第172話 正体

「怪我はないですか?」

「……あ、ああ」


 Rは、呆然と俺を見上げていた。

 マスクとサングラスで表情は見えないが、その身体が微かに震えているのが分かった。

 恐怖ではないんだろう。

 きっと悔しさだ。


 Rが歯を食いしばっていたからだ。

 おそらく高ランク探索者としての自負があったんだろう。愛する人を守れるだけの力があると信じていたはずだ。

 だが、自分が手も足も出なかった事実。己の不甲斐なさに打ちのめされているんだ。


「う、うう……」


 その時、周囲で呻き声が上がり始めた。

 ティアの初撃で吹き飛ばされていた受験者たちが、駆けつけたADA職員のポーション投与によって意識を取り戻したのだ。


「いってぇ……なんだありゃ……」

「……は? なんであいつ、立ってんだ?」


 彼らは、無傷で立っているRと、その前に立つ俺を見て、状況を理解できずに騒ぎ始めた。


「おい、おかしいだろ! なんであの不審者ヘンタイだけ無事なんだよ!」

「そうだ! あのガキ、俺たちには本気で撃ってきやがったのに、あいつには手加減したんじゃねえか!?」

「八百長だ! 出来レースだ!」

「そもそも子どもを試験官にするなんて卑怯だぞ! ガキを盾にされたら俺たちが攻撃できるわけねぇだろ!」


 罵詈雑言。

 自分たちの弱さを棚に上げ、見苦しい言いがかりを喚き散らす。

 いや、ばちくそ積極的に攻撃しようとしてたじゃん。


 ティアが「なんじゃと? もう一度消し飛ぶか?」と血管を浮き上がらせるが、俺は片手でそれを制した。

 モブたちの矛先が、なぜか俺に向いたからだ。


「おい、そこのオッサン! お前もギルドメンバーギルメンか? 邪魔なんだよ!」

「そうだ! 納得いかねえ! 俺たちにもちゃんとチャンスを寄越せ!」

「そうだそうだ! そこのオッサンと戦わせろ! それなら文句ねえぞ!」


 彼らは俺を指差し、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。

 ティア化け物ヘンタイは怖いが、このみすぼらしそうな男なら勝てる。そう踏んだのだろう。

 一番弱そうな獲物を狙って、憂さ晴らしをし、あわよくば合格をもぎ取る。

 その腐った根性が透けて見える。


「……はぁ」


 俺は深いため息をついた。

 本来なら、前に出るつもりは全くなかった。

 だが。


(……そういえば、こいつら)


 思い出した。

 面接の時、こいつらが桜に投げかけていた言葉を。

 『合格したらデートしようぜ』『ちょっかい出してやろうぜ』『柴田なんてどうせ成金だろ』『あんな奴放っておいてオレと遊ぼうぜ』。


 ――うん。やっぱり許さん。

 ここは大人として、社会を舐めた若造ガキどもに『教育』しないといけないよな。


「いいよ」


 俺は被っていた帽子を脱ぎ捨て、コキコキと首のストレッチを始める。

 そして、ぞろぞろと集まってくる数十人の男たちを、冷めた目で見下ろした。


「痛い目見たいなら、かかってこいよ。全員まとめて相手してやる」

「ハッ! ナメやがって! 後悔すんなよ!」

「みんなで囲んでボコっちまおうぜ!」


 男たちがいきり立ち、武器を構える。

 その殺気に、周囲の空気が張り詰めた。

 その中で数名——さっきのティアの攻撃を防いだ姿を見た受験者だけが顔色を変えて後ずさり、「き、棄権します……」と逃げ出した。生物としての本能が、俺という存在の危険性を正しく認識したのだ。

 あるいは俺をランクワンと気づいたか。


 だが、Rは違った。

 彼はサングラスの奥で目を見開き、震えながらも、一歩も引かなかった。


「うおおおおっ! 死ねぇっ!」

「合格は俺のもんだぁっ!」


 大半の愚か者たちが、欲望と怒りに任せて俺に向かって殺到する。

 四方八方から振り下ろされる剣、槍、魔法。

 俺は、一歩も動かなかった。

 ただ、少しだけ「威圧」を解放した。


「――失せろ」


 大気が軋んだ。

 俺を中心に、重力の塊のようなプレッシャーが炸裂した。


 触れることすらしていない。

 ただの気迫。

 それだけで、襲いかかってきた数十人の男たちは、見えない巨大なハンマーで殴られたかのように地面に叩きつけられた。


「ガハッ……!?」

「あ、が……」


 白目を剥き、泡を吹いて沈黙する男たち。

 アリーナは、一瞬にして死屍累々の惨状と化した。


 静寂が戻る。

 立っているのは俺と、ティア、そして――。


「……っ、ぐぅ……ッ!」


 脂汗を流し、膝が折れそうになるのを必死で堪えている、Rだけだった。

 彼は自身の膝を拳で叩き、無理やり立っている。


「おぉ」


 手加減したとはいえ、今の威圧は普通の探索者程度なら失神してもおかしくないレベルだ。

 それを耐えるとは、『普通』ではないことの証左だ。

 俺はゆっくりと彼に歩み寄った。


「まだやりますか? 周りの賢い人達は逃げ出しましたよ」


 俺の問いかけに、Rは荒い息を吐きながら顔を上げた。

 

「……そうか。貴方が、柴田浩之か」


 Rが呟く。

 そして彼は、掛けていた濃いサングラスを乱暴に外し、地面に投げ捨てた。

 さらに、顔の半分を覆っていた分厚いマスクをも引き千切るように外す。


 露わになったのは、理性的でありながらも、意志の強さを感じさせる端正な顔立ちだった。

 汗に濡れた前髪が張り付いているが、その瞳は燃えるように俺を見据えている。


 その素顔を見た瞬間。

 背後の審査席から、悲鳴のような声が上がった。


「えっ……お、お兄ちゃん!?」

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