありがとう。恩に着る」
こうして、俺とシスコンお兄さんの、奇妙なバディが結成された。
◇
二時間後。
俺たちは岡山ダンジョンに入ってすぐの部屋にある、
装備を整えた俺と諒さん。
見送りには、桜と白雪さん、そしてバナナを咥えたティアが来ている。
……どうやらバナナはお菓子に入らないようだ。
ティア曰く『特殊なダンジョン』らしいので、どんなリスクがあるか分からない。
諒さんの盛大な反対により、桜の同行は拒否されていた。
まぁ、俺も
「お兄ちゃん、もう一回言うけど、絶対の絶対に、ひろくんを攻撃しちゃダメだからね!」
桜が諒さんの袖を掴み、上目遣いで、しかし目は笑っていない真剣な表情で釘を刺す。
「ダンジョン内での事故に見せかけて背中を刺すのはもちろん、治療のふりして麻酔打つのも禁止! あと、モンスターをわざとひろくんの方に誘導するのもナシだからね!」
「……信用ないなぁ、私は」
諒さんはやれやれと肩をすくめた。
だが、その指摘が具体的すぎるあたり、前科があるのか、あるいは計画していたのか。
恐ろしい……。
「分かっているよ、桜。
……今の私は、彼を信頼している。あくまでビジネスパートナーとして、だがな」
「本当かなぁ……。ひろくんも、気をつけてね? もしお兄ちゃんが変な動きしたら、置いて帰ってきていいから」
「はは、肝に銘じておくよ」
俺は苦笑しつつ、桜の頭をポンポンと撫でた。
それだけで、諒さんの眉間がピクリと動き、殺気が漏れ出しかけたが――彼はスゥーッと息を吸ってそれを飲み込み、理知的な医師の仮面を被り直した。
うん、ギリギリ理性が勝っているようだ。
「さて……行きますか」
俺はティアから借りた、古びた真鍮製の【鍵】を取り出した。
一見すれば骨董品屋のガラクタに見えるそれは、オベリスクの前に立つと、まるで鼓動するように熱を帯び始めた。
俺は鍵を空間にかざし、意識を集中させる。
《管理者権限を確認——》
《【ヒュギエイアの書庫】へのアクセスキーを確認——》
脳裏に直接、無機質なシステム音が響く。
次の瞬間。
キィィィィン……という耳鳴りのような高周波と共に、オベリスクの前の空間が歪んだ。
「おお……」
誰かの感嘆の声が漏れる。
何もないはずの空中に、黄金色の亀裂が走る。
パリン、というガラスが割れるような幻聴と共に、空間が砕け散り――そこには、眩いばかりの光を放つ『渦』が出現した。
神々しく、それでいてどこか恐ろしさを感じさせる、未知への入り口。
黄金の光が、俺たちの影を濃く地面に焼き付ける。
「これが、ヒュギエイアの書庫への入り口……」
「…………」
諒さんは、その光を食い入るように見つめていた。
その瞳に映っているのは、単なるダンジョンへの好奇心ではない。
救えなかった患者たちの顔。そして、病魔という理不尽に対する、医師としての執念なんだと思う。
「行きましょう」
俺が声をかけると、彼はハッと我に返り、そして力強く頷いた。
「ああ。……必ず、持ち帰ろう」
諒さんが、決意に満ちた声で告げる。
「我々医師の手が届かなかった領域にある、未来への希望を」
俺と諒さんは頷き合う。
言葉はもういらない。
俺たちは並んで地面を蹴り、黄金色に輝く光の渦へと、その身を投じた。
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