第171話 神龍の試験

 会場である岡山ドームのアリーナ中央に、一人の少女が立っていた。

 金色の髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべる美少女――ティアだ。


 その対面には、面接試験を終え、なぜか自信満々な顔をしている数十名の受験者たちが、期待と興奮の入り混じった表情で並んでいる。


「これより実技試験を行います!」


 司会の白雪さんの声が響く。

 そしてマイクは、試験官であるティアへと渡された。


「うむ。試験官を務めるティアじゃ。ルールは簡単。これから儂が放つ攻撃を一度でも耐え切れば合格とする」


 ティアは可憐な腕を組み、退屈そうに受験者たちを見回した。


「ただし、手加減はするが……死んでも知らぬぞ?」

「はっ、何を言ってやがる!」


 先陣を切ったのは、先ほど待機所で職員に絡んでいたモヒカン頭の男だった。

 彼は巨大な戦斧を構え、ティアを嘲笑う。


「相手はガキ一人だ! ケガしても恨むなよ嬢ちゃ——」

「遅い」


 ティアが、あくび混じりに右手を振った。

 それは、埃を払うような、何気ない動作だった。


 鼓膜をつんざくような轟音。瞬間、ドーム内の大気が悲鳴を上げて弾け飛んだ。

 少女の細腕から放たれたとは思えない、暴風のごとき衝撃波がアリーナを蹂躙する。


 男たちの身体は、枯れ葉のように舞い上がり、数十メートル後方のコンクリート壁まで吹き飛ばされた。


「ぐえっ……」

「な、なんだこれ……」


 壁にめり込み、白目を剥いて滑り落ちる男たち。

 一瞬で十数人が戦闘不能になった。

 会場が静まり返る。観客席の野次馬たちも、口を開けたまま凍りついている。


「……なんじゃ、脆いのう。ただの風じゃぞ?」


 ティアがつまらなそうに鼻を鳴らした。

 掃除用具室から出て、アリーナの隅で待機していた俺は、思わず天を仰いだ。

 あれのどこが『撫でるような一撃』だ。台風直撃レベルじゃないか。


「次! 死にたくない者は辞退しても構わんぞ? おん?」


 ティアの挑発に、残った受験者たちが後ずさる。

 だが、その中でたった一人、前に進み出る男がいた。


「……ほう」


 ティアが興味深そうに目を細める。

 チャコールグレーのジャケットに、マスクとサングラス。

 Rだ。

 彼は優雅な足取りでティアの前に立つと、サングラスの位置を直した。


「なるほど。純粋な魔力の暴力か。だが、愛の前には無力だと知れ」

「ククク、大きく出たな不審者よ。では、その愛とやらを見せてみよ!」


 ティアが再び腕を振るう。

 あっ、あのバカっ!

 先ほどと同じ、不可視の衝撃波だ。だが、その威力は明らかに増していた。


 だが、Rは逃げない。

 彼は懐から数本のメス――に見える銀色の魔道具を取り出し、高速で展開した。


術式解剖オペレーション切断アンプタ


 鋭い風切り音と共に、Rが空を切るように腕を振るう。迫りくる衝撃波が、まるで真ん中から切り裂かれたように左右へと逸れた。

 轟音がRの背後で響き、地面がえぐれるが、R自身は髪一本揺らしていない。


「……何?」

「力の流れを見極め、急所を断てば、どんな奔流もただの風だ」


 Rは淡々と言い放つ。

 すごい。あのデタラメな衝撃波を、真正面から受け止めるのではなく、魔力の縫い目を切って無効化したのか。

 とんでもない技術と動体視力だ。さすが海外のトップランクで活躍する高ランク。


「……面白い!」


 ティアの瞳孔が、爬虫類のように縦に細まった。

 彼女の全身から、黄金の魔力が噴き出す。


「久々に骨のある人間を見た! ならば、これはどうじゃ!?」

「待て、ティア! それはやりすぎだ!」


 俺の制止も虚しく、ティアは大きく息を吸い込んだ。

 口腔内に圧縮される膨大な魔力。

 何らかのスキルの予備動作だ。


 なんで試験でスキルを使おうとするんだよ。直撃すればRが蒸発しちゃうし、岡山ドームも姿が残っているかどうか。


「くはは! 喰らえッ!!」

「くっ……!」


 完全に悪役の顔とセリフと共に放たれる閃光。

 Rが防御姿勢を取るが、その顔には「防ぎきれない」という絶望が張り付いていた。

 何してんだよ、あいつ。

 戦闘になると性格が変わってしまうヤバい奴じゃないか。


 俺は、床を蹴った。

 ドームの床材が踏み込みの威力で粉砕される。

 閃光よりも速く、俺は二人の間へと割り込んだ。


「――――ッ!!」


 俺はRを背に庇い、迫りくる黄金の奔流に対し、素手で殴りつけた。

 ただの正拳突き。

 だが、俺の莫大な魔力とステータスを乗せたその拳は、物理法則を無視してブレスを霧散させた。


 目も眩むような閃光が炸裂し、、衝撃が大気を揺らす。

 だが、被害はゼロ。

 爆風が収まった後、そこには拳を突き出したままの俺と、口を開けたまま固まっているティアの姿があった。


「……あ」


 ティアが我に返り、気まずそうに視線を泳がせる。

 俺はゆっくりと拳を下ろし、努めて低い声で告げた。


「……やりすぎだ、この馬鹿」

「む……。ち、違うのじゃヒロユキ。つい、うっかりというか、久々に骨のある獲物を前に昂ぶってしまって……」

「ドームを消し飛ばす気か。というか、受験者を殺す気か」

「うぅ……面目ない……」


 ティアはシュンと小さくなり、上目遣いでこちらの顔色を窺うと、可愛らしく「てへぺろ」と舌を出して愛嬌で誤魔化そうとした。

 ……ほう。反省の色なしか。

 俺は冷徹に、無慈悲なる判決を言い渡した。


「反省が必要だな。今日から一週間、オヤツ抜きだ」

「な、な、なんじゃとぉぉぉッ!?」


 ドームが崩壊しかけた時よりも大きな悲鳴が上がった。

 ティアは信じられないものを見る目で俺を凝視し、わなわなと震えだす。


「お、横暴じゃ! ポテチは我が魂ぞ!? コンソメパンチなき夜をどう越せというのじゃ!」

「うるさい。文句を言うなら二週間にするぞ」

「ひいぃっ!?」


 ティアは慌てて自分の口を手で塞ぎ、その場にぺたんと座り込んだ。

 そして、涙目で「うぐぐ……あくま……鬼……人でなしぃ……」と小声で呪詛を吐き始める。

 さっきまでの神龍の威厳はどこへやら。ただの食い意地の張った駄々っ子である。

 俺はため息をつき、背後のRを振り返った。


「怪我はないですか?」

「……あ、ああ」

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